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第195話 劣勢

「……ガブリエル?」


 ラベリーニ枢機卿が熱のない目で首を水球に穿たれたセイジの亡骸を見つめ呟く。


「……御身をお守りするのとカズマを救うので精一杯でした。申し訳ございません」

「……全く、仕方がありませんね」


 感情のない声でそう告げた枢機卿がセイジの死体に向かって手をかざした瞬間、禍々しい魔力の揺らぎで聖堂が満たされた。


 魔法の発動を警戒して身構えていると、先程まで物言わぬ死体だったはずのセイジの首から声にならない叫び声が漏れ出た。


「――――――!!」

「死霊使いだと!?」

「殿下!! 下がってくれ!」


 ――出し惜しみをしている場合じゃないな……!!


 祭壇から距離を取りながらセルセロの死体を水魔法で包み込み、モータル・シェイドを生み出す為に呪力を込める。かなりの量の呪力を注いでいるのにも関わらず、一向にモータル・シェイドが発現する兆しが無い。


「……ガナディアの悪魔よ、アルケイド公爵邸では随分と派手に暴れたそうですね?」


 焦るこちらを嘲る様に優しい声色でラベリーニ枢機卿が語り掛けてきた直後、再び禍々しい魔力の揺らぎを感じる。


「……死霊術を扱えるのはあなただけではないと言う事です」

「俺の言えた事ではないが、聖職者の発言とは思えないな……!」

「――――――!!!!」


 セイジが祭壇に戻していた聖杯を撫でながらラベリーニ枢機卿が不気味な笑みを浮かべると、叫び声が漏れ出ていたセイジの首にぶら下がっていた頭部が引き寄せられ、まるで回復魔法を掛けられたかのように首が繋がった。


「……部下を癒し、罪人(セルセロ)が悪霊として蘇らないよう聖水で魂を浄化したまでです。私の行いを非難される謂れはありません」


 大量の血を流し青白く変色した肌とぎこちない動き。ある程度距離はあるが、素人目でも最早セイジの心臓が脈動していない事が分かる。


 ――何が癒しだ……クソ、モータル・シェイドを生み出せないのはセルセロの飲んだあの液体に何か細工をしていたからか……!


「……死霊と枢機卿と異能者四人……グローリアが負けイベントと呼んでいたのが納得出来る位には絶望的な状況だな」

「デミトリ、戦況を分析している所悪いがそれどころじゃないぞ!」


 祭壇から離れ本堂の壁際を進みながら俺達の背後に移動し始めたサミュエルとイニゴを警戒して、殿下が背中合わせになる形で俺の背後に回りながら悪態をつく。


「殿下、死霊が生前の異能を使えるかどうか知っているか?」

「分からないな。あれがただの屍人なら使えないかもしれないが……」

「そうか……申し訳ないが後ろの二人は任せた。枢機卿達は俺が何とかする……!」

「……分かった!」


 ――サミュエルとイニゴは魔法を使えない。殿下の魔法と()()()があればなんとかなると信じるしかない……!


「……ふむ。早々に心が折れてくれれば痛めつける必要も無かったのですが……神の使徒に無策で戦いを挑むのはただの蛮勇だと理解させてあげましょう」

「――――――!!」

「変身―― 何!?」


 攻撃に備えてラスの鎧を纏おうとしたが鎧が出現しなかった。


 このまま避けてしまえばセイジの手から放たれた毒々しい液体が殿下に当たってしまうため慌てて水魔法で液体を受け止めたが、一瞬の隙にカズマの接近を許してしまった。


「クソ!!」


 剣を構えてカズマの攻撃を受け止めようとした瞬間世界が反転した。一瞬の出来事で情報を脳が処理できず、無意識に右上から振り落とされる剣を防ごうと腕を動かしたが視界には剣を左手前に構えた自分の腕とカズマの剣に切り裂かれた右肩から飛び散る鮮血が映った。


「ぐっ……!!」

「デミトリ!?」

「変身……? そうか……ラスはお前の所に行ったんだな」


 視界が元に戻り痛みに堪えていると、深々と俺の左肩に刺さった長剣を握りながらカズマが悲しげな表情を浮かべていた。


 カズマがラベリーニ枢機卿の指示に従ってくれたおかげで致命傷は避けられたみたいだが状況は決して良くない。


 俺の肩から剣を引き抜いたカズマが退却するのと入れ替わる形で、ガブリエルの放った土槍が迫って来る。なんとかセイジの放った毒を防いだ水球で迎撃したが、間髪入れずにセイジがまた毒液を放って来た。


「デミトリ!!」

「俺の事は良い! 殿下はそちらに集中してくれ!!」


 新たに生成した水球で毒液を受け止めその勢いのままラベリーニ枢機卿に向けて放った。ガブリエルが主を守り彼らの連携が乱れるのを期待したが、予想に反して水球を止めたのはセイジだった。


 まるで糸を引かれた操り人形のように不自然な体勢で宙を舞ったセイジの上半身が水球に激突し、装備していた白銀の鎧の歪む音と生命を維持するために必要な何かが壊れた様な破裂音が聖堂内に響く。

 そのままセイジが自身を撃ち落した毒液を含む水球の残した水溜まりにあらぬ方向に曲がった体を預けると、またラベリーニ枢機卿が魔法を放ちギチギチという不快な音を立てながら体が修復され始めた。


 ゆっくりと立ち上がったセイジは毒の影響からか所々肌が赤黒く変色してしまい、まるで焼け爛れたかのように皮膚が不自然に弛んでいる。最早溶け始めた蝋人形の様なその姿には生前のセイジの面影を一切感じられない。


「――――――――!!!!」

「……犯罪奴隷に堕ちた冒険者でしたからあまり期待していなかったのですが、死んでも尚うるさい事に目を瞑れば良い拾い物でしたね? ガブリエル」

「枢機卿のご慧眼に感服するばかりでございます」

「……手配してくれたアルケイド公爵には感謝せねばなりませんね。彼の救済はセルセロよりも……苦しくないものにしてあげましょう」


 こちらを一瞥もせず、雑談をするような気軽さで会話を続けられるのは二人が既に勝利を確信しているからだろう。止めどなく血が流れ出る左肩を右手で押さえながら脂汗が額を伝う。


 ――このままでは……!

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― 新着の感想 ―
ラス肝心な時に使えない癖に制約多すぎ
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