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第256話 昼食

「完全に警戒されているな」

「こんなに学園でゆっくりと過ごせたのは初めてだから、僕としては大歓迎だよ!」


 嬉しそうに学園の食堂で昼食を選ぶ殿下の様子から、俺を気遣って無理をしている訳でもなさそうだ。


 午前の授業が終わり、周囲の生徒達から遠巻きに観察されながら殿下と共に食堂を訪れたが分かりやすく他の生徒達に避けられている。


「……あれがクリスチャン殿下と口論した……」

「……ハルピュイアの死体……」

「……女生徒を脅してる所を見た……」


 こそこそと話しているつもりだろうが、漏れ聞こえる内容からして今朝の出来事は既に噂になっているらしい。


「サンドイッチがおすすめなんだ、デミトリもどう?」

「生徒ではない俺が学食を頂くわけには――」

「そんなことないよ! イバイ達も食べてたから安心して」

「そう言う事なら、頂くとしよう」


 学食は生徒たちの学費で賄われているらしく、そのままエリック殿下が注文してくれた蝋引き紙に包まれた出来立てのサンドイッチを受け取った。焼かれたパンの美味そうな匂いが鼻をくすぐる。


「今日は天気も良いし中庭で食べようと思うんだけど良いかな?」

「俺は構わないが、寒くても平気なのか?」

「中庭は温風の魔道具が設置されてて、校内程ではないけど暖かいんだ。それに、今日は食堂で昼食を取らない方が良いと思うから……」


 エリック殿下がちらりと見た方向に目を遣ると、クリスチャン殿下が食堂のテーブルに座りながらこちらの様子を伺っていた。


「そうだな……中庭に行こう」


 昼食を取りに食堂に押し寄せた生徒達の数は驚くほど多かったが、俺とエリック殿下の周りには生徒達が寄り付かず思いの外早く食堂を後にする事が出来た。


 人もまばらな廊下を横並びに進んでいると、満足そうな表情を浮かべた殿下が伸びをした。


「静かな昼下がり……こんなにゆったりと昼休憩を過ごせるなんて夢みたいだ」


 大袈裟だろうと一瞬言い掛けたが、連日女生徒やクリスチャン殿下と行動を共にすることを強いられている当人からしてみれば本当に辛かったはずだ。


「……俺が色々とやらかしてしまったのが、今後どうエリック殿下の学園生活に影響するのかが心配ではあるが」

「本当に気にしなくても大丈夫だよ? 仮にクリスチャン殿下とこれから疎遠になったとしても、来年の春にはヴィーダ王国に帰国すると思うから」


 以前クリスチャン殿下が『良くしてくれた』と言っていたので関係は良好だと思っていたが、先程もクリスチャン殿下の言動に引っ掛かっていたと言っていた。同盟国の王子として丁重に扱ってくれたことに関しては義理を感じているが、そこに友情の念は無いのかもしれない。


「……エリック殿下はまだ二年生だと言っていなかったか?」

「そうだよ! でも留学を続ける理由が無くなったから……学期末まで在学して、春からはヴィーダの貴族学校に転校する事になると思う。父上の判断次第だけどね」


 ヴィーダ王の判断次第か……アムールは教育水準が高い。王立学園を卒業した方がエリック殿下の為になると判断する可能性があるのかもしれない。


「でも、多分帰れると思うよ! 恥ずかしい話だけど開戦派の件が片付くまで……必要なら卒業後もアムールに滞在する覚悟があるって伝えてたけど、帰れるようになったらすぐに帰国したいって弱音も吐いてたから」

「人には合う、合わないがある……弱音を吐いてしまうのも仕方がないと思う。俺も口に出していないだけで、まだアムールで一月程度しか過ごしていないが心の中では何度もヴィーダに帰りたいと愚痴を溢しているぞ?」

「そう言って貰えると少し気が楽になるよ!」


 話ながら廊下に繋がった門を潜り、エリック殿下と共に中央に大樹がそびえる中庭へと足を踏み入れた。


 樹齢数百年はありそうな太い幹をした大樹を、囲むようにベンチが設置されている。更にその周囲には石垣が設置されていて、かすかな音を発しながら通気口の様な穴から暖かい風が吹き出している。


 ――あれが温風の魔道具か? 確かに、少し肌寒いが外と比べたら比較にならない位暖かいな。


 ベンチに座るために大樹に向かって進み始めた瞬間、石垣の裏から一人の少女が飛び出して来た。


「エリックさまぁ!!」

「コルドニエ嬢……」

「もう! いつも言ってるじゃないですかぁ、クレアって呼んで下さいよ!」


 ――あれが例の令嬢か……


 先程とは比べ物にならない程冷たく感情のない声色で令嬢の名を呼んだエリック殿下の顔から表情が抜け落ちている。付き合いの短い俺でも彼の変化に気づけるのにも関わらず、令嬢は構わず殿下の元に駆け寄りあろうことか殿下に向けて手を伸ばしたので彼を守る様に前に出る。


「? だれですかぁ?」


 伸ばした手を引き戻し、令嬢がこてんと首を傾げながら身をより出してこちらを見上げて来た。肩まで掛かった水色の髪を揺らしながら男心をくすぐりそうな困り顔を浮かべているが、こちらを見つめる灰色の瞳には一切熱が籠っていない。


「殿下、こちらへ」

「ちっ……」


 身体で令嬢を遮りながら令嬢の問いを無視して殿下をベンチの方へと案内する。聞き間違いでなければ、背後からははっきりと舌打ちが聞こえて来た。

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― 新着の感想 ―
ハルピュイアの死体を横に置いておけば誰も寄って来ないな・・・ 来年の春にはヴィーダ王国に帰国すると思うから」 あと少しでフラグになったのに!
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