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第204話 物語の先へ

「誰もいなかったな……」

「そうだな……」


 本堂の扉を開いた先に待っていたのはもぬけの殻となった前廊だった。警戒を怠らずそのまま大聖堂の外に出たが、聖騎士達はついぞ現れなかった。


「ま、間もなく王城にと、到着致しゃまっす!」

「ご苦労 ……急に呼び掛けてしまい悪い事をした。王城に着いたら褒美を取らす」

「ひゃい!?」


 ――『悪い事をした』か……


 萎縮しきって思い切り噛んでしまった御者にアルフォンソ殿下が労いの言葉を掛けたが、『悪い事をした』と言ったのは俺達が御者にかなり迷惑を掛けた自覚があるからだろう。


 基本的に他者に対してみだりに非を認める事と謝る事が厳禁とされている王族が掛けられる、最上級の謝辞のはずだ。


 ――あの状況で王城まで送れと半ば強制されたら萎縮してしまうのも無理はないな……


 たまたま大聖堂の前を通りがかった馬車の御者は剣を抜いたヴィーダ王国の王子、血だらけの服を着てこれまた剣を抜いた謎の男、そして王都で暮らしている市民の大半が生涯出会う事のない死霊二体を目の当たりにしてそのまま走り去ろうとした。


 彼からしてみれば白昼夢か……より正確に言えば白昼悪夢を見たようなものだろう。アルフォンソ殿下の呼び掛けで馬車を停めた後、殿下は御者が逃走しようとした事を咎めはしなかったが、王族らしい笑顔と圧で王城まで俺達を送る事を半ば強制する形になってしまった。


「そこの馬車! 止ま―― モータル・シェイド!? デミトリか!?」

「ニル! 殿下も無事だ!!」


 馬車に追従するモータル・シェイドに気付いたニルが城門から走り寄って来た。


 御者にはやんわりとモータル・シェイド達が大きすぎて屋形に入らないからと乗車断られそうになったが……浮遊して後をついてくると伝えると半泣きになりながらそれ以上は何も言われなかった。


 ――……戦闘に備えてモータル・シェイドを連れて王城まで来てしまったが、市民に見られてしまったし確実に騒ぎになっているだろうな……


「殿下!! ご無事で何よりです!」

「戦況は?」

「御覧の通り連中は城壁にも辿り着けませんでした。ヴァネッサが大活躍しましたよ」


 ニルが殿下に報告しながら、俺の方に目配せする。


「ヴァネッサは――」

「心配するな、彼女は無事だ。今は迎賓館で休んでいる」


 ヴァネッサの安否を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。


「あの魔道具に魔力を注いで魔力が回復しきっていない状態で、あの人数相手に魅了魔法を発動するのは流石に堪えたみたいだ」


『王様……許可を頂ければ、魅了魔法を使っても良いんですよね? 私も手伝えれば、被害をもっと抑えられると思います』


 異能対策の会議中、ヴァネッサがそう言いヴィーダ王の賛成もあり開戦派勢力の鎮圧にヴァネッサも参加する事になった。


『デミトリは教会の事に集中して?』

『ヴァネッサ――』

『……もっと頼ってくれるんだよね?』

『……無茶だけはしないと約束してくれ』


 本当は止めたかったが……ヴァネッサの事をもっと頼ると言った手前強く反対する事が出来なかった。代わりにニルに少しでも危険だと思ったらすぐに退避させてほしいと念入りにお願いする形になったが、本当に何事もなく良かった。


「アルフォンソ様!!」

「グローリア!!!!」


 王国軍兵士の人垣の中から現れたグローリアが、アルフォンソ殿下の元に駆け寄り殿下の腕に飛び込む。兵士たちに見守られながら抱擁する王子と婚約者の姿に、グローリアに初めて出会った時と同じ印象を抱く。


 ――本当に絵になる二人だな……


 これから開戦派に属していた貴族の処理、グローリアの生家であるアルケイド公爵家の沙汰とグローリアの処遇の決定や、軟禁されていた教皇を含む真っ当な教会関係者と今回の件の責任の所在の追求等……ヴィーダ王国の抱えた課題はまだ山積みだ。


 ――一件落着とは言えないが、あのはた迷惑な物語から運命が反れたんだ……何とかなるだろう。


「……デミトリ、早く迎賓館に戻ってヴァネッサの見舞いをしたいだろう? 案内するぞ?」

「ニル……それは本当に俺を気遣っているのか? アルフォンソ殿下達にあてられて、アロアに会いたくなったがために俺を口実にしようとしていないか?」

「そ、そんな、し、心外だ!」


 ――図星の反応だが……


「いずれにせよ、殿下に一声掛けずに行くのは無理だろう。ニルがそうしたいなら止めはしないが……」


 肩をすくめながら熱い抱擁から接吻を交わし始めた殿下達の方に視線を移す。


「私でもあの二人の邪魔をしたら馬に蹴られるどころかドラゴンに踏みつぶされるのは分かる……少し待とうか」

「……待つついでに共有したい事がある。ニルはカズマについて把握しているか?」


 俺からの急な質問にニルが腕を組み、記憶を探っているのか目を閉じ空を仰いだ。


「デミトリについて色々と調べた時、冒険者ギルドでの活躍について詳細をジゼラから聞いた。君といざこざがあり犯罪奴隷に堕ちた男だろう?」

「……ああ」

「ここ最近は王都に滞在しているが、元々メリシアに駐在している身だ。彼の事も、彼の仲間が今冒険者ギルドで受付嬢をしている事も把握しているぞ」


 ――流石王家の影だ、話が早い。

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