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第267話 メリネッテ王妃記念公園

 ヴァネッサ自身が月の女神に、彼女の周りの人間が狂うのが神呪ではなく加護のせいだと偽られていた手前否定できない。なんと言えばいいのか分からず、言葉を探している間微妙な沈黙だけが場を支配した。


「とにかく……セレーナに関わるのは、ティシアちゃんに相談してからの方が良いと思う」

「……トリスティシアの言う事なら信じるのか?」

「会ったことも無い、こんな変な国の守護神をしてる愛の女神より、私はティシアちゃんの方が信頼できるよ。少なくともティシアちゃんは、嘘を付いたとしてもデミトリが傷付くような事は言わないと思うから」

「……分かった」


 ヴァネッサと意見が食い違ったのは初めてではないが、俺自身の行動が彼女にも影響する事を考えずにセレーナと関わる事を決めてしまった事を後悔する。


「お二方、失礼する」

「あ、ああ、すまない」


 歩道で立ち話をしていたため、通行人の進行の妨げになってしまった。声を掛けてきた男性に軽く会釈してから道を譲った後、ヴァネッサと視線が交わる。


「帰ろう」

「ああ……」


 そのまま無言で歩き出し、言う事を頭の中で纏めようとしている内に気づけば学生寮に到着していた。


「ヴァネッサ、相談もせず勝手に安請け合いしてしまって悪かった」


 謝罪の意を込めて頭を下げ、返事が来ない事が怖くなり頭をあげるとヴァネッサが申し訳なさそうな顔をしながら俯いていた。


「私の方こそ、デミトリが性格上話を聞いたら放っておけないって分かってたのに色々といってごめんね……もう愛の女神にはできる事はするって言っちゃったんだよね?」

「そうだな、解決はできなくてもやれる事はやってみると言ってしまった……」

「私個人としては関わらない方が良いと思うけど、神様との約束を反故にしたら呪われるかもしれないし……心配だから私にも協力させてね? どっちみちティシアちゃんには相談した方が良いと思うから……とにかく一人で無理しちゃだめだよ?」

「……ありがとう。絶対に一人で無理はしないと約束する」


――――――――


 ――ここがメリネッテ王妃記念公園か……


 留学生寮に残ったヴァネッサにシエルを預けて、労働依頼の依頼主と会うために王都の中心に近い公園へと赴いた。公園の敷地は石垣で囲われ、その上には侵入者を拒む返しの付いた薔薇の棘を模した鉄製の柵が設置されている。


 依頼票に書かれていた通り、公園の門を潜ってからは来園者向けの道ではなく石垣沿いに伸びる雪に埋もれた土道を辿り、公園の隅に設置された用務員用の管理小屋に到着した。


「!? 誰ですか?」


 扉を叩こうとしたのとほぼ同時に小屋の扉が開き、警戒心に満ちた声で話しかけて来た男が吐いた息の酒臭さに思わず顔を顰める。


「……銀級冒険者のデミトリだ。労働依頼の件でメダードに用がある」


 何のことか分からない様子の男が無精髭の生えた二重顎をぼりぼりと掻いてから、合点が言ったかのようにポンと手を叩く。


「メダードさんが出していた清掃依頼の件ですね! 一人みたいですけど、お仲間は……?」

「……仲間は居ない、俺はソロの冒険者だ」

「えぇ!?」


 男が大げさに叫びながら男がドアの枠に寄り掛かり、小屋の屋根に積もっていた雪がパラパラと地面に落ちた。


「ちゃんと依頼票を確認しましたか!? あの池を綺麗にするには、最低でも四~五人は必要なのに……」

「依頼を引き受けた以上手を抜くつもりは無いから安心してくれ」

「……そうですか……ギルドが貴方に任せても良いと判断したなら、大丈夫だと思いますが……」


 目の前の男はメダードではなさそうだが……かれの同僚だろうか? 着古した作業着の肩に刺繍された名前は、長年適当に扱って来たのかほつれてしまい読み解いて名前を確認する事は無理そうだ。


「依頼について確認したいんだが、メダードはいるか?」

「えっと、メダードさんは……今外出中なので、俺が代わりに対応します。公園の管理を任されているステファンです」

「先程名乗ったが、俺はデミトリだ。よろしく頼む」


 差し出されたステファンの手を握り、軽く握手する。距離が近づきステファンの酒臭さが余計気になったが何とか顔に出さずに済んだ。


「よろしくお願いします。メダードさんに確認したかった事って……?」

「依頼を開始する前に依頼内容について認識の相違が無いかの確認が必要なのと、指定された作業時間が閉園後だったから公園への入り方について相談したかったんだが」

「……メダードさんは来週の半ばまで出払ってるので、俺が代わりに確認して依頼を進めてもらうのは可能でしょうか……?」


 緊急依頼を発注しておいて、完了期限が今週末なのに来週末まで出かけているだと……?


「……依頼主本人じゃないと厳しいな。メダードの代理で対応するという委任状をステファンが持っていれば、ギルドに相談すれば何とかなると思うが」

「そんな……!」


 絶望した様子でステファンが俯いたので委任状は持っていなさそうだ。


「……ステファンはメダードの不在中、公園の管理を任されているんだろう? 俺個人では判断できないが、それを証明する書類と……メダードが現在長期不在中だという事を証明できるものを、ギルドに提示できれば代理人として認められるかもしれないな」

「探してみます!!」


 ステファンが大慌てで管理小屋に駆け込んで行き、勢いよく扉を開けた反動で小屋の屋根に積もっていた雪がパラパラと落ちて来た。落ちて来る雪の塊越しに見えた管理小屋の中は薄暗く、床には空になった酒瓶が大量に転がっている。


 ――不在中の依頼主と飲んだくれの代理人か……


 初めて受注した労働依頼に対して、魔物と対峙する討伐依頼以上に不安を抱えながら、静かにステファンが管理小屋から出てくるのを待った。

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