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第174話 呪具の天敵

 荷台の中心に敷かれた布の上に、うつぶせの状態でグローリアが横たわっていた。彼女の手を握る殿下の左右を護衛が挟み、四人の治癒術士達が絶え間なくグローリアに回復魔法を掛け続けている。


「揃ったな、出してくれ!」


 殿下の号令の直後馬車が動き出し、俺とカルロスは荷台の幌を支える柱を掴み何とか転倒する事は免れた。激しく揺れながら、高速で荷馬車が王城に向かって走って行く。


 後方に騎乗した王国軍兵士達が見えるが、出発前に見えた陣形から察するに恐らく馬車の全方位を守って並走しているのだろう。


「アルケイド公爵令嬢は……」

「……治癒を開始した直後は安定してた」


 ――今は悪化していると言う事か……呪いの影響なのか?


 毅然とした振る舞いを崩さないでいるが殿下が疲弊しているのは見て取れる。治療を続けている治癒術士の様子からもかなり危ない状況なのが分かる。


「ヘクター、ポール、他のみんなは?」

「デビッドとマーシャは王国軍と一緒に馬車と並走して護衛している」

「イヴァン先輩は一緒に来なかったのか?」


 殿下の左右で待機していた護衛達がそれぞれカルロスに応える。


 ――殿下の執務室で何度か見たことがあるが彼らは双子なのだろうか? 


 黒髪だったため出会った当初は必要以上に警戒していたが、琥珀の様な瞳の色をしていたため早々に警戒度を下げたのを思い出す。


「先輩は公爵邸で引継ぎを終えたらすぐに王城に合流します」


 カルロスが護衛達と情報交換しているのを観察していると、不意にある考えが頭をよぎる。


「……殿下」

「なんだ?」

「イヴァンからドルミル村の件は共有されているか?」

「あの後報告を受けたが……?」

「……この場にいる人間は信頼に値する人間か?」


 俺の問いに、殿下だけでなく護衛達と治癒術士達も反応した。殿下の命を預かる立場の護衛達とグローリアの命を救おうと尽力している治癒術士からしてみれば、かなり失礼な質問をしている自覚はある。


「礼に失する発言をした事を謝罪する……アルケイド公爵令嬢を救う方法があるかもしれない。ここで話してしまってもいいのか確認がしたかった」

「私は護衛達に命を預けてる。治癒術士達も王家に忠誠を誓った精鋭達だ。彼等には全幅の信頼を寄せている……何を話しても口外しない事をアルフォンソ・ヴィーダの名において保証する」


 ――殿下はグローリアの事になると本当に駄目だな……勝手に宣言して治癒術士達が焦っているじゃないか……


 殿下に信頼を寄せられていると聞きまんざらでもない表情を浮かべた護衛達とは対照的に、今から聞く事を漏らしてしまったらと自分の身に何が起こるのかを想像したのであろう治癒術士達の魔力が一斉に揺らいだ。


「……分かった。殿下もご存じの通り俺は呪われている」

「「「えっ」」」


 カルロスとヘクターとポールが一斉に声を漏らした。そんな余裕がないのか治癒術士達は声に出さなかったが、全員が信じられないものを見るような目を一瞬こちらに向けてからグローリアに視線を戻した。


 ――てっきり護衛達は把握していると思ったが……殿下にだけ伝えてくれていたのか。イヴァンの配慮に感謝しなければいけないな。


「……神呪と呼ばれる呪いを四つ受けている」


 ガタン


 今度は神呪がなんなのか分からなかったのか護衛達から反応はなかったが、治癒魔術士達全員がグローリアから視線を外しがっつりとこちらを見ている。クリスチャンもそうだったが、治癒の専門家である以上呪いにも詳しいのだろう。


「聞いている。それがグローリアを救うことにどう関係してるんだ?」

「以前光神教の聖騎士に襲われた時、隷属の首輪を嵌められそうになったんだが……俺の身に宿している呪いが強すぎて嵌められた直後に首輪が砕け散った」

「なっ……!?」


 殿下が言葉を失っているが、治癒術士達は納得したようだ。グローリアの左肩の横で治癒をしていた知的な雰囲気を纏う青髪の女性とが会話に参加した。


「神呪は……その名の通り、神の……呪い、です……並の呪具では――」

「すまない、俺が補足するから治療に専念してくれ」

「はい……」

「簡単に言うと俺に呪いの類は効かない。複数の神に呪われた結果、呪具も神呪の呪力に耐えきれなくて壊れてしまう奇妙な体質になっている」

「まさか――」

「そのまさかだ。俺が呪詛の矢に触れたら解呪―― ではないな。無効化して壊せると言った方が正しいかもしれない……リディア氏の行方が分からない今、解呪士の宛がないなら試す価値があると思う」

「……王都の高位解呪士はほぼ光神教に囲われている……デミトリの言う通りリディア氏を頼れないとなると現状ほぼ打つ手がない……」


 ――……そう言う事か。


 わざわざ呪詛の矢を準備していた位だ。開戦派は暗殺が失敗しても、解呪と引き換えに王家と交渉するつもりだったのかもしれない。


 ――交渉と言うよりも強請と言った方が正しいな……逆に暗殺が成功していたらどうするつもりだったんだ?


「……危険はないのか?」

「俺に隷属の首輪を嵌めようとした聖騎士の手に、砕け散った首輪の破片が減り込み出血していた。同じ事が起こったらアルケイド公爵令嬢の肩の傷は確実に悪化するだろう……だが、ここには王国軍の精鋭たる治癒術士が四人も居る。すぐに治療できるはずだ」

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