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第172話 開戦派の狙い

 ――可能であれば殿下と内密に話したいがこの状況では無理だな……


 オリオルの異能について聞いてから、何故あの異能を利用して殿下を殺さなかったのかがずっと引っ掛かっている。


 殿下を射貫くつもりが、技量不足で殿下に覆い被さったグローリアに呪詛の矢が当たってしまった可能性も無くはないが……仮に射手が公爵家の精鋭だったらそんなミスを犯すだろうか?


 ――そもそもグローリアが標的だった可能性すらあるな……


 まだ関りの薄い自分ですらグローリアが殿下の弱みに成り得る事実に気づいている。開戦派がこの情報を利用しない手は無い……呪詛の矢の解呪と引き換えに殿下を傀儡としようとすれば成功してしまいそうなほど殿下はグローリアに甘い。


 グローリアの知っている物語の内容は知り得ないが、殿下を庇って負傷した事実があくまで彼女の主観で状況を見た感想でしかないのかもしれない。結果としてそう見えただけで、最初から襲撃の狙いがグローリアだった可能性を否めない。


 ――殿下を襲ったあの女はともかく、グローリアが負傷するまで待機していた給仕達と言い……不可解な点が多すぎる。仮にグローリアが狙いなら、なぜ最初は殿下を毒殺しようとしたんだ?


 今回の襲撃に加担していたセルセロ侯爵の息子? が襲撃に加担していた事も気になる。オリオルの異能が計画に組み込まれているなら、何故セルセロ侯爵は俺と接触しようとしていたんだ……?


「亡…… デミトリ殿」


 一人悶々と思考を巡らせていた所に、リカルドの横に座っていた令嬢が声を掛けてきた。


「……どう……されました?」


 普通に返事をしたつもりが、想像以上に言葉を発するのに苦労したことに驚く。


 ――魔力が枯渇する寸前、だな……


「既にご存じかと思いますが、この場にはアルケイド公爵家と()()にしている貴族家の人間が多数招待されていますわ」


 ――遠回しな言い方をしているが、要は開戦派に所属している貴族家の人間が居ると言いたいんだな……?


「把握、しております……」

「……!」


 そんな訳はないのだが、あたかも今日の茶会の招待客を把握しているように返答すると令嬢が一瞬言葉に詰まった。


「……ここに居る人間は……オリオルさ―― オリオルはともかくとして全員私と知己の仲ですわ。私の、ヴィラロボス辺境伯爵家のナタリアの名に懸けてこの場に居る人間は敵ではないと宣言いたします!」


 ナタリアがそう宣言した時、期待の眼差しを向ける招待客と背を丸めた招待客の対比が激しかった。彼女に縋っている令嬢に至っては、呼吸すら止めて注目を浴びない様に彼女の背に隠れようとしている。


 殿下と目を合わすと、静かに首を横に振った。千の言葉よりも重い殿下の仕草に胃がきりきりする。


 ――貴族のやり取りは不慣れなんだ、勘弁してくれ……


「……左様ですか……私の知る由もない所です……ただ……発言した貴方の勇気に敬意を表します」

「っ……! ありがとう、ございますわ……」


 ――なぜ、そんなに嬉しそうなんだ……


 失意に満ちた表情の令嬢の横で、ナタリアとのやり取りをリカルドが満面の笑みで見届けていた事実になぜだか身震いがする。彼女の行動は決して茶化すようなものではない。


 ――見る人によっては愚かに映るかもしれないが……わざわざ名乗り出て名を掛けてまで友人の安全を保証としようとしたんだろう。失望し続けていたが存外骨のある貴族も居るみたいだな……


 そんなナタリアの勇気ある行動を盾に沈黙を貫いた貴族達の評価が、自分の中で地の底まで堕ちたのは言うまでもない。


 小声のつもりだったのかもしれないが漏れ聞こえてきた会話から、ナタリアに縋るだけ縋ったファティマと呼ばれていた令嬢が肝心な時は我関せずを貫こうとした事にも気づいている。


 ――他の招待客達も似たような物だが……侯爵家の人間もいるはずなのになぜ伯爵家の令嬢に託してだんまりを決め込むのか意味が分からないな……


「殿下!! デミトリ殿!!」

「イヴァン!」


 屋敷の方から白銀の鎧を身に纏った王国軍の増援を引き連れて、イヴァンとカルロスが全力疾走でこちらに向かってきた。この状況であれば問題ないと考え、射手が居ると思われる方向の氷壁だけ残しモータル・シェイド達もそちらに寄せて援軍が合流出来るようにテーブルの四方を囲っていた氷壁を解いた。


「治癒班はアルケイド公爵令嬢の治療を優先してくれ! 一班は周囲を警戒!」

「殿下、ご無事ですか!?」


 指示を飛ばすイヴァンと心配そうに駆け寄って来たカルロスを確認して、無理を押し通して体を支えていた足が限界を迎え膝の下から崩れ落ちる。


「「デミトリ殿!!??」」

「……魔力が枯渇しただけだ……意識を失う前に聞くが……モータル・シェイドは残した方がいいか?」

「もう、大丈夫です……!」

「そうか……後は任せた……」


 ――消えろ……


 制御を続けていた呪力を晴らし、念じた瞬間周囲に浮かんでいた闇の塊が散り散りになって行くのが見えた。


「……殿下」

「どうした、大丈夫か!?」

「敵の狙いは、殿下じゃ、ない……かもしれない……」

「ずっと何か言いたげだったがデミトリも気づいていたか……苦労を掛けるな」


 ――殿下も、同じ考えに……行き着いていたか……


「とにかく今は休め。ここからは私たちの領分だ」

「任せた……」 

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