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第223話 ハルピュイア

 アムールの恋愛事情について内心引いてしまったのが表情に出たのか、アルセが苦笑しながら三度ため息を吐いた。


「必然的に繁華街のような場所を情熱区域に指定せざるを得ない上、容易に区域の指定を変えられない事に父も頭を悩ませているよ……」


 ――アルセとセヴィラ辺境伯は静愛派寄りで、セヴィラ辺境伯夫人は自由恋愛派寄りなのだろうか……?


 家族で別々の派閥に所属と言うのは通常ではあり得ないが、恋愛観に関する派閥なんて今まで聞いたことも無い。


「働き手を誘引するために繁華街の賃金設定は他の区域の平均よりも高い事から、自由恋愛派よりも私達と似た考えの人間が多いと信じたいが……実態はどうだろうな」


 話し込んでいると城塞都市セヴィラの北側に位置する城門に到着し、御者台から降りたアルセが軽く話した後すぐに解放され馬車はセヴィラを後にした。


 初冬を思わせる冷たい風に撫でられながら、馬車は街道を進んで行く。


「ヴィーダ出身のデミトリ殿にからしてみれば色々とくだらないと思うかもしれないが……少し特殊な国だが、貴殿やヴァネッサ殿がまだ体験してない素晴らしい側面もある」


 俯きながら、絞り出すような声で呟いたアルセの言葉は彼が思っている以上にはっきりと聞こえて来た。


「一国民としてのささやかな願いになってしまうが、どうかアムールを嫌いにならないで欲しい」

「……まだアムールに到着して一週間も経っていない。ここ数日の体験だけで判断するつもりはないから安心してくれ」


 ――アルセと話すまでは、苦手寄りに気持ちが傾いていたのは確かだが……


――――――――


「アルセ殿、後ろだ!!」

「くっ……! 助言感謝する!!」


 振り向きざまにアルセが突き刺した槍がハルピュイアの胸を貫き、そのまま回転の勢いに任せてアルセがハルピュイアの体を地面に叩きつける。


「タスケテ……!」


 人の命乞いの様な鳴き真似をするハルピュイアの首をアルセが踏み、彼が槍を抜き取ろうとした隙を突こうと突進してきた別のハルピュイアに向けて水球を放って牽制する。


 水球が着弾する寸前にハルピュイアが宙で身を翻し、翼から毟られた紅色の羽が舞った。


 ――クソ、早いな……!


「ヤクソクシタノニ!」

「マモッテクレルッテ!」

「気持ちが悪いな……」


 ハルピュイアの顔は人の物とよく似ている。


 だからこそ顔を歪ませ牙を剥き出しにしながら片言で人の真似事をする様が異質さを際立たせ、生理的な嫌悪を感じさせる。


 腕があるべき場所に生えた翼を羽ばたかせ、鋭利な鎌状の鉤爪を携えた鳥類の様な足を揺らしながらハルピュイア達が空中で喚く。


「オイテカナイデ!!」

「シニタクナイ!!」


 意味不明な言葉の羅列を繰り返しながら残った二体のハルピュイア達が距離を取ったため、こちらも馬車の横で警戒を続けるアルセの元に移動した。


「大丈夫か?」

「傷は浅い。槍を振るうのに支障はない」

「……くれぐれも無理はしないでくれ」


 城塞都市セヴィラを発ってから三週間過ぎ、レマトラ男爵領とべシャード侯爵領を超えあと数日で王都に到着する所まで来たが、ここまでの道のりは順調だったとは言えない。


 アルセから説明を受けた情熱区域を避けたため街中で問題に巻き込まれる事は無かったが、旅の道中人とのいざこざに巻き込まれなかった代わりと言わんばかりに馬車での移動中何度も魔物に襲われた。


 今回も街道を進んでいる所を三体のハルピュイアに急襲され、御者台に突進してきたハルピュイアから馬車を守るためにアルセは決して浅くはない傷を負っている。


「馬車が狙われたら私が魔法で対処するから!」

「頼む!」


 ニルの指導のおかげで火魔法の扱いが魔術士並に成長したヴァネッサに馬車で待機するナタリアとレズリーの護衛を任せ、負傷したアルセとハルピュイア達の間に移動する。


 ――ハルピュイア達の動きが速すぎる。普通に魔法を放っても避けられるだけだな……


「……アルセ殿、俺が奴らの動きを止める。隙を見て魔法で一気に仕留めてくれ」

「……! すまない、了解した……!」


 槍を杖にしながらアルセが返事をしたが、傷の具合からあまり猶予はなさそうだ。


 ――立っているのもやっとのはずだ、早くケリを付けなければ……!


 焦りを胸に駆け出した俺を左右で挟み込むようにハルピュイア達が飛翔し、身体強化を発動しながら左前方に飛んだ個体に全速力で接近する。


「ベルナルド!!」

「さっきからうるさい!!」


 意味不明な言葉の羅列を叫び続けるハルピュイアを両断するつもりで剣を振り下ろす。


「シンジテタノニ!!」


 ハルピュイアは器用に鉤爪を使って剣を受け止めたが無傷とはいかず、叫びながら空中で体勢を崩し地面に落ちた。すかさず地面に落ちたハルピュイアを氷魔法で拘束しながら周囲に水魔法の霧を発生させる。


「ドウシテ!!」


 ――予想通りだな……!


 背後から襲い掛かろうとしたハルピュイアが霧に侵入した直後、展開していた霧を凍らせた。


 羽が凍結してしまい飛行の制御を失ったハルピュイアは、ぐしゃりと嫌な音を立てながら地面に落ち凍った地面の上をこちらに向かって滑って来た。


 先に氷魔法で地面に縫い付けていたハルピュイアがバキバキと音を立てながら氷の拘束を解き始めたため、二体のハルピュイア達を同時に拘束するために氷魔法に魔力を全力で注ぐ。


「アルセ殿、今だ!!」


 暴れるハルピュイア達が氷の拘束から逃れるよりも早く、アルセが土魔法で発生させた無数の土の針が地面から隆起し、なんとかハルピュイア達を倒すことに成功した。


「デミトリ殿、怪我はないか!?」

「無傷だ! 俺の事より早くアルセ殿の傷を治療しよう!」


 こちらに駆け寄る勢いだったアルセを手で制しながら、ハルピュイア達の死体を置いて馬車に急いで戻る。


「アルセ、早くこちらを飲んで!」

「すまない、姉さん」


 事態が収束した事を察知して俺が到着するよりも早く馬車を降りたナタリアがアルセにポーションを飲ませるのを見届けていると、ふいに馬車の近くに横たわるハルピュイアの死体が視界の端に映った。


 ――人語を話す魔物か……


 戦闘の興奮も収まり、冷静になった今となりハルピュイア達が叫んでいた内容が気になり始めた。


 ――あれは本当に意味の無い言葉の羅列だったのか? そもそもどこで言葉を覚えたんだ……?

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追放令嬢のセリフを叫ぶハーピーとか嫌すぎる
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