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第237話 刷り込み

「ガッ……ガァ……!」


 ――これで最後か……


 羽が凍結してしまい上手く体を動かせず、地面を這いながら必死に倒れた番の元へと移動しようと足掻くコルボの首に剣先を沈ませ嘆息する。


 ――なんでこうも後味が悪いんだ……


 気を紛らわせるつもりで依頼を受けたはずだったが、討伐を続ければ続ける程気が滅入った。


 メリシアで討伐依頼を受けていた時は食用の肉を確保するためにタスク・ボアを狩り、積極的に人を襲うメドウ・トロルの討伐など行った。討伐には慣れているはずなのに、その時は感じなかった後味の悪さに思わず顔を顰めてしまう。


 コルボと一対一で戦っていたのであれば何かが違ったのかもしれない。


 コルボ達は必ず番で現れ、片割れが傷を負うと捨て身の攻撃を仕掛けてでも番を救おうと行動する。番を守るために縄張りに踏み入って来た外敵を排除しようとするのも、命を懸けて番を守ろうとすることも、番が倒されれば仇を取ろうとする様も……今まで出会った魔物や魔獣には感じられなかった明確な意思を感じてしまいどうにもやり辛かった。


 ――あまり深く考えない方がいいな……


 素材や食料の調達のために討伐することも、個体数を調整するために間引くのも結局は人の勝手に変わりない。


 せめてもの救いは意味も無く殺しているわけではない事だと自分に言い聞かせながらさっさと依頼を終えるために十羽目のコルボの死体を収納鞄に仕舞い、五度目の木登りを始めた。


 マデランの木の頂点付近に位置するコルボの巣に到達すると、巣の中心には拳二つ分程の大きさの白い殻をした卵が鎮座していた。


 ――卵を産んでいた番は初めてだな……


 なんだかんだシャウデの森の中に点々と生えているマデランの木を頼りに進み、かなり森の奥深くまで到達している。そして勘違いでなければ森の奥に進むほど遭遇するコルボが大きくなっていった。


 森の端まで追いやられ縄張りを形成していたコルボ達は、もしかすると食料の潤沢な狩場を追われた弱い個体で子を成す程成熟していなかったのかもしれない。


 ――コルボの卵は確か見つけ次第割るようにと依頼票に書いてあったな……


 間引くのだとしても割らずにせめて食べればいいのにと思いながら、卵を巣から地面に落とすために手を伸ばしたのと同時に白灰の殻に亀裂が走った。


「ピー!! ピー!!!!」

「……」


 殻から勢いよくふさふさの白い頭を突き出したコルボの雛と目が合うと、破った殻を押し退けて差し出した手の甲に体を擦りつけて来た。


 ――まさか、刷り込みか……?


「ピー!」


 手の甲から掌へと移動して、鳴き声を上げながら尚も体を擦りつけてくる雛の体温が伝わってくる。


「……すまない、俺はお前の親を殺した人間だ。親代わりにはなってやれない……」

「ピ?」

「……」


 コルボの雛の首を折るため掌に収まった雛の首を握りつぶそうとした瞬間、気の抜けた鳴き声をしながら雛が首を傾げて俺の目を見つめて来た。


「クソ……一思いに――」

「そこの冒険者!」

「ピッ!?」


 覚悟を決めようとした瞬間、三人の冒険者が木々の間から現れた。急に大声を上げた冒険者に驚いたのか、コルボの雛が俺の上着の袖口から右腕の肘辺りまで潜り込み隠れてしまった。


「……なんだ?」

「お前もコルボの討伐依頼を受けたのか?」

「……ああ、丁度巣を破壊する所だ」


 先頭を歩くリーダーらしき男の問いに答えると、彼の隣を歩いていた大盾をかついだ男が分かりやすく肩を落とした。


「ここも狩られてるの!? もう帰ろうよレミー!」

「後四匹なんだ、今日中に終わらせた方がいいに決まってるだろ!」

「レミーはクソ重い盾を担いでないからそんなこと言えるんだって!」

「装備の差は仕方がないだろ!」

「もう、恋人が出来るって言ってたからアムールに付いて来たのに全然モテないしもうハラーンに帰ろうよ!!」


 口論を始めた冒険者達からは敵意を感じられないので、コルボの巣を地面に蹴落としてから袖に潜り込んでしまった雛を潰さないように気を付けながら木を降りる。


「お騒がせしてしまいすみません」


 口論を続ける二人の冒険者達から離れ、短弓を担いだ眼鏡を掛けた男がこちらに寄って話しかけてきた。


「構わない。コルボを見つけるのに苦労しているのか?」

「はい、この調子だと今日中にはとても依頼を終えられそうにないです……」


 項垂れてしまった短弓使いを哀れに思い、情報を共有する事にした。


「君達が来たのは広場方面からではないみたいだが、俺は広場からここまで基本的に北上しかしていない。このマデランの木でコルボに遭遇しなければ次はあそこに見えるマデランの木を目指す予定だった」


 北西に見えるマデランの木の独特な赤色を指差してから、弓使いへと視線を戻す。


「あちらにコルボが居るとは限らないが……少なくともここから真南、この木と広場を繋ぐ道の間にあるマデランの木は俺がすでに確認している。そこを避けてコルボを探せば二度手間にはならないはずだ」

「!! ありがとうございます!!」


 盾使い程ではないようだが弓使いの彼も相当疲れているらしい。情報提供に過激なまでに感謝をしてから、レミーと呼ばれた男と盾使いの元に戻って行き早速情報共有を始めた。


「本当か!?」

「じゃあさっき確認した木、戦闘痕があったけどやっぱり無駄足だったんだ……」

「いい加減にしろダヴィデ! とにかく探索範囲が少しでも絞れたのはデカい、ありがとな!!」


 レミーと呼ばれた男は手短に感謝の意を伝えてきた後、仲間を連れて北西の方向に走って行った。

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