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第183話 エドワード・ヴィーダ

 幽氷の悪鬼という二つ名にも眩暈がしたが、発情バイクロップスはあまりにも不名誉な呼び名過ぎる。


「……二つ名を付けられる側は抗議できないのか?」

「個人が自称したい二つ名を登録できてしまったら意味が無いからな。基本的に国が異能者として認めた者の功績と、他者から推薦された内容で決まるため改名はできない」

「それにしても、発情バイクロップスってひどすぎないですか……」

「……これもあくまで噂話だが、彼の二つ名を推薦したのも申請を受理した文官も彼に恋人を奪われた者達だったらしい」


 ――それは流石に……


「……そんな事が本当にあるのか?」

「あくまで噂だから真偽は分からない。常識的に考えるのであれば、国に二つ名の申請を出す推薦者は主に貴族か冒険者ギルドだから信憑性は低いと思う」

「常識的に考えなかった場合は……?」

「稀に平民の中でも大商会の会長のような権力者が推薦する話も聞いたりするが……本当に恋人を奪われたなら、権力者なら変な二つ名を付けようとする前に違う方法で報復するだろうし分からないな……」


 微妙な空気になった所で地下道の終わりに差し掛かった。迎賓館側の入り口同様、粗削りな縦穴に無骨な鉄製の梯子が掛かっていた。


「たまには噂話も面白いものだな。もう着いたぞ」

「俺は聞いていて疲れたんだが……」

「不意打ちで聞くよりも事前に二つ名候補を知れて良かったじゃないか。出口の扉を開くための作業があるから、二人は少し待っていてくれ」


 そう言うとニルが梯子を上って行き、三階程の高さの位置で止まり暗闇の中で何やら作業を始めた。梯子の麓で待っていると、ヴァネッサに声を掛けられた。


「発情バイクロップス……さん? は異世界人なのかな……?」

「分からない……後、あまりその二つ名連呼しない方が良い」

「聞いた時はびっくりしたけど、響きがなんだかおもしろくない? 発情バイクロップス」

「ヴァネッサ……」


 完全に否定できないのがなぜだか悔しい。俺自身散々理不尽な目に会っているため、は―― バイクロップスも私怨でふざけた二つ名を付けられたのではと疑ってしまう。


「二人共、上がってきてくれ!」


 ニルの指示に従い梯子を上ると、倉庫の様な部屋に出た。何が仕舞われているのか分からない木箱に、人が滅多に訪れない事が分かるほど大量の埃が被さっている。


「ここから少し移動する。色々と疑問に思うかもしれないが、とにかくはぐれない様に注意して付いて来てくれ」


 ニルの呼びかけに応じて倉庫を出た後、王城内のどこかの廊下を少し進んだ後石柱に隠された隠し扉に通された。何度も隠された抜け道に入っては出てを繰り返し、最早同じ道を辿って迎賓館に帰る事すら不可能だと思わせる程複雑な道のりを歩んだ末、何の変哲もない扉の前に到着した。


「……着いたのか?」

「ああ、くれぐれも失礼の無い様にな」


 ――殿下とは何度もあっているが、なぜ今更……


 ニルが開いた扉の先にあったのは応接室などと比べるとよりゆったりと寛げる家具が配置されたサロンと思われる部屋だった。壁際には見知った殿下の護衛が立ち、部屋の中央の椅子には三つの人影があった。


――あれは誰だ?


「お待たせ致しました」

「ニル、デミトリ、ようやく来たか。ヴァネッサも来るのは想定外だったが」


 こちらの返事を待つように殿下にじっと見つめられるが、それどころではない。


「ヴァネッサ、俺を信じて膝をついてくれ……!」


 ヴァネッサの手を取りながら小声で耳打ちした後、その場で膝をつき頭を下げた。視界の端で、ヴァネッサが俺の言葉を疑わず同じように頭を下げてくれたのに安堵する。


「ほう、愚息は私の紹介を忘れたようだが彼等は礼を弁えているみたいだな」

「それは――」

「アル、言い訳はいい。君達も顔をあげて楽にしてくれ」


 ――なぜヴィーダ王がここにいるんだ……!


 実際に見た事はなかったが予想が当たっていて良かった。アルフォンソ殿下とよく似た白髪交じりの金髪に鋭い碧眼、彫りの深い顔先から胸元まで伸びた立派な髭を携えた威厳に満ちた男が殿下とグローリアの間に座っている時点で他に候補が思いつかなかった。


 ヴァネッサと共にゆっくりと顔をあげると、人好きのする笑顔を浮かべながら嬉しそうに髭を撫でているヴィーダ王と目が合った。


「亡命者のデミトリに魅了魔法使いのヴァネッサ。王家の影に迎え入れたのにも関わらず、なかなか対面する時間を取れずすまなかった。こう見えて意外と忙しくてな」

「父上!」

「よい、この場は非公式な会合だ。私が謝った所で彼らはそれを言いふらすような人間ではないだろう」

「滅相もございません……」

「堅苦しい口調も無しだ、普段通り話してくれ。ニル」

「私は護衛に回る。二人は適当に座ってくれ」


 ――適当が一番困るんだが……


 ニルの指示に、仕方なくヴィーダ王と対面するソファにヴァネッサと共に腰を掛けた。周囲には殿下の護衛以外にも王家の影と思われる人間が待機していた事に今更気づき全く落ち着かない。


「会議を始める前に自己紹介が必要だな。私はエドワード・ヴィーダ、四代目ヴィーダ王と言った方が分かりやすいかな」

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― 新着の感想 ―
王様は常識人みたいだけど、果たして、どんな人物なのか、、
お忍びタイプじゃなかったか、余が発情バイクロップスであるとか言い出さなくてよかった。 絶対に笑ってはいけない謁見が始まるとこだった。
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