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第186話 負けイベント

「開戦派に与しているのは枢機卿の配下だけです! 教皇を含む温和派の皆様方は関係ありません!」

「ふむ……そうなってくると少しだけ話が変わるな」


 ――少しどころではないだろう……


「おじさま! 少しどころではありません! ご存じの通り光神教会は孤児の保護、貧困層への炊き出しを含む支援と奉仕など建国した初代王の志を引き継いだ立派な組織です! 開戦派と無関係な教会関係者には手を出さないでください」


 グローリアがヴィーダ王達を必死に止めようとしているのに安心する。少なくとも、二人の暴走のまま光神教に殴り込みに行くことにはならなそうだ。


 ――あえて『組織』と言ったあたり、光神教にどっぷり浸かってしまっているというわけでもなさそうだな。


「……私も国教を滅ぼしたらその後が色々とやばいと思うけど、ヴィーダ王を遮ってまで言うって事はデミトリも何か思うところがあるの?」

「……王家が無実の人間まで巻き込んで教会に報復なんてしたら内乱になりかねない。これからヴィーダで過ごすのであれば俺たちにとっても大問題だ……それに、俺は無関係の人間を傷つけてまでするような復讐に加担したくない」


 ヴィーダ王とアルフォンソ殿下をグローリアが必死に説得しようとしている横で、ヴァネッサと小声で話し合う。


「そっか……確かに内戦とかになったら大変だね」

「それに―― いや、気にしないでくれ」

「……ほかに何か理由があるの?」


 声に出してしまったら現実になってしまいそうで一瞬躊躇したが、気持ちを整理してヴァネッサの問いに答える。


「俺の運の悪さは知っているだろう? 万が一光神教会を滅ぼしてヴィーダが内戦にでもなってしまったら、光神に呪われそうだ……」

「それは―― んー……」


  ヴァネッサが何かを言おうとしてから口を噤み唸る。もしかすると、否定してくれようとしたかもしれない。


 ――俺の場合、杞憂とは言い切れないからな……


 複雑な表情をしてヴァネッサが黙り込んでしまった直後、グローリアの説得も結末を迎えた。


「とにかく、叩くのは開戦派だけです! それ以外の無関係の教会関係者を傷付けたら駄目です!!」

「「分かった」」

「あまり時間がありません……これから起こる負けイベントを覆す手をみんなで考えないと……」

「「負けイベント?」」


 何となく聞き覚えのある単語に反応してしまい、ヴァネッサと共に口に出してしまった。当たり前だが『負けイベント』など聞いたことも無い殿下達も疑問に思った様で首を傾げている。


「えっと、どう説明すればいいのか……私の知っている物語は、その―― そう! 物語を読み聞かせられながら盤上の遊戯を遊ぶようなものだったのです」

「読み聞かせを聞きながら遊戯……?」

「もう……ゲームってどう説明すればいいのよ……!」


 恐らくヴィーダ王の手前なるべく独り言を控えようとしていたのだろうが、困惑が深まった様子の王族達にグローリアの口調が崩れた。


 ――助け舟を出したいが、妙な事を言ったら転生者だと勘付かれそうなのが難しいな……


「ポリモノを遊びながら、横で吟遊詩人が駒の状況を歌ってるみたいなものですか?」

「それ! それが近いです! 駒を操りながら、横で吟遊詩人が駒の物語を歌に乗せているようなものと思って頂ければ分かりやすいです!」


 ――ポリモノ……?


「……前世のボードゲームみたいなものがヴィーダで流行ってて、バレスタの酒場でもごろつきが遊んでたの。元は貴族向けに作られたものって聞いてたからそれなら伝わるかなって思って」


 ヴァネッサの補足で合点がいった。もしかしなくても、前世でも有名だったあの遊戯だろう。


 ――『ポリモノ』か……もう少し捻るか、全く別の名前にする努力をするべきだと思うが……


「ふむ……グローリアちゃんの前世ではその様な遊戯が……」

「ポリモノは見習い騎士が騎士爵になるのが目的ですが、前世の物語は、その……」


 ――言い辛そうだが……なるほど、そういうことか。


 名前からしてポリモノも転生者が作った物だと思うが、貴族向けに作られているのに最終目標が王族や高位貴族になる事ではないのは不敬罪に問われない様に配慮した結果だろう。もしもグローリアの知っている物語が公爵令嬢のグローリアを主人公のゲームだった場合、内容を口にする事自体憚れるのも想像に苦しくない。


 ――俺と話した時に『攻略』や『ルート』と言っていたぐらいだ。仮に物語の題材が恋愛で、例えば殿下以外と結ばれる展開もルートとして存在していたら……今のヴィーダ王とアルフォンソ殿下にそのまま伝えてしまったら、せっかく落ち着きかけていたのにまた乱心してしまってもおかしくはない。


 憶測でしかないが、当たっているのであればグローリアが言い淀んでしまうのも頷ける。


「物語にデミトリの決闘や茶会での襲撃、今後の開戦派との対峙が描かれているなら冒険譚みたいなものってことですか?」

「え、えっと。そういう要素もあるれん―― いえ、ヴァネッサさんのおっしゃる通りです! 戦略シミュレーションパートがあったから嘘じゃないよね……」


 ヴァネッサに問われ、明らかに『恋愛』と言いかけた間があった後グローリアが勢いよくそう言い切った。


 ヴィーダ王とアルフォンソ殿下もグローリアの様子からそれだけでは無いと気づいている様子だったが、彼女に甘い二人はそれ以上追及しなかった。

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