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第220話 王都行きの馬車

 夜のセヴィラは昼と見紛う程賑わっており多くの人々が道を行き交い、流石に子供は見当たらないが老若男女問わず様々な世代の人々が夜の街に繰り出している。


 定期的に聞こえてくる断り文句の叫びから察するに、彼らの多くは相も変わらず愛を求めて彷徨っているのだろう。


 ――良く疲れないな……


 カーテンを閉じ、荷物を纏め終えたヴァネッサが待つソファに腰を掛ける。


「王都はセヴィラよりましってレズリーさんが言ってたけど本当かな?」

「ナタリアと一緒に何度もアムールを訪れているレズリーが言うからには……そうなんじゃないか?」


 心配そうに左腕に嵌めた腕輪を弄るヴァネッサにそう答えたが、半信半疑なのは俺も同じだ。


『国境沿いに位置するセヴィラはヴィーダから訪れた観光客が最初に訪れる街です。良くも悪くもアムールの文化を理解していて訪れる観光客が多いので、街の住人も新たな出会いを求めて開放的になっているきらいがあります……他の都市や王都はこんなに酷くないんです』


 レズリーにそう説明された時は納得しかけたが、国の玄関と言っても過言ではない街がそんな状態で良いのかと疑問には思った。


 ――国際問題を避けるため断るための決まり文句があり、無理強いをしようとする輩が出てきたら住人総出で止めに掛かり、口説く順番を守る等の暗黙の了解が浸透している……


 自由に「愛」を求めるためにそんな妙な団結力を発揮する国民性なのだ、他の街に移動してもそう変わらない気がするのはおかしいだろうか。


「デミトリさん、ヴァネッサさん。入ってもいいでしょうか?」

「ああ、鍵は掛かってない」


 扉越しに声を掛けてきたナタリアにそう答えると、ナタリアとレズリーが部屋に入室した。


「レズリーから聞きましたわ。色々と大変だったみたいですね……」

「ナタリアさんも大変だったんじゃないですか……?」


 一目見ただけで憔悴しきっている様子なのが分かる。ヴァネッサが問いかけると、困ったようにナタリアが首を傾げた。


「そんなに分かりやすいですか?」

「あまり女性にこう言った事を言うのは失礼だと思うが、目の下の隈が……」


 俺にそう指摘されたナタリアがそっと目の下に指を添えながらため息を吐く。


「化粧で隠したつもりだったのですが……私の事は大丈夫です。王都へはセヴィラ辺境伯が手配して下さった馬車で向かいます。お二人の準備が整っているのであれば、すぐにでも出発したいのですが」

「俺達はいつ出発しても問題ないが、今まで乗っていた馬車はどうするんだ?」

「セヴィラ辺境伯が気遣って下さって馬車は辺境伯邸に停めさせて頂いてますわ……」


 説明を続ければ続ける程元気が無くなっていくナタリアの様子が心配だが、彼女の話に耳を傾ける。


「私とレズリーはこのまま王都までお二人をご案内させて頂きます。エリック殿下にお二人を紹介した後、私達はセヴィラに戻り……馬車を回収してから帰国する予定です」


 ――最後の方の妙な間は……一応聞いてみるか。


「例えばの話だが、エリック殿下から王家への伝言を預かったらナタリア様達の帰国の予定は早まるだろうか?」

「……! ふふ、そうなったら嬉しいですけどお気遣いは不要ですわ。私たちは先に馬車でお待ちしていますね」


 少しだけ笑顔を取り戻したナタリアは、そう言い残してレズリーを連れて部屋を退室してしまった。


「エリック殿下からアルフォンソ殿下に伝えないといけない事があるの?」


 ソファから立ち上がり、荷物を手に取りながらヴァネッサが質問して来た。


「話している時、特に最後の方は顕著にナタリアの様子がおかしかっただろう?」

「確かに元気が無かったね……」

「王命で俺達の案内役として動いているナタリアを無理やり数日引き留めた位だ。用事が済んで帰路についているのなら問題ないと考えて、セヴィラに戻ったらナタリアがまた叔母や姉に拘束されるかもしれないと思ってな……」

「あー……」


 瞬時に理解して色々と想像してしまったのだろう。ヴァネッサが微妙な表情をしながらナタリアが去って行った扉を見つめる。


「最後の方のやり取りはそう言う事だったんだ……ナタリアさんは遠慮してたけど、それとなくエリック殿下に頼めそうなら頼んだ方が良いかも? あまり貴族様のあれこれに首を突っ込まない方がいいかもしれないけど」

「俺も下手にちょっかいを出すのは良くないと思うが……急に案内役として抜擢されたのにも関わらず良くしてくれている。微力かもしれないが力になれるのなら行動したい」

「そうだね、そうしよう!」


 収納鞄を腰に掛け、ヴァネッサの横に立つ。一度部屋を見渡して忘れ物がない物を確認してから宿の一階に二人で向かった。

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