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第330話 泥水を啜ってでも

「さて、どんな顔をしてるかな?」


 無理やり顎を掴まれ、妖しく黄金に輝く邪眼に覗き込まれる。


「全く、これだけやっても心が折れないとは! 流石私の見込んだ子だ。ただ、強がりは君の美点でもあるけど、最期くらい素直になって欲しいな。ちょっと話しやすくなる薬を飲もう」

「……毒も、禁じられていないとは……本当に、なんでもありなんだな……」


 レイモンドが収納鞄から透明の液体の入った瓶を取り出し、自分の顔を右手で掴んでいた俺の顔に近づけて狂気に満ちた笑みを浮かべた。


「先王に感謝としか言いようがないね!」


 ――そうだな、今回ばかりは礼を言ってやってもいい……!


 胃から口に戻した氷球を噛み砕き、溢れ出てきた劇毒を勢いよくレイモンドの顔に吹きかける。


「汚――ぐふぉっ!?」


 劇毒が口の中に広がり、俺もレイモンドと同じ毒に侵される。体を内側から引き裂かれているような痛みに襲われながら全神経を集中させ、胃の中に劇毒と共に忍ばせていた解毒薬入りの氷球を死ぬ気で魔力を操作しながら割った。


 二人して痙攣しながら地面に倒れ込んだが、アルフォンソ殿下が劇毒を渡してくれた時『万が一誤飲でもしたら、持ってないと困るだろ?』と言いながら一緒に渡してくれた最高級の解毒薬が胃の中で溢れ、痺れと痛みが徐々に引いて行く。


 ある程度毒の作用が収まったのを見計らい、劇毒と解毒薬と同じく事前に瓶から氷球の中に移して胃の中に隠し持っていた中級ポーション入りの氷球を割った。並行して自己治癒を発動しながら体の回復を待っていると、少しずつ活力が湧いて来る。


「あが、あっ!?」


 知らぬ間に閉じていた瞼を上げると、まだぼやける視界の先では俺と同じく倒れ伏したレイモンドが激しく痙攣しながら声にならない叫び声を上げていた。


 いつまでも倒れている訳にもいかないのである程度体の自由が利くのを確認してからゆっくりと体を起こす。起き上がった勢いで疲れ切った体に鞭を打ちながら立ち上がり、何が起こったのか分からず、毒に侵され血走った邪眼で俺を睨むレイモンドを見下ろす。


「なん、あぐ、せ……き!?」


 石化しようと躍起になっているのか? 良く分からないが、俺の事を睨む表情が怒りから徐々に混乱に染まっていったようにも見えたが……毒で防げる石化の邪眼なんて聞いたことが無い。


 俺の考え過ぎで、俺を石化しようとしている訳ではなくただ単に毒に苦しんでいるだけだろう。


 とはいえ危険なのには変わりないので石化の危険性を排除するためにレイモンドの体を蹴り上げうつぶせにして、毒で既に行動不能だが念のため彼の首に膝を乗せ体重を掛ける。両手に握りしめたままの剣の残骸を収納鞄に仕舞ってから、使い古した鉄のナイフを取り出した。


 グラードフ領を脱してからは日常的に使ってはいないが、手入れを怠っていないので切れ味は十分だろう。


「ごっ、あがっ、まっ――」

「レ、レイモンド選手戦闘不能により――」

「剣の借りは返してもらう」


 司会を無視してレイモンドの背中に心臓を抉るつもりで沈めたナイフを、ゆっくりとねじりながら刃先に掛かった臓器を最大限損傷する事を意識して手を動かす。


 レイモンドの体の痙攣がより一層激しくなったが、力を込めてナイフより一層押し込むと限界を迎えたレイモンドは動かなくなった。


 立ち上がり、物言わぬ死体となったレイモンドを見ても鬱蒼とした気持ちは晴れなかった。勝利に対する歓喜の気持ちなど微塵も湧かず、虚しさだけが残る。


 ――こんな事をしている場合じゃないな。


 毒は抜けきっていないが解毒薬が解決してくれることを信じて体を確認する。痛々しい見た目はともかく、魔力をほとんど身体強化に割いて体を守っていたおかげで見た目ほど状態は悪くない。深めの傷以外は中級ポーションでほぼ完治したがかなり血を流してしまったことだけが心配だ。


 ――奴が妙なこだわりを持っていなくて直ぐに石化されたら終わっていたな……。


「勝者は……まさかのデミトリ選手! 倒れたレイモンド選手に対する無慈悲の一撃! 今回は一体どんな卑劣な手段を使ったのでしょうか!?」

「最後のあれは……? 二人とも倒れて?」

「抵抗できない相手に攻撃するなんて!!」

「何か吹きかけて、まさか毒!?」

「卑怯者!!!!」

「えー、大変盛り上がっていますがここで重要な発表です!! 本年度の大会は出場選手が強豪揃いで、一回戦を勝ち抜いたものの惜しくも戦闘に復帰できない選手達が大勢辞退してしまいました!」


 鷹の間に居た選手達の事か……。


「出場選手の人数が変わったためやむを得ず勝ち上がり表を変更致します! また、準決勝戦と決勝戦は予定通り午後四時に行いますが三回戦の試合を繰り上げて実施します!」


 観戦する試合が減ったことに対して一瞬不穏な空気が観客席を包んだが、試合を繰り上げて行うと聞いて観客達が歓声を上げた。


「つきましては、デミトリ選手にはそのまま待機して頂きこのまま三回戦の対戦を行って頂きます! 対戦相手の入場をしばしお待ちください!」


 体力を回復させないつもりか……いいだろう。どれ程罵られても、どんな手段を使ってでも絶対に勝ち進んでやる……!


 決意を新たに周囲を見渡す。レイモンドの魔法でぐちゃぐちゃになった闘技場だが、目当ての場所はすぐに見つかった。


 ――ゴドフリー……すまない。


 しゃがみ込み、剣を地面に突き立てて出来た穴を確認する。覗ける範囲ではなにも見えなかったが、穴を掘り返すと少量ではあるが粉末状になった石の塵が底に溜まっていた。


 これを集めたからと言って何かできる訳ではない。吹き飛ばされてしまった塵を回収するのも無理だろう。それでも、そのままにしておきたくない一心で丁寧に塵を集めてからこちらも収納鞄の中に仕舞った。


 ――剣は台無しにしてしまったが……仇は必ず取る……!

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― 新着の感想 ―
石像+水盤=水鏡で呪い反射返しとか、石像=死体を使って死霊術的2対一に持ち込むかと思えば。水魔法最小限で堅実に仕留めたデミトリ、お見事。 けど剣なしトリックなし休みなしで連戦!?エリック殿下がいたら怒…
まあ当然石化は無効だったからデミトリの警戒は取り越し苦労だったな
う~ん、やっぱ先王の信条とした"なんでもあり"は「ダブスタも含める」 って解釈するのが正解みたいだな(ほんとクソだわこの国)
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