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第343話 子供の頃の夢

「何事ですの―― デミトリさん!?」

「デミトリ殿!?」

「びっくりさせてすまない……」


 窓が割れた音か俺が叫んだ声が聞こえたのか、ナタリアとアルセが護衛と共にセレーナの部屋に突入して来た。


 護衛達は割れたガラスで汚れた部屋とゴドフリーの剣を握った俺を見て今にでも襲い掛かってきそうだが、アルセが腕を上げて制止する。


「彼は仲間だ、剣を収めてくれ。デミトリ殿、一体いつの間に来たんだ?」

「説明するのが難しいんだが――」

「トリスティシア様が連れて来てくれたの」


 護衛達はピンと来ていない様だが、ナタリアとアルセはセレーナの発言で納得した様だ。


「相変わらず自由気ままな方だ……」

「ティ――トリスティシアと面識があるのか?」

「セレーナが捕まっていた時、どこからともなく現れて守って下さった」


 ……トリスティシアに会いに医務室を訪問した際、去り際に『フィーネにお願いされた野暮用があるの。私に用事があるのに医務室に居なかったら会いたいって念じてくれれば飛んでいくわ』と言われていたが、セレーナの面倒を見てくれていたのか。


「私達が正しい手順でセレーナさんを奪還するのに手古摺っている間、憲兵隊が妙な手出しできない様牢に強力な結界を張られていましたわ……私は存じ上げませんが、恐らく王家の影の専属魔術士なんでしょう」

「いや……」


 俺は王家の影だから知っているだろうと言わんばかりの表情でナタリアにそう言われたが、真実を伝えてしまっても言っていいものか判断に困る。


「ゴホン!」


 アルセとナタリアを守る様に前に立っていた護衛が咳ばらいをして俺達の注目を引く。


「御客人の……デミトリ殿で間違いないでしょうか?」

「はい」

「積もる話もあると思いますが、一先ず武器を仕舞って下さると幸甚に存じ上げます」

「申し訳ありません……」

「ドミニク!」


 確かにその通りだと思い収納鞄にゴドフリーの剣を仕舞っていると、抗議するようにアルセが声を上げる。


「アルセ坊ちゃま、親しき中にも礼儀ありですよ」

「アルセ殿、彼の言う通りだ」


 事情を知らない彼等からしてみれば、幾らアルセやナタリアの知人であっても武器を持って窓を壊して邸宅に侵入するおかしな人間だ。主人の顔を立てているのもあるだろうが、冷静さを失わず礼節を持って対応してくれているだけありがたい。


「お話しの分かる御人で大変助かります。我々は部屋の状況を確認しつつ、割れてしまった窓の残骸の撤去等手配致します。アルセ坊ちゃまは、デミトリ殿とセレーナ嬢を居間にご案内願えますか?」

「私は――」

「セレーナ嬢、ずっとお部屋に籠っていてはお体に障ります。邸宅内ではありますが……丁度いい機会なので少し外に出ましょう」

「でも――」

「セレーナ嬢?」


 妙に圧のある笑顔でドミニクがセレーナを見つめる。沈黙が続いた後、セレーナが根負けしたかのように視線を逸らした。


「分かったよ……」

「ご理解頂けたようでなによりでございます!ささ、我々は作業を進めますので皆様は居間でごゆるりとお過ごしください」


 有無を言わせない勢いでドミニクに場を支配され、あれよあれよという間に俺達四人は部屋の外へと追い出されてしまった。


 一応、力関係的にはナタリアやアルセが上であっているはずだが……?


「色々とすまない、こちらだ」


 アルセが先導する形で廊下を進み始める。後ろを振り向くと、俯きがちなセレーナの傍にはぴたりとナタリアが付いていた。俺と目が合い、先に行っていいと目配せをしてきたのでセレーナを任せてアルセの後を追う。


「アルセ殿、ウルス・グリィの狩りに付き合って貰って本当に助かった。改めて礼をさせてくれ」

「少しでもデミトリ殿の力に慣れたのなら良かった、その言葉だけで十分だ」

「だが――」

「仲間を助けるのに毎回見返りを求めていたらおかしいだろう? そもそも私の力添えが無くても一人で狩れていただろうに」


 アルセは謙遜しているが狩りではかなり助けられた。特に使役する都合上損傷の少ない死体を確保したかったので、アルセの槍術の腕が無ければあの数の死体は揃えられなかった。


「……なら、何か困ったことがあったら声を掛けてくれ」

「色々と事情は聴いているが、デミトリ殿はこれ以上面倒事を抱え込まない方が良いと思うが……」


 心配そうな表情を浮かべてこちらを振り返ったアルセを安心させるためにおどける。


「ここまで来てしまったら、面倒事の一つや二つ増えてもあまり変わらないから気にしないでくれ」

「余計に気にするだろう……」


 やはり俺の感覚はおかしいみたいだ。空気を和ませようと軽い冗談を言ったつもりがアルセがため息を吐きながら首を振る。


 何となく沈黙のまま会話を終わらせてしまうのが怖かったので、話題を絞り出して会話を続けた。


「あの……ドミニクという護衛はかなり出来るだろう?」

「分かるか? ドミニクは護衛長でもあり私の師匠でもあるんだ。昔は冒険者として名を馳せていた……幼い頃はしつこく聞く私に良く冒険者時代の話をしてくれた」


『私は貴族に生まれたためその道を歩むことはないと早々に諦めたが、幼少の頃読んだ冒険譚に心を躍らせた』


 マルコス達と焚火を囲んで会話した時の事を思い出す。


 ――やはり冒険者になるのにまだ未練があるのでは……。

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