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第24話 泥色の化け物

 異変に気づいたのか、ラウルの表情が一気に険しくなる。先程とは対照的に、流れるような洗練された動作で立ち上がり森を静かに警戒する。


 遠くで大木が倒れたような音がしたのと同時に、甲高い笛の音が聞こえてきた。


 穏やかだった空気が一変し、張り詰めた糸のような緊張感が漂う。


「様子を見に行った方が……」

「……デミトリ殿を一人置いていく訳には行かない……」


 そう言いながら、固く握った両の拳が震えている。ミケルの事が心配で仕方がないのが、付き合いの浅い自分にもよく分かる。


 ――出来れば違和感の元には向かいたくない……


 今は武器も持っていない上に、ポーションもない。薄情かもしれないが、兵士たちの中に知り合いがいなければここで待機する事を優先していたかもしれない。


 顔と名前を知っていて、話したことのあるミケルがいなければ。


「置いて行けないと言うのなら、一緒に行けばいい」

「しかし……」


 任された任務と己の気持ちの狭間で葛藤するラウルを一喝する。


「ミケルに何かあってから後悔しても遅い、悩む暇があるならすぐに向かうべきだ!」

「……! かたじけない!」


 迷いを断ち切ったラウルと共に森の中へと駆けだした。戦いの喧騒はひと時も止むことなく、森へと一歩踏み入れるごとに確実に大きくなっていく。


「あれは……クラッグ・エイプ!?」


 ラウルがそう呟いたのと同時に、心が沈んだ。遠目で見えた兵士たちが、見覚えのある泥色の化け物と交戦していた。


「散開! 攻撃せずに回避を優先! 陣形を組み直す!」

「野郎ペドロをやりやがった!!」


 何かに轢き潰されたかのように四肢があらぬ方向に曲がった兵士。圧し折られた木々。強い衝撃によって作られたであろうクレーターの底にある、かつて兵士だったものと思われる血溜まり。散乱する死体の中、蹲る負傷兵。


 そんな地獄絵図の中ミケルが懸命に指揮を執ろうと必死に叫んでいるが、錯乱状態の兵士達はまるで首のない鶏のように走り回っている。


「退け! ジュリオ!!」

「攻撃が通らな……あっ!?」

「ゲギャギャ!」

「放せっ! 放してくれ! 痛っ、痛い! 痛い痛い痛いぃ!!」


 一人突貫した兵士の腕を握り潰しながら、そのまま腕ごと兵士を掲げあげクラッグ・エイプが自分と兵士の目線を強制的に合わせる。激痛に悶えながら、恐怖に染まった瞳で兵士がクラッグ・エイプの深紅の瞳を見つめる。


「アーーーー」


 兵士の恐怖を堪能して満足したのか、クラッグ・エイプの醜悪な顔が下卑た笑みに歪んだ瞬間。


「助けっ」


 轟音と共に衝撃で周囲の木々から葉が舞い落ちる。それほどの勢いで地面にぶつけられた兵士が、血と臓物を周囲に撒き散らしながら絶命した。


 異様な光景に全員息をのむ。


「ゲギャーー!!!!」


 いち早く動き出したのはクラッグ・エイプだった。両腕を掲げ叫びながら地面に振り降ろし、その反動を利用して一直線にミケル目掛けて跳んだ。


「ミケル様!!」

「ラウル!?」


 ミケルの元まで辿り着いていたラウルがミケルを掴み、間一髪のところで二人はクラッグ・エイプの突撃を回避した。


「アーーー!!!!」


 そのままミケルの背後にあった木の傍で着地すると、クラッグ・エイプが癇癪を起す。


 ――攻撃を躱されると怒るのは、この個体も同じか。種全体でそういう気性なのかもしれない。


 状況は良くないが、妙に冷静な自分に驚く。足元の兵士の死体の横に落ちている剣に手を伸ばす。


「……剣を借りるぞ、アルノー……」


 今朝まで生気に満ちていた赤毛の兵士の双眸は、恐怖で見開いたまま虚空を見つめている。剣を握る右手に、必要以上に力が込められる。


 ――……同じ方法で倒せる事を祈るしかないか。無責任かもしれないが後の事はミケル達に託そう。


「ミケル! 二人の遺体の事は頼んだ!」


 急にそう叫んだ自分にミケルだけでなく辺りの兵士たちも驚いたようだ。クラッグ・エイプも癇癪を止め、不思議そうにこちらの様子を伺っている。


 収納鞄に左手を突っ込み、手にしたものを乱暴に地面に放り投げる。


「ゲギャッ?」


 地面に当たってから少しだけ転がった土色の魔石が、草に阻まれて停止した。魔石を見ていたクラッグ・エイプは、何かに気づいたかのように目の色が変わる。


「アッ!! アッ!! アーーーーーー!!!!」

「もしかして知り合いだったのか?」


 注意を引けるかもしれないと思い以前戦ったクラッグ・エイプから採取した魔石を投げたが、想像以上に効果があった。


「アーーー!!!!」


 明確な殺意をその目に抱きながら、クラッグ・エイプが両腕を掲げる。


 前回倒したクラッグ・エイプの死体から、剣を解放したときに気づいた事があった。胸まで到達していた刃が、クラッグ・エイプの心臓まで達していたのだ。


 ――あんな切り傷を負っていたにも関わらず即死しない異常な生命力を持っているんだ、

 心臓まで刃が達していなかったら、殺しきれなかった可能性が高い。


 クラッグ・エイプが地面を殴りつけ、こちらに向かって飛んでくる。合わせて身体強化に魔力を全て注ぎながら走り出す。


 ――確実に心臓を貫くのが最善手だろう。突進をもろに受けるだろうが……


 出会って間もない、良く知りもしない相手の為に命を投げ出すことになるとは思わなかった。クラッグ・エイプと交差する直前、大地を強く踏みしめ突きの構えを取る。


 ――我ながら、馬鹿だな。


 剣先がクラッグエイプの皮膚を裂き、刀身が化け物の中へと進み始めた直後途轍もない衝撃と同時に世界が暗転した。

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― 新着の感想 ―
そういう馬鹿な奴を、人は英雄と呼ぶのですよ。
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