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第214話 戦略的撤退

「落ち着いたか……?」

「はい……」


 何とかナタリアを宥めて三人で焚火を囲んだ。ゆらゆらと燃える炎を見つめながら、ぽつぽつとナタリアが話始めた。


「本当に他意はなかったんです……」

「……何事も無ければ話題になったかもしれないが、王都の混乱を差し置いて『幽氷の悪鬼』について話している人間などいないだろうから気にしないでくれ」

「デミトリ、聞いてないの??」

「何をだ??」


 ヴァネッサの問いの意味が分からず首を傾げる。


「ルッツ大聖堂から王城まで、アルフォンソ殿下を守りながら死霊を率いて凱旋した幽氷の悪鬼は貴族間だけでなく王都民の間でも噂になっています……」

「……嘘だろう?」

「私もニルさんから聞いたけどかなり話題になってるらしいよ?」


――ニルの耳に届いていると言う事はかなり話が広まって……

 

「……とにかく! 二つ名の有無を問わず殿下が賓客として扱っている謎の男は噂になっていただろう……過ぎた事をとやかく言っても意味はない……」


 半分自分にそう言い聞かせながら積み上げた山から薪を一本抜き取り焚火にくべる。


「ナタリア様。あなたが俺に対して思う所があるのは気づいている。今回の案内役も本意ではなかっただろう? お互いに距離を測り続けていたら無意味に消耗するだけだ……腹を割って話そう」

「……! 分かりました」

「まずは俺から言わせてくれ。あなたが俺とヴァネッサの事をどう思っているのかは分からないが、俺はあなたを信用している」


 俺の発言に完全に固まってしまったナタリアは、口から漏れ出る白い吐息が見えなければ石化してしまったのかと見紛う程だ。


「……そんなに簡単に断言しても良いのですか?」


 時間を掛けて我に返ったナタリアが戸惑いながら問い返す。


「軽い気持ちで信用すると言う訳ないだろう? アルフォンソ殿下が俺とヴァネッサの命を預けられる相手だと判断してナタリア様を指名したんだ。そんな相手に疑ってかかる訳がない」

「アルフォンソ殿下を信頼なさってるのですね……」

「ああ。それにいくら王命だと言っても今回の案内役は断る事も可能だったはずだ。辺境伯家の令嬢が護衛の一人も連れずに平民二人の案内をするのは幾らなんでも非常識すぎる。それでも引き受けてくれたのは、ナタリア様も王家を信用しての事だろう?」

「……」


 微妙な沈黙が続き、ナタリアが足元の枯れ枝を拾い焚火に投げ込んだ。


「違うのか……?」

「……ペラルタさんの事じゃない?」


 ヴァネッサの発言に再びナタリアが固まる。


「えっと、ごめんなさい!」

「いえ、良いんです……そういえば婚約を祝って頂きましたね? ありがとうございます」


 全く嬉しくなさそうにそう言ったナタリアの様子に、ヴァネッサと顔を見合わせる。


「話したくなければ――」

「いえ、デミトリさんが腹を割って話してくれたなら私も腹を割って話さなければ道理がございません」


 ナタリアがまた小さな枯れ木を焚火に投げ入れ、風魔法で焚火を燃え上がらせ瞬時に枯れ木を灰に帰した。


「私は叶わぬ恋だと思いながらペラルタ様に懸想しておりました」

「……? であれば、思いが実を結んだんじゃ――」


 新たな枯れ木を焚火に投げ入れナタリアが風魔法を強めて行く。


 火に空気を送り込む程度の規模に収まらない暴風を前に風前の灯と化した焚火では最早暖を取れず、夕暮れを迎えかけたスエルの森の冷気に再び体が晒される。


「……たんです……」

「「たんです?」」

「想像とペラルタ様の性格が全然違ったんです!」


 とうとうナタリアの風魔法に吹き消されてしまった焚火を前に、薄暗闇の中荒い呼吸を繰り返すナタリアをヴァネッサと共に見守る。


「だったら婚約しなきゃいいんじゃ――」

「私がペラルタ様に憧れているのを家族が知っていて、お父様公認で婚約がトントン拍子に進んでしまったんです!」


 ヴァネッサの素朴な疑問をナタリアの悲痛な叫びが遮る。


「……婚約が結ばれてから一週間も経っていないだろう? まだ取り返しが――」

「王家に認められた宰相家の嫡男との婚約を解消した令嬢に、今後まともな縁談が来るわけないじゃないですか……!」

「「……」」


 ――下手な事は言えそうにないな……


 ヴィーダ王国の婚姻事情に詳しくはないがナタリアの言う通り侯爵家、しかも現宰相の嫡男との婚約を解消した後碌な縁談を申し込まれなくなるのは想像に難しくない。


 貴族の婚姻は政略を理由にしたものがほとんどだ。


 ただでさえ今は貴族界が混乱している。ナタリアに一切瑕疵がなくとも、婚約を解消したという事実は重く受け止められてしまう。


 前世の価値観に引っ張られているのかも知れないが、個人的に政略結婚に対して「貴族だから仕方がない」と割り切れそうにもないのでナタリアにそう考えるべきと求めるのは酷だろう。


 ――お互いを思いあっているアルフォンソ殿下とグローリアは、例外中の例外だろうな……


「じゃあ逃げましょう」


 当たり前の様にそう言いながら火魔法で焚火を再び点火したヴァネッサを、ナタリアが信じられない様な表情を浮かべて見つめる。


「……そんな事――」

「出来ますよ。ね? デミトリ」

「……!? あ、ああ……俺もガナディアから亡命という形で逃げ出したと言っても過言ではない。今も言ってしまえば過去の問題から逃げている最中だ……かなり極端な例だが……?」

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― 新着の感想 ―
この後ナタリアの口から詳しく語られるのかもしれないけど現状では「思っていたのと性格が違う」以外にペラルタを拒否する理由が無いんだよね。 「思っていたのと性格が違う」ってところだけ聞いて「断れないのか…
そこまで嫌う理由あるのか?関係改善の見込みは? 取り敢えず逃げたらどうにかなる? 無責任な発言するなら口を出さない方がましでは?
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