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第226話 王都ジュール

「また会おう、デミトリ殿!」

「ああ、また会う日までトワイライトダスクの健勝を祈っている」


 マルコス達と再会した翌日、アムールの王都ジュールへの都入りを果たしてすぐにトワイライトダスクと別れる形になった。冒険者ギルドのある繁華街方面に消えて行く四人を見送ってから、アルセがゆっくりと馬車を発進させた。


「色々とあったが、無事デミトリ殿達を王都まで送り届けられてよかった」

「セヴィラを出てからは特に魔物との戦闘が多かったからな……アルセ殿が同行してくれて助かった」


 どのようにして綺麗に保っているのか疑問に思う程純白の石造りの城壁と、今しがた潜った立派な門の方に振り返りながら無意識に眉を顰める。


 ハルピュイアみたいな魔物だけでなくウルス・グリィのような今まで遭遇した事の無い熊型の魔獣等、繁殖期だからか分からないが遭遇した魔物達は妙に殺気立っていた。


 ナタリアとレズリーの戦闘能力は把握していないが、俺とヴァネッサだけでは手に負えなかったかもしれない。


 ――アルセ殿が居なかったらと思うと……セヴィラ辺境伯の采配には感謝しなければいけないな。


「私が居なくても何とかなったと思うが……」

「謙遜は止してくれ。突進してきたウルス・グリィが咄嗟に作った氷壁を突き破って馬車に向かって来た時は心臓が止まるかと思った……アルセ殿が土魔法で足を絡めとっていなかったら馬車が破壊されていた」


 セヴィラを出た出発した直後、アルセが運が悪ければ遭遇するかもしれないと言っていたウルス・グリィに遭遇した。アルセが機転を利かせなかったら、前世で言う所のグリズリーよりも一回り大きく全身を灰色の毛皮で覆った熊型の魔獣はそのまま馬車に衝突して甚大な被害が出ていただろう。


「あれもデミトリ殿が時間を稼いでくれたおかげだが……ありがとう。そう言って貰えると護衛としての責務を果たせたと思えそうだ」


 照れくさそうにそう言いながら、言いながら恥ずかしくなったのかアルセが視線を道に移しジュールについて話し始めた。


「今はまだ比較的暖かい時期だが、ジュールまで来るとヴィーダ王国と比べて大分気候が違うだろう?」

「確かに慣れない寒さだな」


 ガナディア王国の北に位置するヴィーダ王国の更に北だ。この世界に前世の地球と同じ原理が通用するのか分からないが、北上すればするほど寒くなっているのでこの三国はこの星の赤道よりも上に位置しているのだろう。


「後数週間経てば収穫期が終わり冬が訪れ王都は雪に覆われる。私が言うのもなんだが、雪化粧をしたジュールは見ものだぞ」

「アルセ殿がそこまで言うのであれば楽しみだな。王都の景色が様変わりする程雪が積もるのは若干心配だが」


 ――すでに吐息が白んでいる程寒い。本格的に冬の気候に移り変わる前に防寒着を準備した方がいいな……


「どれ程の期間王都に滞在するか分からないが暖かい服と、出来れば杖を買っておいたほうが良いな」

「杖……?」

「道の両脇を見てくれ、水路があるだろう?」


 アルセの話を聞きながら、馬車が通っている道の両脇に備えられた水路に注目する。馬車、水路、歩道と続き建物の前には歩道から馬車道に移動できるように水路の上に格子状の足場が設置されている。


「水路の幅がかなり広いな……」

「旅の途中、レマトラ男爵領とべシャード侯爵領で立ち寄った街と王都の大きな違いはこの水路の存在だ。王都の建物の屋根も、立ち寄った街と同じように鋭い傾斜になっているだろう?」

「ああ」

「雪が屋根に積もらないための対策なんだが、王都は降雪量が多い上に街とは段違いの広さだ。屋根から道に落ちた雪を逃がすために至る所に水路が設置されているんだが……雪の積もり方次第では天然の落とし穴になりかねない」


 ――確かに、人一人すっぽりと嵌ってしまいそうなほど広いな。


「危険なのであれば柵を立てた方が良いんじゃないか……?」

「そうすると雪かきの効率が段違いに下がってしまうんだ」

「そうかもしれないが……水路に雪をどけても溜まる一方じゃないのか?」


 疑問をアルセにぶつけると、彼が左手を手綱から離し前方を指さした。


「水路には王城の後方に見えるネージュ山から湧き出る温泉水を引いている。原理は分からないがあの温泉水は凍りにくい性質な上、水路にも何かしらの細工がされているらしい」

「凍りにくい水……」


 ジュールに到着してから少し硫黄の匂いがしたと思ったが、まさか温泉水を街中の水路に放流しているとは思いもしなかった。


 ――いくら温泉水とは言え、普通は源泉から遠ざかれば遠ざかるほど冷えて行くはずだが……


「王都は平地ではなく段々になっている土地の上にあるだろう?」

「都入りしてからずっと緩やかな坂を上っているな」

「雪を水路に捨てさえすれば、水路を流れる温泉水に雪が融け込み城壁外のラーク湖に流れ出て行く仕組みになっている」

「なるほど、王都全体でその設計が機能しているのはすごいな」


 恐らく王都を建てる時、冬を見越した都市設計をしたのだろう。


「緩やかな坂の上に王都が建てられているのも、除雪作業を容易にするために屋根の形状や水路の設計を徹底したのも、初代アムール王の偉業とされている。王都民は今でも敬意を払って彼のお方の事を建築王と呼んでいるほどだ」


 ――建築王か……そこは建国王のままでいいと個人的には思うが……


「話が少し脱線してしまったが、雪が積もりにくくするために屋根に積もった雪が自重で落ちる先にも水路に繋がる穴が空けられている事がある……」

「道の脇だけじゃないのか……」

「一応穴を空けられる条件と場所は建築法で決まっていて厳しく取り締まられている。どこに穴があるのか法則性が無い訳ではないんだが……王都民でも気を付けていないと不注意で穴に落ちてしまう事がある」


 王都に住んでいる王都民ですら落ちる事があるなら、十中八九俺とヴァネッサはいつか不注意で水路に落ちてしまいそうだ。


「慣れない内は危険だ。デミトリ殿とヴァネッサ嬢は念のため杖を買った方が良いと思う」

「そうだな……忠告ありがとう。雪が積もってからでは遅いから、早めに買うようにする」

「そうしてくれ」

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