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第312話 糸を引く者

「ゴドフリー、セレーナ……クソ!」

「デミトリ……」


 結局ピカードとは話にならず、俺とエリック殿下の協力を得られないと判断したピカードは早々に聞き込み捜査を切り上げて憲兵達を連れて帰ってしまった。


 ゴドフリーの死とセレーナの事で頭の中がぐちゃぐちゃだった俺に代わり、ピカードが帰る前にエリック殿下が俺達がセレーナと学園や留学生寮で関わった日時を共有してくれていたが……その情報がセレーナの無実を証明する一助になるのかどうかはピカードの反応からは伺う事が出来なかった。


 考えが纏まらないまま応接室で呆けていると、重苦しい沈黙が突然開かれた扉から現れたエリック殿下の従者によって破られた。


「で、殿下! 客人が――」

「久し振りだな? エリック殿下」


 慌てながら入室した従者を押し退けて我が物顔で応接室に入ったクリスチャンに、エリック殿下が険のある声色で答える。


「……クリスチャン殿下、来訪の許可をした覚えはないけど?」

「固い事をいわないでくれ。俺達の仲だろ?」


 馴れ馴れしくそう言い放ったクリスチャンは、何が可笑しいのか分からないがニヤニヤとこちらの様子を伺いながら断りも居れずに先程ピカードが座っていたソファに腰を掛けた。


 おろおろと状況を見守っていた従者にエリック殿下が目配せをすると、従者は頷いてから部屋を退室していった。従者と入れ替わる形で、護衛の為にクリスチャンに付き添っていたのか神妙な表情をしたジャーヴェイスが応接室に入り、静かに扉を閉めた。


「色々と大変みたいだな? エリック殿下と護衛殿のお気に入りのセレーナが捕まったらしいじゃないか」

「どうしてそれを……!」

「色々と勘違いがあって謹慎してただろ? 反省の意味も込めて政務をこなしてた時に、ちょっとな?」


 反省の色等一切見せず、ソファの上で足と腕を組みながらくつろぎ始めたクリスチャンがくつくつと笑いながら俺とエリック殿下の反応を楽しむ。


「王家直属である憲兵隊の管理も、政務の一環と言う事だ」

「!? ……何をした」

「おっ! 珍しく喋ってなかったのに……急に口を開いたと思ったら、一国の王子である俺に対してその物言いはないんじゃないかぁ? 護衛殿?」


 煽る様にそう言い放ったクリスチャンの顔が愉悦に歪む。


「クリスチャン殿下、ご存じの通り今ヴィーダ王国はアムール王家にあなたの行いについて抗議中です。正式な謝罪も無く、これ以上許可も無く滞在するのであれば――」

「だから、その誤解を解きに来たんだ。そんなに畏まって話して威圧しようとする必要なんてないだろ? 落ち着いて話し合おうじゃないか」

「……此方が誤解してると?」


 あたかも自分に一切非が無く、宥めるような口調でエリック殿下に語り掛けるクリスチャンに対してエリック殿下は毅然な態度を崩していないが声の震えから殿下も相当腹を立てている事が分かる。


「あれは魔力暴走を起こした冒険者が悪かった。それにあの時言ったように、他の生徒達の為を思って決闘の提案をしただけだ」

「あくまでそう主張するのであれば――」

「そう主張してるんじゃなくて、事実をそのまま伝えてるだけだ。誤解だったことを理解して抗議を取り下げてくれれば……そうだな、俺の方でセレーナの件を融通してやってもいいぞ?」

「なっ……!?」


 エリック殿下が驚愕しているが無理もない。


 憲兵隊の聞き込み捜査直後の訪問、直近自身が憲兵隊の管理をしていたという発言、セレーナを開放するための交換条件……全てが今回の事件へのクリスチャンの関与を示唆している。


 ――まさか抗議を取り下げてもらうために……? ふざけるな……そんな事のためにゴドフリーを殺したのか!?


 ゴドフリーの殺害すらもクリスチャンがこの状況を作り上げるために計画した事かもしれないと疑い出した途端、魔力が揺らぎジャーヴェイスがクリスチャンを守る様に彼の前に移動した。


「ほら、護衛殿もこんな平和的な会話をしている時に魔力が揺らぐだろ? 冒険者の暴走の件も理解できるんじゃないか?」

「クリスチャン殿下! 私は……ヴィーダ王国は抗議を取り下げるつもりはない!」

「残念だ……まぁ、今すぐに返事をもらう必要はない。少し頭を冷やしてから検討してくれ。俺はそろそろお暇させてもらうよ」


 ジャーヴェイスに守られているからか、余裕淡々とそう言ったクリスチャンはエリック殿下の返答も待たずに立ち上がり応接室の扉に向かった。


「あー、そう言えばあの鍛冶屋の件だが」

「「……」」

「死ぬ直前まで作業をしていたのか、研磨台は使用途中の状態で作業道具も出されたままだった。だが、肝心の被害者が作業をしていた武器が無かったらしい。セレーナはその武器が目当てで店主を襲ったのかもしれないなぁ?」


 ……ヴィセンテの剣の事か。


「……その口ぶりからして、セレーナは俺の剣を持っていなかったんだろう?」

「おお、護衛殿の剣だったのか! 手入れの依頼に出してたのか? 不運だったな?」


 俺の剣だと知っていただろうクリスチャンの心配する振りに苛立ち彼を睨むと、求めていた反応だったのか笑みを深めた。


「あの剣がないとまともに護衛も出来ないだろ? 大変だな?」

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― 新着の感想 ―
道化の領分を超えた呪われた国の王子 きっと明日はない身でほくそ笑んでいると思うといっそ憐れですらある
更新ありがとうございます。 この馬鹿坊王子、何やらかしているか全然分かってないようですね。 エリック殿下の肚一つで、親交国との関係にバッキリ罅ですがな。外交案件ですよ間違いなく。 殿下が王に「自分の…
証拠持っててくれてるってよ 国際問題だなあ
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