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第211話 結界

「ロレーナ王妃は元々アムール王国の出身だったのか」

「ああ。エリックの件も含めアムール王国には色々と便宜を図ってもらってる。どこかで埋め合わせが必要になるが、事情を説明すれば協力してくれるはずだ」


 ――埋め合わせか……


 同盟国と言えども互いに自国の国益を一番に考えているはずだ。今回の件に協力する事によって不利益を被れば両国間の関係に罅が入るのは想像に難しくない。


 ――ヴィーダ王国に迷惑を掛けない為に、アムール王国では問題に巻き込まれない様注意して行動しないといけないな……


「難しい顔をしてまた何か考えてるな? エリックがデミトリに興味を持ったのは事実だ。仲良くしてやるついでに何か困ってたら助けてやってくれ」

「当然だ」

「旅行気分で行くのが気が引けるのなら、それを任務だと思って貰っても良い」

「……分かった」


 ――やはり俺は顔に色々と出やすいのかもしれないな……


 俺の反応から、アムール行きについて複雑な気持ちだったのはアルフォンソ殿下にお見通しだったらしい。


「決まりだな。色々と調整が済み次第使いを向かわせるから今は迎賓館に戻って休んでくれ。案内は――」


 聞き耳を立てていたイヴァンが背筋を伸ばす。


 ――相当書類仕事が苦手なんだな。


「――ちょうど担当分が終わりそうだしマーシャ、頼めるか」

「承知致しました」


 期待を裏切られたイヴァンが絶望している隙に、彼が処理していた書類を盗み見る。


「……これは開戦派貴族に関する捜査報告書か?」

「すごい量だろ? 奴らの動向は常に王家の影に属する諜報員が監視し、決定的な証拠も状況証拠も小まめに纏めてたんだが……」


 溜息を吐きながら殿下が横に置いていた書類を拾い上げて作業を再開した。


「不正が多すぎて報告書の量が膨大になってしまったのか……」

「アルケイド公爵が行ってた違法な犯罪奴隷の譲渡の様な把握していなかった悪事もあるのにこの量だ。本当は使節団など受け入れてる余裕など無い……」


 話しながら作業を進めていた殿下が処理の完了した書類を片付け、山積みになっている書類から新しい書類を掴み取り作業を再開した。


「逃亡の危険を考慮して王権を発動し、令状も無しに開戦派の貴族家当主達を王国軍に捕縛させた。後出しにはなってしまうが、急いでこの作業を終わらせる必要がある」


 涙目になりながら作業を再開したイヴァンの横で、マーシャが手に持っていた書類を置きながら立ち上がり俺の傍に寄った。


 ――流石に可哀そうだな……


「……文官達に協力して貰うのは難しいのか?」

「あちらはあちらで今大変な状況になってる。通常の執務に加えて今回の件にまつわる処理を少人数で回してるからな」

「少人数?」

「開戦派に属していた貴族家や、その寄子の貴族家出身の文官達は自宅待機させてる。勤勉で実家と縁を切ってる様な文官にまで疑いの目を向けなければいけないのは心苦しいが、こればかりは仕方ない」


 ――改めて、本当に大変な状況なんだな……


「……殿下、色々と説明してくれてありがとう。これ以上時間を取らせるのは忍びないから退出させてもらう」

「ああ、ヴァネッサにもよろしく伝えてくれ。また後でな」

「デミトリ殿、ご案内致します」


 縋る様にこちらに視線を向けたイヴァンは見なかった事にして、マーシャに先導されながら執務室を後にした。





――――――――





「よく眠れたかしら?」

「うん……ん? え!?」


 いつの間にかティシアちゃんに膝枕されていることに驚き、起き上がった直後周囲の異変に気付く。


「何もない……真っ暗な空間?? これって……」


 確か、儀式の際こんな異空間に連れられたってデミトリが言ってたはず。


「儀式を行わないでこの結界に入ったのはヴァネッサちゃんが初めてよ? 起きた時、ミネアに見られてるって意識したら落ち着かないと思ったの。ここならあの子も覗けないわ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたティシアちゃんの発言で、気を失う前に起こった出来事を思い出す。


 ――私も呪われてたんだ……


「……えっと、気を遣ってくれてありがとうございます……」

「神呪の事、心配かしら?」

「え……」


 もう少し頭が働いていたらそんな事誰でも分かると思えたかもしれない。だけど今の自分には心を見透かされたような気がして必要以上に動揺が走る。


「あなたは私の愛し子じゃないから魂を覗かないけど、デミトリの魂を覗いた時色々と知っちゃったの」

「……どうせ月神に見られてるから、別に見ても良いですよ……」

「自暴自棄になるのは良くないわ」

「ティシアちゃんは……悪神だから私が自暴自棄になったほうが面白いんじゃないですか?」


 吐き捨てるようにそう言って、顔を上げた時ティシアちゃんの表情を見てすぐに後悔した。


「ごめんなさい……」

「気にしなくても良いわよ?」


 悲しそうに微笑みながら優しくそう言ったティシアちゃんの声が罪悪感を煽る。


「落ち着いたら結界を解くから声を掛けて?」

「ありがとう、ございます……」


 ――私は最低だ……


 デミトリに迷惑を掛けて、周りを狂わせて、気を遣ってくれたティシアちゃんに悪態をついて……


「最後に一つだけ良い?」

「……? はい」

「諦めないってデミトリに言ったじゃない。だから諦めちゃだめよ?」

「でも……」


 俯いてしまった私の頭にそっとティシアちゃんが手を添え、良く分からないまままた膝枕されてしまった。


「色々と不安になったらまた結界の中に招待してあげるわ」

「……! どうしてやさしくしてくれるんですか……?」


 ――私がデミトリの仲間だから? それとも……


「他の神の愛し子と仲良くなって、その神より好かれるなんて悪神らしいと思わない?」

「……え!?」


 頭上で、ティシアちゃんが蠱惑的な笑みを浮かべながら私の頭を撫で始めた。


「ふふ、悪いお姉さんに相談に乗って欲しくなったらいつでも頼りなさい?」


 ――悪いお姉さんって……全然そんな感じじゃ……


 どこまで本気か分からないティシアちゃんに頭を撫でられて、軽くなった気持ちに戸惑いを隠せない。


 自分から言い出さないと結界を解いてくれないのを思い出すまで、真っ暗だけど不思議と居心地のいい空間で静かに二人で過ごす事になった。

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