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第284話 昼食の誘い

 エリック殿下の護衛とは名ばかりで授業中は特にやる事が無い。


 今世では就学する機会が無かったため興味深く午前中の授業内容を聞いていたが、歴史の授業が始まりデジレ教諭の説いている内容を聞いていく内に徐々に眉間に皺が寄って行く。


「――皆さまご存じの通りアムール王国は愛の女神に守護されていますが、大陸で名を馳せる全ての国の建国と繁栄には守護神の導きがあったと言っても過言ではありません――」


 神の導きか……。


 実際に神に会ったことがある俺ですら懐疑的なのに生徒達は何も疑問に思わないのだろうか? 歴史書にそう書いてあったとしても、本当に各国の建国に神の関与があったのか分かったものではない。


 そもそも神々は寵愛する愛し子が相手でも過度な干渉を避けているのに、国の建国を導くような大それたことはしないように思えるが……その反面、ガナディアで全国民が命神の加護を授かっていると言う事実もある。


「――残念ながら古の時代と比べて神々と対話する機会や神託を授かる頻度は減っていますが、フィーネ様の教えは聖典に纏められ今も尚アムールの文化や生活に多大な影響を――」


 ……まるでふざけた国柄がフィーネのせいと言わんばかりの物言いだが、本当にそうだろうか? 少ししか話していないので何とも言えないが違和感を拭えない。


 フィーネは感情の起伏が激しかったが……別に俺がこれまで出会って来た多くのアムール人のように恋愛至上主義な思考の持ち主ではなかった。


「――恋を司るフィーネ様が守護神だからと言って、勉強の手を抜いて恋に現を抜かすのはだめですよ!」

『良く勘違いされちゃうんだけど、私は恋愛だけじゃなくてあらゆる愛を司ってるの』


 生徒達はデジレ教諭の発言を冗談と捉えたのか笑い出したが、俺の頭の中は聖典とやらを書いた人間の事で一杯だった。


 フィーネの存在自体を捻じ曲げて伝わるように誰かが仕向けたのか? 国を守るはずの守護神をなぜ……? 何が目的でそんな事をしたのか分からないが、天罰が下ってもおかしくない気がするが……。


 ――フィーネに直接確認する事は出来るが……セレーナの件で何も進捗が無い状態で会うのは止そう。


「午前中の授業はこれで終わりです! 昼の授業は魔法科なので校庭に集合してください!」

「いや~やっと午前の授業が終わったよ」

「お疲れ様だ、横で聞いているだけだったが……色々と興味深い内容だった」


 話しながらエリック殿下が筆記用具等を仕舞うのを待っていると、またしてもクリスチャン殿下が側近達を引き連れてこちらに近づいて来た。


「エリック殿下、昼食を共にしないか?」

「ごめんねクリスチャン殿下、今日は別の約束があるから遠慮させてもらうよ」


 俺が居ないかのようにエリック殿下に話しかける分には問題ないが、先日以上に俺に怯えた様子の側近達の様子が気になる。まさか、あの噂のせいでは……。


「そうか、それは残念だ。今日は料理人を招いて珍味を振舞う準備をしてるんだ……どうしても予定をずらせないか?」

「珍味?」

「くっく。とある魔鳥の雛の姿焼きをエリック殿下と……ついでに護衛にも味わわせてやろうと――」


 は?


「さっき言った通り僕は先約があるから! 行こう、デミトリ!」

「……はい」


 終始ニヤニヤとこちらの様子を伺うクリスチャン殿下の愉悦に満ちた視線に刺激され、体の中で呪力が暴れだしそうなのを必死に抑えながらエリック殿下に腕を引かれその場を離れる。


 ――クソ、落ち着け……あんな安い挑発で……


 悪意を感じ取ったのか胸ポケットの中で震えるシエルの様子に血液が沸騰しそうだったが、無言でエリック殿下と一緒に教室を後にし廊下に出てから深呼吸をする。


 あいつは腐っても一国の第一王子だ。用意した料理は国鳥のコルボではなく違う魔鳥に違いない……敢えて俺が勘違いするような最悪の言葉選びをして、反応を楽しんでいただけのはずだ。


 ……それでも十分最低だが。


 ――あの晩、やはりコルドニエ嬢はシエルに気付いていたのか……彼女経由でクリスチャンに俺がシエルの世話をしている事が伝わったのかもしれない。


 安心させるように未だに震えているシエルを上着越しに手で支えながら、心配そうにこちらの様子を伺うエリック殿下を安心させるために頷く。


「もう大丈夫だ、迷惑を掛けてすまない……」

「僕のせいでクリスチャン殿下に目を付けられちゃってごめんね? やっぱり護衛の任をお願いするべきじゃ――」

「気にしないでくれ……あそこまで悪辣な人間だとは思っていなかったが、底が知れた以上二度と心は乱されない」


 俺に嫌がらせをするために手段を選ばず、超えてはいけない一線を越えたクリスチャンの認識を自分の中で最底辺に位置付ける。


「無理をしてない?」

「本当に大丈夫だ」


 納得行っていない様子のエリック殿下と共に食堂に向かう。無言で横に並びながら歩き、しばらくすると完全に冷静さを取り戻す事に成功した。


 先程のやり取りを頭の中で振り返りながら、幾つかの疑問が浮かんでくる。


 ――カリストは、確か例の料理の事を会員制の店でしか出回らない品と言っていた。そもそも国鳥の雛が使われるような料理を王族が食しているとは考えにくいし……なぜクリスチャンが知っていたんだ?


 不自然な点はそれだけじゃない。


 クリスチャンは俺が反応を示すと確信してあの料理を想起させるような言葉選びをしていた。そもそも俺があの品について知らなければ意味が無いので、ただの偶然とは考えにくい。


 それこそ、昨晩俺がカリストに言われ激昂した内容を把握していなければ説明が付かない。


 ――クリスチャンとカリストが繋がっているとは考えにくいが……そうなると、殿下の手の者に監視されているのかもしれないな……。

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