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第168話 宝の持ち腐れ

「……変身!」


 背後から招待客達のどよめきが聞こえてきたが、ラスの鎧を纏っても短刀の女は瞬きすらしなかった。


 ――……予想していたが俺の能力についてはある程度調べているな。


 攻撃する隙も、逃げ出す機会すらあったのにも関わらず女は短刀を構えたままこちらを警戒し続けている。


 ――明らかな時間稼ぎ……本命はやはり殿下か。


 殿下達を守るためにテーブル周囲の霧を濃くしながら頭の中で色々と考えたが、結局取った行動は至って単純だった。身体強化を掛けて短刀の女の間合いに踏み込み、突き出された短刀を半身で避けて再び女の腕を掴む。


「アルフォンソ殿下、危ない!!」


 抵抗する女の腕を背中に回しながら拘束を試みていると、突然グローリアの悲鳴が庭園に響き渡った。


 そのまま地面に女を組み伏せてからテーブルの方を見ると、困惑した様子の殿下の上にグローリアが覆い被さっている。


 ――一体何を――


「「「きゃああああああ!!!」」」

「「グローリア様!?」」

「グローリア!!!!」


 ――何!?


 感知すらできなかった一本の矢が、突如としてグローリアの肩から生えていた。夥しい量の血が彼女の純白のドレスを染めるのと同時に、屋敷の方から武装した兵達が押し寄せて来る。


「グローリア!? しっかりしてくれグローリア!!」

「殿下! 急所は外れています! アルケイド公爵令嬢を救いたいなら狼狽えずに止血―― ぐっ!」

「イヴァン先輩!? デミトリ殿、そちらは任せて問題ないか!?」

「任せろ!」


 混乱に乗じて暗器を取り出し殿下に襲い掛かった給仕達とイヴァン達が交戦するのを見守りながら、屋敷からこちらに向かって走ってくる兵達が到着する前に組み伏せていた女の首を決めて無力化を図る。


「ぐはっ!?」


 抵抗していた女が()()動かなくなった瞬間、背後から途轍もない力で切り掛かられ地面に倒された。


 ラスの鎧のおかげで致命傷は避けられたが、あまりにも急な出来事で衝撃を殺すことが出来なかった。剣の直撃を受けた左肩に違和感を感じながら見上げると抜刀した兵士が追撃の態勢を取っている。


 ――クソ、あの矢と言いさっきから何なんだ!?


 その場から転がり逃れ、依然として給仕達と戦闘を繰り広げるイヴァン達と兵士達の間に位置取る。攻撃してきた大剣使いの兵が、意識を失った担当の女を踏み越えながらこちらに近づいて来た。


 ――妙に既視感がある……まるで時間が飛んでいる様な……!?


「殿下!! 恐らく敵に異能使いがいる!! このままじゃ全滅するぞ!!」

「全責任は私が負う、全力でやれデミトリ!!」


 振り返ることは出来ないが、殿下の声色から冷静さを失っているのが分かる。


「デミトリ殿! 剣は――」

「要らない! イヴァンとカルロスは引き続き殿下とアルケイド公爵令嬢を守ってくれ、こいつらは俺に任せろ!」 

「私達も守って――」

「動くな!」


 振り向きながらそう叫び、こちらに駆け寄ろうとした令嬢に切り掛かった給仕に水球を放つ。給仕は水球を避けるために攻撃の手を止め間一髪の所で令嬢を助けられたが、その隙に背後から兵士達に迫られてしまった。


 咄嗟に背後に水流を発生させたが、瞬時に作られた土壁に阻まれる。


 ——大剣使いが本命で、背後の兵たちは魔剣士か。やっかいだな……


 水流が収まったのと同時に兵士達が陣形を組みなおし再び前進してくる。


 ――令嬢を襲った給仕は令嬢が動きを止めたらすぐに殿下を襲っている給仕達に加勢した。最優先で狙っているのは殿下みたいだが、誰も逃がさないつもりだな……


「我が主の悲願達成のためここで消えてもらう」

「……自分の娘を亡き者にするのが悲願か。歪んだご主人様を持つと大変だな」


 突如喋り出した大剣を構えた兵士が俺の発言に眉を一瞬眉ひくつかせたが、安い挑発には乗ってくれない様だ。


 尚もこちらに迫ろうとする兵士達を水球で牽制するが、いとも容易く土球や火級の魔法で迎撃されてしまう。


 ――大剣使いと魔法剣士四人か……給仕達と併せて十人未満の戦力なのは公爵家の精鋭達だからか?


 一瞬限界まで魔力を水魔法に注ぎ込んで兵士達を一網打尽にする案も頭によぎったが、グローリアを射貫いた射手とあの異能が気掛かりだ。


 ――残りの給仕は四人、イヴァン達が制圧を終えるまでなんとか時間を稼ぎたいが……


 大剣を持った兵士の攻撃を避けながら水魔法で魔法使い達の放つ援護魔法を捌こうとするが多勢に無勢。見事としか言い様がない連携でこちらを追い詰める兵士達の攻撃を全て防ぐのは不可能で何度も被弾している。


 ――ラスの鎧がなかったらとっくに死んでいたな……


 負傷した左肩に着弾した土球の衝撃に顔を顰めながら隙を見て殿下達の戦況を確認するが、あちらも四対二の分が悪い戦いを強いられているがなんとか持ち堪えている。イヴァンとカルロスは殿下が太鼓判を押すだけの実力があるが……徐々に形勢は襲撃者達の方に傾いて行っている。


 ――宝の持ち腐れだな……


 言うまでもないが貴族は平民と比べて血筋の影響で生まれ持つ魔力の量も扱える魔法の属性も有利なことが多い。この場に集められた貴族達は少なくとも公爵家に招待される程度には優秀な血筋のはずだ。


 戦う力を持っているはずにも関わらず、怯えて震えるだけしか能のない招待客達の体たらくに腸が煮えくり返る。


 ――貴族の癖に魔法の一つも使えないのか!? 人数不利なんてあいつらが応戦すればどうとでもなると言うのに……!

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