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第200話 悪神

 グローリアから聞いた物語通りならこのやり取りは負けイベント後に彼女が死に、義憤に燃えた殿下が王国軍を率いて枢機卿と異能部隊員達と死闘を繰り広げた後にするはずのものだ。


 ――この時点で負けイベントは乗り越えられたはずだ。


「……認めない……認めない!! 私は神になるのです……!!」


 ――問題は、どうエンディングを着地させるかだな……


 ラベリーニ枢機卿を止めたい一心で無意識に体に力が入ったのか、横に立つアルフォンソ殿下がこちらに腕を伸ばし制されてしまった。その間に、息も絶え絶えな枢機卿が聖杯を揚げた。


「……封じられし悪神よ、光神の加護を持つ建国王の末裔と命神の加護を持つガナディアの悪魔を贄に、我に力を与えよ!!」


 ――始まってしまったか……


 聖堂内の光が聖杯に吸い込まれて行き、殿下と共に闇黒の空間に誘われた。なぜだかお互いの姿だけはっきりと見える異空間で、ラベリーニ枢機卿が高笑いを上げる。


「……ハハハ!! 隷属魔法を掛けなくても悪神はお前たちを私の物だと認識した!! ハハッ!! 光神ルッツ様ではなく邪悪な神なのは業腹だが、やはり私が勝者だと認められ――」

「るわけないじゃない?」


 いつの間にか現れた存在がそう言った瞬間、ラベリーニ枢機卿が闇に呑まれて消滅した。掲げていた聖杯だけが浮遊したままその場に残り、枢機卿を葬ったであろう誰かが片手でそれを掴み取った。


「手順を間違えたら封印が解けるのを知っていたはずなのに愚かね。あなたたちもそう思わない?」

「悪神トリスティシア……」

「あら、私の名前を知ってるなんて珍しいわね? 特別にトリスちゃんかティシアちゃん、気に入った方の愛称で呼んでくれてもいいわよ?」


 蠱惑的な笑みを浮かべながらそう言った悪神の黄金の瞳に見つめられ背筋が凍る。華奢な体から発せられているとは思えないほどの威圧感に呑まれない様にするので精一杯で、二の句を継げない。


「君は命神の加護を持ってない上贄になる条件を満たしてないし、そっちの君は光神の加護を持ってて建国王の末裔だけど贄になる条件を満たしてないわね……ふざけてるのかしら?」


 血に染められた様な赤み掛かった黒髪を揺らしながら、悪神が枢機卿の消えた空間をじっと見つめた。すると、苦悶の表情を浮かべた枢機卿の頭部だけが突如として闇から現れた。


「助け――」

「最期に見るのが私みたいな美人だった事を感謝しなさい? 手順を思いっきり間違えたから地獄に堕とすわね」

「やめ――」


 現れたのと同じぐらいあっけなく消えた枢機卿の途切れた嘆きが、異質な空間の中で木霊する。


 鼻歌を歌いながら聖杯をクルクルと指で回転させる悪神の緊張感の無さに、彼女にとって今の行いが息をするように自然なものなのだと嫌でも理解させられてしまう。


 横に立つ殿下を確認すると、ガクガクと震え失神しないのがやっとと言えるほど威圧されてしまっている。


 事前にグローリアからその存在について聞いていたものの、実際に目の当たりにして悪神がどう足掻いても倒せるような相手ではないのだと潜在的に理解してしまったのだろう。


「さてと。封印も解けたし、楽しまないと」

「……何をするつもりだ?」

「建国王の末裔君はだめそうだけど、君はお話をする余裕があるのね?」


 ――とにかく時間を稼がなければ……!


「……なんとかな」

「ふーん? そうね……長い間封印されてあげてたから少し羽目を外しても良いかもしれないわ」


 悪神の「羽目を外す」という発言に心臓が飛び上がりそうになるが、無理やり平静を保つ。


「……わざと封印されていたのか?」


 会話を引き延ばすために質問を続けながら、グローリアから聞いた悪神の情報を必死に思い起こす。





――――――――





「グローリアちゃん、教会はどうやって異能を聖騎士達に授けているんだ?」

「えっと……物語ではラベリーニ枢機卿が悪神トリスティシアが封印された聖杯の力を使って、魔力と引き換えに異能を授けていました」


 異能者達の対策に行き詰まってしまい、突破口を模索しようとしていたヴィーダ王の問いに対するグローリアの答えには不穏な神の名が含まれていた。


「悪神トリスティシア……?」

「はい。すみません……異能の対策が終わったら説明しようと思っていたんですけど、物語のエンディングで悪神が復活します……」

「「何だと⁉」」


 ヴィーダ王達が驚愕するのも無理はない。少なくとも、光神教会で封印されていた事実とその名前からしてヴィーダ王国に友好的な存在とは思えない。


「……物語の結末を迎えた後ヴィーダ王国は……少なくともアルフォンソ殿下の代までは栄えていたはずではないのか?」

「はい。分岐を間違えなければ……封印が解かれても悪神はヴィーダ王国を滅ぼしません……」


 ――分岐……?


 俺の問いに対するグローリアの返答の歯切れの悪さに嫌な予感がする。


「グローリアちゃん、話の腰を折ってしまい申し訳ない。横やりを入れないから順序立てて説明してくれないか?」

「……物語の結末で、追い詰められた枢機卿は力を得るために聖杯を使って儀式を試みます。自分の魔力を差し出す代わりに、隷属魔法で縛られていないアルフォンソ様とデミトリを贄として捧げようとして……儀式が失敗して、悪神の封印が解けてしまいます」


 ――最後の最後までなんて事をしてくれているんだ……


「……儀式を阻止すれば――」

「ダメです!!」


 グローリアの力強い否定に提案をしたヴィーダ王が面食らう。


「おじさま、大声を出してごめんなさい……そうしたいと思うのは分かります。でも悪神が封印されているのは実は気まぐれで、いつ解き放たれてもおかしくない状態なんです」


 知らずにそんな時限爆弾が王都内に存在していた事実にヴィーダ王達が青ざめる。


「先程説明した様に物語には分岐があって、枢機卿が聖杯を使い儀式を行うのを阻止した場合悪神が自分の意思で復活してヴィーダ王国を滅ぼします……」

「な……!? 厄介だな……逆に、なぜ枢機卿に封印を解かせると悪神を阻止できるんだ……?」


 ――あまりの内容に、ヴィーダ王もグローリアに「パパと呼びなさい」と訂正する余裕すらないみたいだな……


 緊迫した雰囲気の中、悪神の事を聞いても不思議と平静を保てている自分に驚く。


 ――封印されていたのであれば、俺を呪った神々とは無関係だと分かっているからだろうか……? グローリアの言っている通りならヴィーダ王国を滅ぼすかもしれない危険な存在だが……


 皮肉な事に俺を呪って転生させた命神、ヴァネッサに迷惑極まりない加護を与えた月神、そしてラベリーニ枢機卿を含む教会の人間を野放しにしている光神と比較すると悪神の心証は現時点でそれ程悪くない。


 他の神々の印象が悪過ぎるせいで、悪神が封印された経緯は分からないがそれを理由に報復するつもりなら筋が通っている分ましだと思えてしまう位だ。


 それだけでなく、転生者としてグローリアの語る物語……ゲームに対する理解があるためヴィーダ王達よりも心の余裕を保てているのかもしれない。


 ――決して油断はできないが、正しい分岐を選んだ後悪神を鎮める「攻略法」があるなら心強い。


「どうやって悪神を鎮めたのか物語では描写されてなかったんです……」

「……ん?」


 楽観的な思考がヴァネッサの発言で停止する。 


「……すごくシナリオの評価が良かった分悪神を鎮めた流れが不自然過ぎて叩かれてたけど、続編に向けた伏線って意見も多かったし多分ちゃんとした方法があるはず……攻略本の製作者インタビューでも濁してたけど、まさか考えてないとかないよね……?」

「悪神の鎮め方は物語の中で語られていなかったのか……!?」


 先程までの余裕は消え去り、グローリアに詰め寄る。


「すごく、その……言いにくいんですけど……『デミトリの活躍のおかげで難を逃れた』以上の説明が無くて……」


 ――俺の活躍……??





――――――――





 見落としていたかもしれない手掛かりを求めてグローリアから聞いた悪神の情報を思い出してみたものの、思い出せば思い出すほど不安に圧し潰されそうになる。


 ――結局会議では答えが出ず何とかなると高を括っていたが、何が答えなのか分からない……!

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なんで一番大切なことをいわないんだ、この娘は?
またまた面倒ごとが・・・
デミトリ「じゃあ鳥取ちゃんで」
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