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第193話 再会

「奇跡のヘクター」の名前がアルフォンソ殿下の護衛のヘクターと被っていることに気付き、下記の通り変更しました。

変更前)「奇跡のヘクター」

変更後)「奇跡のサミュエル」

 ――かなり年老いている様だが……あれがラベリーニ枢機卿か。 


 邪悪な笑みを浮かべた枢機卿はまるで呪殺の霧で生気を吸い取られた後の死体の様な風貌で、乾ききった薄皮越しに骨の輪郭がはっきりと伺える。

 無駄に装飾が多いローブの重さに抗い自立できていることが不思議に思える位に瘦せ細っているのにも関わらず、不釣り合いな程生気に満ちた黒い双眸でぎょろりとこちらを見つめる様は気味が悪い。


 ――体が衰えても野心が尽きなかったのか……迫りくる死を認識してしまい野心が燃え上がってしまったのだろうか……?


 なぜラベリーニ枢機卿が国盗りなどと言う大それた野望を抱いたのか昨晩グローリアに聞いてみたが動機については知らないと言っていたので、何が彼を突き動かしているのか知る術はないだろう。


 ――考えても無駄だな。それよりも……


「久しぶりだね! ()()()さん!」

「セイジ……」


 枢機卿の両脇を固める五人の聖騎士達の内の一人が大声でこちらに挨拶して来たのを目の当たりにして、俺の横に並んで祭壇に向かい歩いていた殿下がこちらに視線を寄越したのが横目で分かる。

 セイジの能力を警戒して殿下と視線を合わせず、セイジから目を離さない様に注意しながら枢機卿達が陣取っている祭壇の手前まで到着した。


「ラベリーニ枢機卿、王子と贄を連れて参りました!」


 あれほど狂気的な視線を俺と殿下に向けていたのにも関わらず、祭壇前で跪きそう告げたセルセロを見下ろすラベリーニ枢機卿の目には一切熱がなかった。


「……ご苦労でした、セルセロ」

「ありがたきお言葉……聖国の未来の為に当然の事をしたまでです!」


 ――完全に教会に魂を売っているみたいだが……開戦派は本当にそれでいいのか?


 開戦派貴族達の多くは侵略戦争の末領土拡大や陞爵の為の実績を得ることが目当てだったはずだ。貴族としての地位を捨ててまでラベリーニ枢機卿が目論む聖国の設立に加担しているのは、それだけ勝算があると見込んでの事だろうが色々と腑に落ちない部分が多い。


「……セイジ、彼に聖杯を」

「はいはい」


 ラベリーニ枢機卿の指示に軽く返事をしたセイジに枢機卿の左横に並んでいる三人の聖騎士達が露骨に嫌悪を露にしたのに対して、セイジの横に立っている枢機卿に引けを取らないほど年老いた老騎士が一切微動だにせず俺を見つめている事が気になった。


 ――おかしいな……どこかで会ったような気がするのは勘違いか……?


 ヴィーダ王国に来てから関わった人間は限られている。俺の事を見つめる老騎士に出会った記憶はないはずだが……何かが引っ掛かる。


「セルセロさん、はい」

「ラベリーニ枢機卿……! 良いのですね……!」

「……飲みなさい、セルセロ」


 祭壇裏からセルセロの横まで近づいたセイジが片手で粗雑に掲げた銀製の聖杯を奪い取るように取り上げたセルセロがその中身を凝視する。


「犯罪奴隷になったんじゃなかったのか?」


 聖杯を見つめたまま硬直してしまったセルセロを置いてセイジがこちら近づこうとして来たので言葉で牽制すると、分かりやすく不機嫌になったセイジが歩みを止めて腰に携えた剣の柄を左手で握りしめた。


「モブの癖にバカにしやがって……! デニスさんの方こそ犯罪者の癖に、なんで王子と一緒にいるんだよ!」

「デミトリ、さっきから何なんだこいつは?」

「はっ! これだから王族キャラって嫌いなんだよ。これから俺らがお前の飼い主になるんだから口の利き方に気を付けろよ!?」


 ――化けの皮が剝がれるのが相変わらず早いな……


 セイジの急な激高に面食らってしまった殿下の心中を察する。グローリアである程度独り言には耐性があったかもしれないが、悪意に満ちた心の吐露など早々聞くものじゃない。


「生まれが良かっただけで調子に乗ってるからざまぁされるのは良いんだけどさ、デフォで上から目線の話し方されると破滅するのが分かっててもむかつくんだよね。お姫様ならキャラデザが良ければまだ我慢できるけど――」

「うっ……ぐぁああああ!?」


 独り言に熱の入ったセイジの裏で、セルセロが悲鳴を上げながら首元をかきむしり始めた。祭壇前の真っ赤な絨毯の上に捨て去られた聖杯からは、聖杯と同色の液体が零れている。


 ――水銀……?


「――偉そうな王様とか王子はいらないんだよね。言う事聞いて爵位くれたり資金援助してくれる都合の良い存在じゃない王族なんて主人公のじゃまでしかないし」


 ――完全に狂ってるな……


 背後でもがき苦しむセルセロを一瞥もせず好き勝手に独り言を言い切ってしまえるのは正気なのであればある意味その豪胆さを評価できたかもしれないが、虚空を見つめながら満足げな笑みを浮かべているセイジの目は焦点が合っていない。


「……セイジ、戻りなさい」

「ちっ……ぼくに嘘ついた事後悔させるから、そのつもりでねデニスさん!」


 捨て台詞を吐きながら踵を返したセイジが、物言わぬ骸と化したセルセロの横に置いてあって聖杯を拾い上げて祭壇裏へと戻って行く。


「……アルフォンソ殿下、おまたせしました」

「ラベリーニ枢機卿……これはどういうつもりだ?」

「……理解して頂きたかったのです、聖国は貴族の腐敗を許さない事を」

「教皇の許可なく好き勝手やっているお前が言うと、説得力がないな」

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― 新着の感想 ―
デミトリの前にわざわざそんなの置くなんて罠かな
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