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第295話 歴史の改竄

「この前話してた兄さんの結婚式の事だけど、僕なりに色々と考えて――」

「エリック殿下……()()を無視して普通に話すのは無理がないか?」


 休みを貰った翌日、殿下と共に学園に登校するとすぐに違和感に気付いた。


 俺とエリック殿下の事を遠巻きにする訳でもなく、かと言って近づき話し掛ける訳でもなく、大勢の女生徒達が付かず離れずの距離で俺達を囲み移動に追従して来た。


 教室に到着した際、他の組の生徒達も混じっていたのか全員は中に付いて来なかったが……俺達と一緒に教室に入った生徒達は、俺と殿下を囲むように着席し普段は空席の机が知らない生徒達で満たされてしまった。


「気にしたらだめだよ。僕が転校した直後もこんな感じだったから……数日したら落ち着くと思う」

「気にしないのは無理だろう」

「……デミトリはアムールの三代目の王について知ってる?」

「三代目の王……? 全くと言っていいほど知らないな」


 周囲に聞こえないように小声で話していたエリック殿下が、更に声を落としてこちらに顔をこちらに寄せながら囁く。


「セレーナが出場を予定してる武闘技大会の発案者なんだけど、武人気質の人物だったらしいんだ」

「王妃と結ばれる半生を劇にされたり、武闘技大会を発足したり……アムールの王族は話題に事欠かないな」

「二代目王については知ってるんだ! デミトリの言う通りで、アムールの歴代の王達は全員なにかしらの逸話を残してるんだけど……」


 苦々しい表情をしながらエリック殿下が頭を掻く。


「アムールは昔西にあるハラーン王国と戦争をする位国同士の関係が悪かったんだけど、当時まだ王太子だった三代目王が自ら軍を率いてハラーン軍を打倒したんだ」

「……三代目王が傑物だったのは分かったが、この状況とそれがどう関係しているんだ?」


 武闘技大会を発足したと聞いた辺りで何となく予想は付いていたが、根っからの武人だったようだな……一切鍛えて無さそうなクリスチャンの先祖にそんな人物が居たとは想像し難いが。


「三代目王は戦争終結の為の話し合いの場で、ハラーンの第二王女に一目惚れして自分の妃に求めたんだ。そこで、娘が欲しければ婚約者を決闘で倒せってハラーン王に言い渡されて――」

「ちょっと待ってくれ、おかしくないか? その第二王女と婚約者が愛し合っていたら急にそんな事を言われても大迷惑だろうし、ハラーン王も幾ら王とは言えそんな勝手が許される訳が――」

「僕も引っ掛かったけど、歴史書だけじゃなくてその年代の偉人の伝記でもそう言う風に書かれてるみたいだから多分事実だと思う……」


 武人であっても、やっている事の滅茶苦茶さは二代目王とそれ程引けを取らないな……。


「敗戦国の王が決闘で姫君を奪えと言い出すのはにわかに信じられないが……歴史書や伝記に記録されている内容が間違っているか改竄されている可能性はないのか?」

「歴史家が聞いたら怒りそうな発想だね! それを言い出したら、世界中の歴史書の内容を事実とするかしないかの論争に発展しそうだけど……僕はあり得ると思うよ」


 エリック殿下が鞄から教科書を取り出し、机の上で広げて少し捲ってからある頁を指差した。


「例えばヴィーダ王国とアムール王国が同盟を結んだ前後の記録も、元々ヴィーダ出身の僕じゃないと気づかないだろうけど色々と内容に差があるんだ」

「それは大問題じゃないか……?」

「大した違いじゃないし、これがアムール目線での正史扱いになってる事を抗議してもヴィーダにはなにも利がないからね」


 エリック殿下の発言に耳を傾けながら開かれた本の内容をざっくりと読み込む。同盟締結の立役者となったカーディナル卿という人物について書かれているが、どこかでそんな名を聞いたような気がする。


「不都合な事実は隠して自国の都合の良いように脚色するのは……平時ならともかく、戦争に勝利した後なんかは国民の士気を上げるためにも必要になるから王族って立場からすると否定し辛いんだよね。個人的にはもちろん良くない事だと思うけど……だから僕も歴史書の内容は鵜呑みにしないようにしてる」

「良い心掛けだと思う。歴史書に限らず、どんな文献もその内容を記録し広く普及させたいと考えた著者の意図が少なからずある」

「うん。アムールの三代目王に関する記録が正しいのかどうかは分からないけど……三代目王が決闘をした時第二王女の婚約者が魔力暴走を起こしたんだ」


 魔力暴走……最近で言うとあのベルナルドと呼ばれていた冒険者がなっていたが……。


「その時自分の身を顧みず第三王は第二王女を魔法から守って、それがきっかけで相思相愛になったらしいんだけど」


 苦笑いをしながらエリック殿下がこちらに振り向くが、彼の示唆している事に納得できない。


「……百歩譲って先日の模擬戦とその逸話が似たような状況だとして、俺は特定の誰かではなく生徒達全員を守ったはずだが?」

「そうだね。僕も彼女達が何を考えてるのかまでは分からないけど、語り継がれてる王族の偉業に似た事をしたデミトリの事が気になってるんじゃないかな?」


 嘘だろう……下手したら死んでいたかもしれないんだぞ?


 それにあの場に居た生徒達は、エリック殿下が模擬戦を断ろうとしていたのを見ていたはずだ。学園とアムール王家に抗議する事も、殿下はあの場ではっきりと宣言した。


 俺の事を気にする前に、これ以上同盟国の王子に迷惑を掛けないよう無駄な接触を避ける事を優先するべきじゃないのか……??


「……意味が分からないな」

「僕も留学中色々と考えたけど、未だに分からない事だらけだよ。ただ、いつも通りアルセ殿と一緒に座ってるセレーナみたいに、普段通り過ごしてる生徒もいる。みんながみんな同じような思考じゃないって忘れないのも大切だよ?」


 いつもよりも大人びた表情で、達観した意見を述べたエリック殿下の横顔はどこか無理をしているように見える。王都に到着してから俺が見たのは学園のほんの一部かもしれないが、既に年単位で留学しているエリック殿下は何度もこう言った経験をしているのかもしれない。

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