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第166話 リカルド・ペラルタ

「――亡命者殿はどう思いますか?」


 周囲を観察しながら魔力感知擬きの霧を庭園に張り巡らせるのに集中していたので、まったく話を聞いていなかった。


 視線を質問を投げかけた男の方に向けると、敵意とまではいかないが強い警戒心を宿していそうな瞳を揺らす令息と目が合った。


「リカルド、私の返答では満足できないとでも言いたいのか?」

「そんな事は言っていません。殿下が見聞を広める為に賓客として招いている亡命者殿にも意見を聞いて、多角的な視点で問題を捉える事に賛同を得られると思ったのですが違うのですか?」

「私がデミトリと紹介してるのに、亡命者殿呼ばわりを辞めないお前に彼が応える義理はない」

「それは失礼しました。デミトリさん、改めまして私はリカルド・ペラルタと申します。以後お見知りおきを」


 一歩も引き下がらない令息にアルフォンソ殿下が観念した様子で俺の方を見る。


 ――いや、そんな顔で見られても話を聞いていなかったんだが……


「……よろしくお願いします」

「早速ですが、デミトリさんのご意見を聞かせてください」

「……卑賎の身故この様な場に慣れておらず、緊張から問われていた内容を聞き逃してしまいました。お手数をお掛け致しますが、もう一度ご質問願えますでしょうか?」


 周囲に立っていた令息令嬢達がざわつく。


「私の話を聞いていなかった?」


 リカルドがわなわなと震えながらこちらに一歩近づいて来た。アルフォンソ殿下の方を見ると、静かに頷いている。


 ――前から思っていたが、何故殿下は頷いただけで俺に意図が伝わると思うんだ……?


「……もう一度だけ聞きます。ヴィーダ王国とガナディア王国、長らく緊張状態が続く両国は和平の道を模索するべきか、否か。お答えください」

「……私ではお答え出来ません」

「それはあなたがガナディアからの亡命者だからですか?」


 ――適当な答えを言えない雰囲気だが何故貴族の茶会で俺がこんな話をしないければいけないんだ……


「……ペラルタ様は先程殿下に『多角的な視点で問題を捉える』為に私の意見を求めると仰っていましたが、私にはその役目を果たせないからです」

「ガナディア人であるあなたの主観的な目線を得られるだけでも、十分です」


 どうすればいいのか分からず殿下の方を見ると、性懲りもなくまた頷いている。


 ――何が起きても事前に打ち合わせしなかった殿下のせいだ。尻拭いはしてくれるだろう……


「……一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「構いません」

「仮に私がペラルタ領に赴き、最初に出会った平民にヴィーダ王国の未来を左右する様な決断を任せた場合、ペラルタ様はその平民の考えをヴィーダ王国の総意として認められるのですか?」

「……! それは極論です。殿下の賓客であるあなたと平民では立場が違う」


 ――俺と一般的な平民の立場が違う事は指摘したが、俺の個人的な意見をガナディア人の総意として扱いかねない事については否定しないんだな……下手な事を言わなくて良かった。


「殿下のご高配により賓客として招いて頂いていますが、私は生家の名を捨てた身です。平民であることには変わりありません」

「……そう言うのであれば、あなたにはガナディアについて殿下の見聞を広めるという役割を全うできないのでは?」

「それこそ極論です。元とは言え一応貴族でしたし、アルフォンソ殿下は他国の亡命者一人の意見を聞いて政策を左右される程愚かな方ではないので自由に意見交換を出来ています」


 言外にリカルドを愚か者呼ばわりして場の空気が凍る。


「宰相令息の私に向かって……ふふっ……」

「十分だろ? リカルド」

「ええ、久々に楽しいお話が出来ました。それでは失礼します」


 なぜか晴れやかな表情のリカルドから目配せされて困惑する。その後は挨拶もほどほどに令息令嬢達が散って言った。


「リカルドの件は気にするな」

「気にしても仕方がないとは思っているが……むしろ殿下は俺が宰相令息なんかと口論してしまって問題無いなのか?」

「あいつは俺の側近候補で付き合いも長い、先程のやり取りも打ち合わせ済みのものだ。これで開戦派の者達も私の側近候補達は私の言いなりだと言い辛くなるし、あのやり取りを見たら茶会中君にちょっかいを出す気にもならないだろう」

「……俺の態度が悪かったからか?」

「私が君に味方して、君が宰相令息を言い負かした図になったからと言う方が大きいな」

「……未来予知通りに進んで今日開戦派と決着が着くなら今更そんな根回しをしなくても良いんじゃないのか?」


 ――いずれにせよ事前に共有して欲しい。


「前にも言ったが私の行動で未来が変わったら意味がない。知らない体で動くのが大事だ……今日決着が着くと知らなかったら、私はああ動いていたはずだ」


 ――そんな事分からないと思うが……


 本当に大丈夫なのかと不安になる。グローリアの物語の中でも、俺はリカルドと言い合いをしたのだろうか。


 そんな事を考えていると、招待客の出迎えを終えたグローリアが庭園に到着した。招待客がテーブルに集められ殿下が着席すると、続いてグローリア、リカルド、そして他の貴族たちが順々に座って行く。


 最後の一人が座ったのを見計らって殿下の方をちらりと見ると相も変わらず頷いたので俺も着席した。


 そこからは、一言で言うと優しめの拷問のような時間が始まった。

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