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第232話 胃薬

「ちょっとお兄さん目がいっちゃってない? そんなんじゃモテないよ?」


 セレーナを捕らえた水牢の中を漂う蛇腹の剣の刃に光が乱反射し、まるで地上に月が降りた様な光景に異様に心が高ぶる。


「尾行されてる時に感じた魔力の揺らぎ……魔力の制御自体は甘そうなのに気づかぬうちに回復していたな……もしかして常に発動している自己再生の異能か、似たような魔法なのか?」

「デミトリ殿……?」


 自問自答をする俺にアルセが声を掛けたのが聞こえたが、それよりも初めて表情を崩し眉がぴくりと動いたセレーナから目が離せなかった。


「図星か」

「……それがどうしたって言うの?」

「自己再生する能力は意外と弱点が多い。鎧を台無しにした詫びが欲しいと言っていたな? 詫び代わりに何個か教えてやろう――」

「デミトリ、ストップ!!」


 背後からヴァネッサに両目を塞がれ、徐々に頭を支配していた狂気的な殺意が落ち着いて行く。

 代わりに、耐え難い自己嫌悪に襲われる。


 ――俺は一体何を……


「すまない……ヴァネッサ、手を貸してくれないか?」

「うん」


 目を瞑ったままヴァネッサに手を握って貰い、雑に水牢を解除した。


 形を失った水牢から放たれた水が道の脇に備えられた水路に流れる音と、恐らくセレーナが地面に放り出されたべちゃりという音が聞こえてくる。


「ヴァネッサ、俺は目を閉じたままでいるから宿の中に連れて行ってくれないか?」

「うん!」

「アルセ殿、すまない……先に失礼する」

「ここは私に任せて、ゆっくりと休んでくれ」


 ヴァネッサに手を引かれながら宿の方を向いてから、背中越しにセレーナに声を掛ける。


「セレーナ、言うまでもないと思うが次襲ってきたら……死ぬ覚悟をしておけ」


 展開した霧で背後からセレーナが襲い掛かってこない事だけ注意しながら、ヴァネッサに連れられ宿の奥へと退避した。


――――――――


「アルセ、あのお兄さん誰!?」

「……命を救ってくれた相手に対して発する第一声がそれか?」


 目をキラキラさせながら宿の方を眺めるセレーナの態度には、呆れよりも未知に対する嫌悪感が勝る。


 ――デミトリ殿も言っていたが、本当に死ぬことに対して恐怖心が無いのか……?


「アムールって骨のある人が全然居ないから武闘会位しか楽しみが無かったけど、ヴィーダに行けばあの人みたいな強い人がいっぱいいるかな!?」

「……妙な考えは止せ。一緒に旅をして実力を間近で見たが、ヴィーダ人全員が彼のような傑物なわけがないだろう」


 ――正確にはガナディア人だが……セレーナに必要以上に情報を共有するのは止そう。


「ねぇ、もしかして転校生? ちゃんと学園に行けばまた会えるかな!?」


 どう説明すればよいのか良く分からず口を噤む。


 デミトリ殿は転校生ではないが、私とセレーナはエリック殿下と同じ学年だ。彼女がちゃんと授業に出席すれば会える機会があるかもしれないのは正解だ。


「こうしちゃいられない! 課題を終わらせないと!!」


 私の沈黙を肯定と捉えたのか、こちらの返事も待たずにセレーナが学園に向かって走って行った。水浸しになってしまった道路の脇で、街路樹に背を預け天を仰ぐ。


 ――人が変わったようだったが、デミトリ殿は大丈夫だろうか……


 少なくない期間を共に過ごし、デミトリ殿の本質は見誤っていないと思う。少し度が過ぎて真面目な所はあるがそれは彼の実直さの裏返しだ。他者をみだりに痛めつけるような人間ではない。


 ――あの時の魔力の揺らぎ……ヴァネッサ嬢が止めに入らなければ……


 視線を地面に移すと、まるで吸い上げられたかのようにデミトリ殿が発生させた球体の形に添って地面が少し抉れているのが分かる。


 ――道中魔物に出会った時も思ったが、デミトリ殿が形振り構わず戦っていたら彼一人でどうとでもなっていただろう。デミトリ殿は違うと言ってくれたが……


 ヴィーダには生息していない魔物や魔獣の生態、そして攻撃手段を知らなかったため対処が遅れた場面は確かに何度かあった。


 だがそれは説明を怠っていた自分の責任だ。


 デミトリ殿の力量ならそれを踏まえても実力で挽回できたであろうことは明白だ。実際ハルピュイア以外との戦闘では事前に情報を共有していたため難なく討伐する事が出来た。


 ――セレーナに目を付けられてしまったのは面倒だな……


 セヴィラ辺境伯領の僻地にある村で再生魔法の使い手が見つかったと聞いた時は、魔法名の響きからまだ見ぬセレーナに対して勝手に穏やかな人柄だろうと思った。


 そんなセレーナを特待生として学園に迎えるため、彼女の目付け役に任命され出会った直後その淡い幻想は粉々に砕かれたが。


 ――襲った相手を完膚なきまで叩きのめし、戦利品として武器を奪う。やってる事はただの蛮族じゃないか……


 再生魔法で相手を治療して死なせないのも余計に質が悪い。


 殺人が起これば流石に放置できないだろうが、特待生としてセレーナを迎えた学園側が関与しているのかなぜか問題を多発させているのにも関わらず彼女は野放しにされている。


 ――セレーナが退学処分になったら目付け役の私と、セヴィラ辺境伯家も責任を追及されるだろうな……


 きりきりと痛み出した胃を労わる様に腹を摩り、背中を預けた街路樹にさらに体重を乗せる。


 ――……ほぼ授業に出ていないんだ。今更課題に取り組んでも間に合わないだろう。セレーナ課題を終わらせるまで補修で授業に参加できない間に、デミトリ殿達の帰国の目途が立てばいいが……


 ポケットから、ナタリア姉さんに分けてもらった胃痛に利く飴を一つ取り出し口に入れる。


 ――……深くは聞いていないが、ナタリア姉さんもこの飴を食べなければいけない程の心労を抱えて……


「はぁ……」


 ――胃の痛みは飴のおかげで和らいだが、今度は頭痛がしそうだ……

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この国って強盗は犯罪じゃないんだ…
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