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第269話 割署名

「冒険者ギルドは、今回の労働依頼においてステファンを依頼主の代理人として認めるんだな?」

「はい。先程ステファンさんがいらっしゃって依頼主のメダードさんの不在中、ステファンさんを代理人として認める委任状を提示されましたのでギルドとしては代理人として認める意向です」


 ステファンと別れた翌日の午後、学園でエリック殿下の護衛を終えてから訪れた冒険者ギルドの受付で馴染の受付と労働依頼がどうなったのか確認し驚愕する。


「疑ってしまったが、本当に委任状があったとは……」

「わざわざギルドに確認に来られたのはそう言う事だったんですね?」


 ギルドの受付が、机の上に置いてあった書類の束から一枚の紙を取り出した。


『メリネッテ王妃記念公園の保全を目的とした労働依頼は、管理業務の一環である。管理局長メダードの不在中、ステファンに管理業務全般を一任する事をここに記す』


 急いで書いたのか荒々しくそう書かれた書状には、所々羽ペンからインクが跳ねて紙を汚した跡が多い。書状の内容を確認して、最後に書いてあった署名と日付を読み眉間に皺が寄る。


「アムール王国環境省、ギルソン環境大臣……?」

「アムール全土の国立公園を管理している組織の長です。署名の横に記された日付も今日のものですし、気軽に組織のトップに会えるなんて相当風通しの良い組織なんでしょうね」

「……偽装の可能性はないのか?」


 ギルドに確認しに来て良かった。


 昨日、小屋の中を探した後ステファンは確かに委任状を見つけたと言った。清掃業者が依頼を破棄した経緯がギルド側の説明と食い違っていた件と言い、彼の言葉はもう信用できそうにない。


「公文書の偽装は重罪なのでそんな事は無いと思いますが……」


 俺が疑心暗鬼になっているだけなのか……? それともギルド側には委任状が本物だと確信させる何かがあるのだろうか?


「……念のため共有しておくが、ステファンにはすでに二度嘘を付かれている」

「嘘を?」


 職員の目つきが鋭くなる。


「先日労働依頼の説明を受けた時、緊急で依頼を発注したのは清掃業者が急に対応できなくなったからだと説明してくれただろう?」

「はい、確かにそのように説明させて頂きました」

「ステファンからは『あちら側の不手際が多くて清掃依頼の発注を止めた』と聞いた」


 受付に座る職員の表情が、みるみるうちに曇って行く。


「……事実と、かなり乖離した認識をされているようですね」

「それだけじゃない。俺は依頼主のメダードが不在と聞き依頼主と確認が取れなければ依頼に着手できないと説明したが、ステファンからそれでも依頼を進めて欲しいと頼まれた。話の流れで代理人として認められたければ、ギルドの判断を仰ぐ必要がある事と委任状があった方が良いのではと助言したが……昨日話した時点で、ステファンは委任状を持っていると言っていた」

「そちらの件に関しましては、お見せした委任状を受理し――」


 発言を終える前に、職員が委任状に記された日付に気付いた。


「……少々お待ちください」


 職員が真新しい紙を二枚取り出し、滑るように羽ペンを走らせて寸分たがわず同じ内容が書かれた書状を完成させると、二枚の紙を半端に重ね合わせてその重ね目を横断する形で署名をした。


「こちらの書類に、私と同じように署名して頂けますか?」

「これは……?」


 書類には今回の依頼に関して俺が感じた不審点や依頼主の代理人であるステファンの偽証と受け取られる発言が簡潔に纏められていた。


「冒険者ギルドの職員は、冒険者の様に割符を持たないので代わりに割署名という文化があります。デミトリさんは、恐らく依頼の放棄を検討されていますよね?」

「ああ、そうしたほうが良いかもしれないと考えている」

「後々メダードさんやステファンさんから依頼を放棄した事について騒ぎ立てられたとしても、責任を持ってデミトリさんが正当な理由で依頼を破棄したと主張しますが……こちらの割署名は、口先だけではなく確実にそのように対応する事を形として残す手段です」

「そこまでする必要は――」


 職員が席から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「私がご紹介させて頂いた依頼で、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。割署名を残すことは、手段が限られた私なりの精一杯の誠意です」

「本当に気にしないでくれ。悪意があった訳ではないのは分かっている……割署名も有り難く頂戴する」

「ありがとうございます」


 ギルド職員……マチスの署名の下に名前を書き、マチスが不備が無いか確認した後こちらに渡して来た割署名の一部を受け取る。


「早速ですが、依頼の破棄申請を進められますか?」

「その事なんだが……マチスの意見を聞きたい」

「私の意見ですか?」


 流れで俺が依頼を破棄すると考えていたのか、驚き一色のマチスが再び席に着きながら首を傾げた。


 正直な所これ以上この件に首を突っ込んでしまっても得はしないだろうと察しは付いているが、短い付き合いながら良くしてくれたマチスや、シエルの世話の仕方を教えてくれたファビアンの所属しているギルド支部には出来るだけ迷惑を掛けたくない。


「俺の考えすぎかもしれないが……この依頼、このまま破棄してしまったら面倒な事にならないか?」

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― 新着の感想 ―
四方八方面倒臭い事だらけや~
ここまで来ると最初の依頼人が外出中すら怪しくみえてくる
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