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第250話 気になる人

「学生平等はあくまで学生同士に適用される事です。護衛の任を任された私には関係ありません」


 少し棘のある言い方だが、不敬にならない程度に感じ悪く接してクリスチャン殿下には出来れば俺に対して苦手意識を持ってもらうか、最悪嫌われてもいいと思っている。そうすれば今後俺が居る限り俺込みでエリック殿下を誘う事も少なくなるだろう。


「ほーう、それじゃあ王族としてお願いしようか?」

「学生の身でありながら学園で王威を振りかざすのですか?」


 悪戯っぽく笑っていたクリスチャン殿下の顔から笑顔が消えた。


「……お前自身がお前に学生平等は適用されないと言ったじゃないか」

「私には適用されませんが、殿下には適用されます」

「俺に適用されるとしても学生じゃないお前相手なら関係ないだろ」

「それが許されたら、殿下は学生ではない教師相手にも王威を振りかざして好き放題してもいい事になりますが……それが学生平等の本意なのですか?」

「デミトリ……!」


 エリック殿下が焦っているが無理もない。暗にそれができるのであれば権力を使って成績の改ざんすらできるだろうと指摘したのだ。クリスチャン殿下が短気な方なら最悪不敬と捉えられてもおかしくない。


「……分かった。無理強いはしない」


 思いの外簡単に引き下がったのには少々驚いたが、クリスチャン殿下も面子を保ちたかったのだろう。周りの生徒が食い入るように俺たちの会話を聞いていたので、仕方なく引き下がったと言った方が正しいのかもしれない。


 ――殿下の後ろにぞろぞろと立っている側近達には見事に嫌われたな。


 青筋を立てながら血走った目でこちらを見ているが、俺に対してどう思おうと構わない。


 唯一心配なのは俺のせいでエリック殿下に妙な風評被害が及ぶ事だが……一応俺自身が嫌われ役を演じる事については事前に殿下に相談している。


『デミトリが辛い思いをするなら無理してそんな事しなくても良いけど……僕? 僕の評価はデミトリの行動で変わらないから気にしないで!』


 そう断言されたのである程度自由に動かせてもらっているが、本当に大丈夫なのかと少しだけ不安が残る。


 クリスチャン殿下が側近達を引き連れて自身の席に戻り、エリック殿下と共に教室入口から移動した。


 エリック殿下が教室と呼んでいたので前世の高等学校の一室を思い浮かべていたが、実際は大学の講堂のような部屋だった。護衛として授業中は教室の隅で立って過ごすことを覚悟していたが、講堂は広大で座席も有り余っているためエリック殿下の横に座る事になった。


 教師が立つ壇上を囲むように生徒の座る席が半円を描くように配置されていて、一番後ろの列に座ったためこの位置から講堂全体を見渡すことができる。


 エリック殿下と着席した位置の丁度対極の席にクリスチャン殿下と彼の側近たちが固まり、それを囲むように女生徒たちの多くが席を確保している。


 そこから壇上に向かって順々に視線を移していると、最前列にぽつりと一人で座る生徒を見て魔力が乱れそうになった。


 見間違いしようのないピンク色の髪をしたセレーナが、他の生徒の様に談笑するわけでもノートの準備をするわけでもなく静かに壇上の先の黒板を見つめていた。


「彼女が出席するなんて珍しいね」


 俺の視線の先の生徒に気付いたエリック殿下の呟きに驚く。


「知り合いなのか?」

「え!? 違うよ!」

「違うのか……特待生なのに出席率が悪いから認識していたのか?」

「え、なんでデミトリは彼女が特待生だって知ってるの?」


 今までになく真剣な眼差しでエリック殿下からそう問われて困惑する。


 セレーナは女生徒にまとわりつかれているエリック殿下とは無縁そうなので、殿下が彼女の事を認識している理由などそれしかないと思っただけなのだが……


「……ヴァネッサと学生区を散策している時、たまたま武器屋で遭遇した。その時店主が教えてくれたんだ」

「そっか……知り合いってわけじゃ――」

「違うな。逆にエリック殿下は知り合いではないのに彼女の事を気に掛けているようだが……?」


 要領を得ないまま問答を続けていると、殿下が俺の質問に答えられず一瞬沈黙した。


「……自慢じゃないけど自分の学年だけじゃなくて下の学年の子とも、大体会話したことがあるんだ。同学年で同じクラスに所属してるのに、話した事が無い女の子は彼女位だから……」

「なるほど、逆に気になってしまったのか……」

「そう! そうだよ、授業に復帰してくれたみたいでよかったよ!」


 屈託のない笑顔でそう言った殿下を見たら、彼に群がっていた女生徒達は何と思うだろう。殿下に突撃していないセレーナの方が彼女達よりも殿下に気に掛けて貰えているのは皮肉なものだ。


「あ……」


 エリック殿下の呟きを聞き、彼から視線を外し彼の視線の先を追うとぼーっとしているセレーナの隣に見知った茶髪の青年が座った。


「友達も……居るみたいで、うん、良かった!!」


 空元気のようだが……まさか、気に掛けているだけじゃないのか……?


「……殿下、あれはナタリア様の従弟のアルセ殿だ。特待生として学園に迎えられたセレーナは、元々セヴィラ辺境伯領の辺境の村の出身らしい。アルセ殿は確か彼女の目付け役として面倒を見ているはずだ」

「そ、そうなんだ!? 詳しいね! ぜ、ぜんぜんそこまで興味は無かったんだけど……そっか、お目付け役か」


 沈み気味だったエリック殿下がどもりながらも急激に元気になったのを見て反応に困る。


 気になっている相手が、よりにもよってセレーナとは……どうしたものか……

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