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第282話 呪力対狂気

 ヴァネッサが俺を気遣って留学生寮に戻ることを提案してくれたので、軽く昼食を取ってから魔法の練習をしながら過ごす事にした。


 伸ばしきった腕の先で水球を発生させると、肩に乗っていたシエルが器用に腕の上をピョンピョンと跳ねながら手首の位置で止まる。


「ピ?」

「危ないからそれ以上近づいたらだめだぞ?」


 質問するように鳴いたので返事をすると、こちらを見上げていたシエルが水球に視線を移してじっと見つめる。


「シエルも魔法を使えたりするのかな?」

「どうだろうな……魔石を持った魔獣であっても、魔法を使える種は限られていると説明を受けたが」


 魔獣の生態は……水魔法を使えるようになる前の俺に似ているらしい。魔石に溜めた魔力を使い身体強化と自己治癒を発動できる反面、魔法として魔力を顕現できるのは稀との事だ。


 巨体を持ちながら前世の常識では考えられない速度で移動するクァールや、あり得ない跳躍をするクラッグ・エイプの様な魔獣は活動するために相応の魔力が必要になるため魔石も大きくなる。


 そう言う意味では、卵から孵った当初からほぼ体の大きさが変わっていないシエルの魔石はまだかなり小さいはずだ。


 水球を解除し、シエルを掌の上に乗せて頭を撫でなると気持ちよさそうに指先に頭を擦りつけて来る。成長していない事が心配だが、今の所体の不調は素人目では確認できない。


「与えている肉が悪いのか……?」

「ピ?」

「どうしたの?」

「なんでもない。気にしないでくれ」


 ついぼやいてしまったが慌てて口を噤む。シエルは想像以上にこちらの言葉を理解できている節がある。心配している事を知らせて気負わすのは避けたい。


 ファビアンから教わった魔獣が幼体から成体に成長する過程は、必ずしもコルボには当てはまらない可能性があるらしい。コルボのテイム実績がないので、他の鳥型の魔獣を参考に色々と教わったが俺の心配も杞憂かもしれない。


 昨晩コルボの雛を食する文化がアムールにあるとカリストから聞かなければ、こんなに悩まなかったかもしれないが……聞いてしまった以上、どうしてもシエルの早い成長を願ってしまう。


「ピ!」


 考えに更けてシエルを撫でる手を休めてしまい、指先を軽く突かれてしまった。最後に一撫でしてから、シエルの事を隣に座っていたヴァネッサに預ける。


「すまない、少しの間シエルを頼めるか?」

「どこかに行くの?」

「部屋の中だと使える魔法も限られるから、前庭で色々と試しつつ鍛錬も済ませようと思う」

「……分かった、お留守番してようね~?」

「ピー!」


 察した様子のヴァネッサが深く聞かずに送り出してくれて助かった。ずっと気を遣わせている彼女の為にもうじうじしていられない。


 留学生寮の玄関を潜り雪に覆われた芝生の上を進む。雪のせいで正確には把握できないが、恐らく前庭の中心に位置する場所で木剣を収納鞄から取り出し、素振りを始める。


 むしゃくしゃした気持ちを落ち着かせるために無心である事を意識しながら木剣を振っていたが、いつの間にか思考が狂気の克服について一杯になりまったく鍛錬に身が入らなかった。


 中途半端な形で素振りを中断して嘆息する。


 決して喜ばしい成果ではないが、答えの見えない狂気の制御方法が想像以上に心理的な枷になっているのが分かった。


「……」


 無言で手に持った木剣をしばらく見つめてから収納鞄に仕舞う。


 雪で白く染まった芝を眺めながら、狂気ではなく呪力の影響で精神が不安定になった時の事を思い起こす。狂気も呪力と同じように、魔法と言う形にして発散するすべがあれば……。


 方法は今の所思いつかないが、思いついたとしても夜中に月光を浴びながら試すのは危険すぎる。昨日の様な失態は二度と起こす訳には行かないので慎重にならざるを得ないが、八方塞がりな状況が焦燥感となり心を満たしていく。


 何か方法があるはずだ。


 極論だが、意識を失ってしまえば狂気に蝕まれてもおかしな行動を取る事は無いだろう。狂気に呑まれそうになった時、自分の意識を奪うような真似は実践はしないだろうが……強硬手段ではあるが、対処方法が無いわけではない事実に光明を見出そうと必死に考える。


 ――意識を失うのではなく、無心になれば……? 先程素振りをした時の体たらくで、そんな武芸の達人がするような真似をするのが無理なのは明白だ。逆に、神呪の狂気を凌駕する何かに精神が支配されていたら……?


 そもそも意識を失っていなかったとしても、壊れようがない位精神が崩壊していたら狂う余地はあるのだろうか? 恐らくだが、俺を苦しめている神呪は廃人には効果を示さないと思う。


 自分自身がそうなるつもりはないが、解決の糸口はそこにあるのかもしれない。


 ――既に狂っていれば狂気に侵されないんじゃないか……? そう仮定した場合、俺に出来る事は……。


 常に湧き出ようと様子を伺う呪力の堰を切って、いつか自分の精神に見立てて想像した水面を狂乱の渦に染める。


 荒れ狂う呪力は狂気と同じぐらい危険なものだと理解しているが、もしかすると狂気に呑まれる前に呪力を開放し、呪いで心を満たしてしまえば狂気をねじ伏せられるかもしれない。


 幸いと言うべきか難しい所だが、呪力との付き合いはそれなりに長い。


 狂気と違いある程度制御が利く分、今も心を満たしていく昏い感情にぎりぎりの所で抗う事が出来ている。果たしてこの状態が狂気に打ち勝てるのかどうか謎だが……。


 ――呪力を開放した上で更に狂ったら……大惨事は免れないだろうな。


 呪力と狂気の相乗効果で余計に状況が悪化する未来も十二分にあり得ると考えながら、開放していた呪力を徐々に落ち着かせていく。


 ――賭けてみるには危険すぎる……だが、今の所他に方法が……。


 そう都合よく全てを解決する妙案は思いつかず肩を落とす。これ以上悩んでも答えは出なさそうだ。


 問題を先送りにするように飛行魔法の検証を開始しながら、魔力が切れかけるまでひたすら魔法を行使した。

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