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第219話 愛のない行為

 俺は目の前の問題に対処するので精一杯だったので、冷静に分析出来ていたヴァネッサに感心する。


 ――暗黙の了解か……冒険者ギルドの追放の作法を思い出すな。


「それにしても、昨日は手を繋いでみたり腕を組んだ時は構わず声を掛けられた。なぜお姫様抱っこは声を掛けない判定になるんだ……?」

「昨日私達と違って絡まれてない人を見てて思ったんだけど……明らかにイチャイチャしてる人はちょっかいを出されてなかったからだと思うよ」

「手を繋ぐ事は親愛の表現として十分だと思うが……」

「この国の人達かなり特殊だから……手を繋いでる程度なら横槍を入れても問題ないって認識なんじゃないかな……?」

「はた迷惑な認識だな……」


 広場に到着しヴァネッサをゆっくりと降ろし、彼女が紙袋から先程購入したペアの腕輪を取り出す。


「腕を貸して?」


 ヴァネッサの前に左腕を差し出すと、片方の腕輪を彼女が嵌めてくれた。


「今度は俺の番だな」


 ヴァネッサからもう片方の腕輪を受け取り、彼女の前で膝をつく。ヴァネッサが目を丸くしながら首を傾げた。


「……そこまでやらなくても良いと思うよ?」

「散々『彼は君の扱いを間違ってる』だの『手の繋ぎ方で付き合ってないのは分かる』と知らない輩に難癖を付けられたんだ。恥ずかしがって適当に腕輪を渡しているのを見た奴に後から突撃されても困る」


 ヴァネッサの背後には熱心に彼女の姿を目で追う男達が見える。中には昨日彼女を口説いて来た男達も居る。


 納得した様子でヴァネッサが差し出した左手を取り、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。


「ヴァネッサ、面倒な奴らに絡まれないためにこの腕輪を受け取ってくれないか?」

「ふふ、喜んで」


 周囲に聞こえない様に小声で互いに呟きながら、腕輪をヴァネッサの腕に嵌めた瞬間ヴァネッサが屈んで俺を抱擁した。彼女の背中越しに明らかに肩を落としている男達が見える。


立ち上がり、二人並んで手を繋がずに広場を後にしたが嘘のように声を掛けられなかった。


 ――俺には呪いが効かないからあり得ないが、腕輪が呪具の類ではないかと疑ってしまう程の効果だな……


「効果覿面だね!」

「……腕輪を嵌めているだけで人避けになるなら、ナタリアも知っていそうなものだが」

「貴族と平民とで暗黙の了解も違うんじゃないかな? 見た目でしか判断できないけど、私が見た絡まれてない腕輪を嵌めた人達はみんな貴族っぽくなかっ――」

「ヴィーダ出身なのであなたの情熱には応えられません!!」

「ちょっとお茶しようってお願いしてるだけだろ!!」


 完全に気が抜けていて突然聞こえて来た叫び声に驚いた俺とヴァネッサが振り返った先には、腕を掴まれながら無理やり引き留められているレズリーが居た。


 ――それは駄目だろう……!!


「なにやってんだあんた!!」


 走り出した俺とヴァネッサが駆け付けるよりも早くレズリーの近くにいた通行人がレズリーに不埒を働いていた男の頭を殴り、別の通行人の女性が解放されたレズリーを背に隠し守り、他の通行人達も協力して瞬く間にレズリーを掴んでいた男が取り押さえられた。


「レズリーさん、大丈夫ですか!?」

「はい、心配を掛けてすみません」

「知り合いかい? ここは任せて早く嬢ちゃんを連れて行きな」

「すまない、恩に着る!」


 レズリーを守っていた女性に会釈してその場を少し離れると、道の先の角から憲兵が猛スピードで走りながら現れ俺達の横を通りながら人だかりができている取り押さえられた男の元へと向かって行った。


「憲兵さんが来るの早くない……?」


 俺も疑問に思っていた事をヴァネッサが口に出し、守る様に俺とヴァネッサの間を歩いて貰っていたレズリーが説明を始めた。


「事故を除く、双方の合意の無い接触はアムールでは重罪なんです」

「重罪……」

「先程の様に現場を目撃したら市民逮捕を行うことが推奨されている程です」


 ――今思えば、押しが強かったりしつこかったりする相手は居たが、誰一人として無理やりヴァネッサに触れようとはしなかったな。


 了承無く他人を勝手に触るべきじゃない事は当たり前なのだが、これまで異常とも思える国民性を目の当たりにしてきた為その一線は徹底して守ろうという考えに妙に感心してしまった。


「愛のない行為にとにかく厳しい国なんです」

「そうなんですね……」


 ヴァネッサは納得がいかない様子だが彼女の気持ちもわかる。


 ――触りさえしなければ相手の都合を無視して一方的に話し掛け、無駄に拘束しても咎められない。それを果たして愛のある行為と呼べるのだろうか……


 俺の場合は何度か店員に話しかけようとして理不尽に拒絶されただけだが、ヴァネッサが声を掛けられた回数は尋常じゃなかった。二人で話そうとするたびに割って入ってくる男達に会話を遮られて相当腹を立てていたのも知っている。


 ――相手を思いやる気持ちが無ければ、運よく結ばれたとしても明るい未来は待っていないと思うが……


 頭を振り思考を止める。


 ――文化も違えば価値観も違う。アムールの考えに染まる必要はないが、勝手に決めつけるのは良くないな……


「触らない限り相手が嫌がってても好き放題できるのはおかしいと思いますけど……」

「私もそう思います」


 呑み込んだ気持ちをヴァネッサが代弁してくれた後、レズリーが苦笑いを浮かべながらヴァネッサにそう答えた。ヴィーダ出身の女性陣も俺と考えは変わらないらしい。


「……先が思いやられるな。ともかく、レズリーが無事で良かった。なんとなく宿に向かって歩き始めてしまったが、こちらの方向で良かったのか?」

「はい! 私はお二人への伝言と、宿に残したナタリア様のお荷物を纏めるよう命じられたので宿に向かっている途中でした」

「伝言?」

「ナタリア様が今晩宿にお戻りになると伝えに参りました。セヴィラ辺境伯様のご厚意で王都行きの馬車を手配して頂けたので、ナタリア様は馬車に乗って後ほど宿に到着されます」

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