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第216話 情熱の国アムール

「見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません……」

「何も見てない『ぞ』『です』」

「ふふ、それは何かを見た人が言う台詞ですよ?」


 少しだけ雰囲気が柔らかくなったナタリアが、馬車の窓から少しずつ消えて行くヒエロ山を眺める。


「強行軍になってしまい申し訳ないのですが、王家の命でなるべく早くデミトリさんとヴァネッサさんをアムールに送り届けるために今夜はこのまま馬車を走らせる予定です」

「レイリーは大丈夫なのか……?」

「夜番の御者なので彼は起きたばかりです。アムール国境沿いに到着したら、当家の別の御者と交代する予定なので問題ありませんわ」


 ナタリアがそう言うと、立ち上がって座っていた座席のクッションを持ち上げた。


「元々連絡馬車だったものを少し改良しているので、このようにクッションを取り外して敷けば即席の寝台になります。お二人も、遠慮せずに休みたくなったら眠って下さいませ」

「すごいね!」


 ヴァネッサは馬車の構造に感心しているみたいだが、それよりも座席のクッションを片手で持ち上げたナタリアの膂力が気になる。


 ――クッションの下に座席として使用する時の安定性の為にかなり太い木製の骨組みが見えたが……


 ナタリアがクッションを座席の上に戻している間に中腰になりながら自分の座っている座席を片手で動かそうとしたがかなり重い。仮にヴァネッサが座っていなかったとしても軽々と持ち上げられる自信がない。


 ――ヴァネッサと言い、ヴィーダ王国の女性は皆身体強化の才能があるのか……?


 首を振り、馬鹿な考えを頭の中から追い出す。


「まだ日が暮れたばかりだ、休むのはさておき……一つ聞いても良いか?」

「なんでしょうか?」


 ナタリアが首を傾げる。


「ナタリア様が案内人に抜擢されたのはヴィラロボス辺境伯家とアムール王国のセヴィラ辺境伯家の親交が深いからだとアルフォンソ殿下から聞いている」

「その通りですわ。現セヴィラ辺境伯家の妻は私の叔母、現当主は一応私の義理の叔父に当たります」

「と言う事は、ナタリア様はアムールに行った事があるのか?」

「ええ、年に最低でも一度は訪問しますわ」


 ――年に一度は多いのだろうか? 少なくとも一度も行った事の無い俺よりも確実に詳しいはずだ。


「……俺達がアムール王国に向かう理由をどこまで説明されているのか分からないが、アムール王国滞在中は絶対に問題を起こしたくない。文化的に絶対にやってはいけない事があれば、是非聞きたいんだが……」


 俺の問いに、今まで穏やかな表情を浮かべていたナタリアが再び難しい表情を浮かべる。


「絶対にやってはいけない事……ですか……」


 ――そんなに返答に悩む質問だっただろうか……?


「パンを食べながら街中を歩くのは禁忌です」

「なるほど……?」


 ――良く分からないが、宗教的な理由なのかもしれない。


「……街角で異性とぶつかる事も禁忌です」

「……んん?」

「後は……興味の無い異性に言い寄られたとしても真摯に対応してください。間違ってもその場しのぎで結婚しているみたいな嘘をついたらいけません。とんでもないことになりますわ……!」


 ナタリアは真剣に俺の質問に答えてくれているのに、聞けば聞くほどその態度と内容に乖離がありすぎて自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと錯覚してしまう。


 隣で聞いていたヴァネッサの顔をちらりと確認すると、明らかにげんなりした表情を浮かべている。


「……かなり、特殊な決まりごとが多いんだな?」

「はい……私の身近な人間に実際に起こった例を取り上げたのですが、もっと一杯ありますわ……」

「嘘だろう……」

「めんどくさそう……」


 耐えきれずヴァネッサが不満を口にしたのを聞いて、ナタリアがあたふたしながら早口で話始める。


「えっと、気を付けていれば過ごしやすい国です! 後、その、情熱的な方が多い国ですが困ったら『ヴィーダ出身で、君の情熱に応えられない』と言えば国際問題になるのを恐れて大体の相手は引き下がってくれます!」


 ――そんなふざけた決まり文句が存在していると言う事は、過去に実際国際問題まで発展しかけたという事じゃないのか……?


「……引き下がってくれない人もいるんですか?」

「中には……」

「じゃあ、恋人がいるって言うのはだめなんですか?」

「……先程申し上げたように、めん……大変な事になります」


 ヴァネッサの質問に、深刻な表情でナタリアが答える。


 ――今ナタリアもめんどくさいと言い掛けていなかったか?


「大変な事って、具体的には……?」

「障害があればあるほど燃え上がるば……方であったり、真実の愛かどうか確かめさせろと言うあ……微笑ましい考えを持った方だと余計にめんどくさい事になります」


 とうとう包み隠さずナタリアが面倒だと言ってしまい、自分の発言に気付きはっとして口を閉じ俯いてしまった。


 ――国全体がそんな状態なのは……ふざけた神が関与しているとしか……


「デミトリ」


 ヴァネッサが小声で話しかけてくる。


「ティシアちゃんに相談した方がいいんじゃないかな……?」

「やる事があると言って後で合流すると言っていたし……あまり頼るのは良くないと思う」

「まだ、信じられないから?」


 ナタリアが俺達が話しているのに気づいたみたいなので、言葉を選びながらヴァネッサに返答する。


「信じていても考えは変わらない。相談した所で助けてくれるか分からないが、仮に助けてくれるとしよう。何でもかんでもティシアちゃんに解決して貰ったら……彼女の言葉を借りると面白くないだろう?」

「……そっか、分かった!」

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街中をパンを咥えて走って異性とぶつかる。そして始まる情熱的な恋愛 「ちこくちこく~!」
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