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第230話 特待生

「私としたことが、話が大分反れてしまいましたね。早速ですが武具のお手入れを依頼されますか?」


 ――ずっと自分で手入れをしていたが一度ちゃんとした職人に見て貰うべきだな。


 収納鞄からヴィセンテの剣を取り出し、両手で抱えながらゴドフリーに見せる。


「綺麗な剣……」


 ヴィセンテの剣を目にしてゴドフリーが息を呑む。


「この剣の手入れを依頼したい。できれば手入れを依頼している間の代用の剣も見繕――」

「何その剣!?」


 店の奥に消えて行ったはずのセレーナが、いつの間にかゴドフリーの背後から顔を覗かせヴィセンテの剣を舐めるように見る。


「セレーナちゃん、接客の邪魔を――」

「ヴィーダのお兄さん、その剣もう使い物にならないよ! 私が引き取ってあげる!」


 手を伸ばしヴィセンテの剣を掴み取ろうとしたセレーナを待たず、無言で収納鞄に仕舞う。


「な!? そんなボロボロの鈍らを持ってたら逆に危ないよ! 代わりに私の剣を一本あげるから交換しよ?」


 ――ボロボロの鈍らだと……?


 何度も命を救われた恩人の剣に向けられた心無い言葉に、久しぶりに呪力が感情に任せて脈動する。


「セレーナちゃん! いい加減にしなさい!」


 セレーナの方に振り向き、俺とヴァネッサをその巨大な背中で守ったゴドフリーの喝に空気が震え、棚に飾られた武具たちも微かに揺れた。


「ちょっと、邪魔しないでよゴドフリー!」

「邪魔なのはあなたよ!! アースルスの角は後で寮に届けさせるから帰って!! 二度と私の店の敷居を跨がないで、出禁よ!」

「なんで!?」

「分からないならそれが理由よ!!」


 ゴドフリーとセレーナが言い争いを続ける中、ヴァネッサが俺の手を握った。


 ――魔力が揺らいで心配をかけてしまったのか……?


「ガチムチオネエ……」


 ――がちむちおねぇ?


 妙な事を呟きながら俺を守る様に少しヴァネッサが前に移動したのを不思議に思っていると、セレーナが店を飛び出していった。


「ゴドフリーの馬鹿!! 知らない!!」


 革製とは言え、鎧を纏ったまま彼方に走り去って行くセレーナの俊足に驚きながら振り返るとゴドフリーが何とも言えない表情をして静かに佇んでいた。


「……大丈夫か?」

「ええ……お客様に心配を掛けちゃうのは店主失格ね」

「厄介な客のせいであって、ゴドフリーさんのせいだとは思わないが」

「そう言って貰えると助かるわ。ありがとう」

「……さりげなくオネエ口調になってる……」


 ――さっきからヴァネッサは何をぶつぶつと言っているんだ……?


 くしゃりと彫の深い顔を笑顔に変えたゴドフリーには目もくれず、何やら小言で言っているヴァネッサを心配しながらこちらも苦笑で応える。


「武器の手入れは私に依頼しない方が良いわ。あの様子だとセレーナちゃんは懲りずにまた来そうだし、あなたが居ない時にセレーナちゃんがあの剣を見たら面倒だわ」

「あの少女は一体……?」

「はぁ……」


 ため息を吐きながら、ゴドフリーがセレーナの消えて行った道を眺める。


「王立学園の特待生よ。かなり辺鄙な村から特異な魔法を使えるから奨学生として迎えられたみたいだけど……あまり良い噂は聞かないわ」

「学生だったのか……」


 学生区の店を訪れていたからもしやとは思ったが、体の運び方や佇まいと装備からたまたま学生区の鍛冶屋を贔屓にしている冒険者と言われた方がしっくりとくる。


「青春を謳歌するわけでもなく、学問に打ち込むわけでもなく、ひたすら魔物や魔獣を狩る問題児って噂されてるわ」

「なんだか、アムールでは珍しい感じの子なんですね」


 ヴァネッサが言葉を選びながらそう言うと、ゴドフリーがこちらに振り返った。


「珍しいなんて可愛いものじゃないわ。私以外の武具屋では店員に言い寄られて『ここしか安心して買い物が出来ない』って泣きつかれたから我慢してたけど……」


 その先を言うのをゴドフリーは言い淀んだが、何が言いたかったのかは何となくだが分かる。


 アムール人の気質的にセレーナが言い寄られたのは事実だったとしても、あの性格からして彼女は自らの行動で問題を大きくした可能性が高いのだろう。


「収穫期休暇中ずっと冒険者として活動して、ついにはアースルスまで倒しちゃったけど何が彼女をあそこまで突き動かしているのかは分からないわ」

「……まさか、一人で冒険者活動しているのか?」

「ええ、見た目だけならかわいらしいから変な輩に絡まれない様にパーティーを組んだ方が良いかもって助言したけど『足手纏いは要らない』って言われたわ」


 色々と不満が溜まっていたのか、ついに歯に衣着せぬ形でセレーナについて話してしまったゴドフリーがはっとしながら口元を槌を握った手で隠した。


「お客様相手にこんな事言ったらいけないわ。ごめんなさいね……これからアースルスの角をあの子に返すためにいったんお店は閉めるから、よかったらまた別の日に来てくれると嬉しいわ」

「分かった、色々と教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「……さりげなく次の約束を……」


 俺の手を握るヴァネッサの手に妙に力が入ったのが気になりながら、ゴドフリーと別れ宿の方向に向けて歩き出した。


「デミトリ、あのお店……一人で行っちゃだめだから」

「……? セレーナの件が心配なのか?」

「……うん……」

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― 新着の感想 ―
この国に来てからストレス本当に凄い、キツい人物が多過ぎる。
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