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第164話 貴族の礼装

「……収納鞄を装備できないならせめて帯剣は許してくれないか?」

「冗談はよせ、茶会に剣を引っ提げて参加したら大問題になるだろ」


 グローリアとの邂逅以降、特に大きな問題は起こらず茶会の日を迎えた。馬車乗り場で待つアルフォンソ殿下と合流して、礼服だけを纏い無防備な事について早速愚痴を溢す。


 ――ヴァネッサと茶会で起こりうる、異世界小説にありがちな展開について話し合ったが……流石に武装していないのは心許ない。


「アロアに任せて正解だったな。似合ってるじゃないか」


 こちらの心情などいざ知らず、アルフォンソ殿下が服装について話題を変えてきた。アロアに渡された礼服は確かに素材も仕立ても申し分ないが、着慣れた服が既に恋しい。


 俺の髪の色に合わせたのであろう紺色のスリーピーススーツと、鏡のように磨かれた黒い革靴。礼服としてはなんら問題ないが、戦闘になったらと思うと不安で仕方がない。


 ――普段より着込んでいるはずなのに、裸になった様な気分だな……頼れるのは己の体と魔法のみか……


「……襲われたらイヴァンかカルロスの剣を借りる」

「やめてくださいよ!」


 いつも迎賓館と王城の間を案内してくれるカルロスが悲鳴を上げる横で、イヴァンが苦笑する。茶会に護衛をぞろぞろと連れて行くわけにも行かないのか、アルフォンソ殿下の護衛は今日は彼等二人しかいない。


「アルケイド公爵邸まで少し掛かる。私が遅れたらグローリアに恥をかかせる事になるからそろそろ出るぞ」


 返事を待たずに馬車に乗り込んだ殿下の後を追い、着席した段階でカルロスも馬車に入って来た。


 ――さすがに殿下と二人きりにはさせられないか……守りやすさで言うと、馬車の外に居た方が良いと思うが。


 俺の横で鎧を着ているせいで窮屈そうにしているカルロスの為に、馬車の壁際に寄って座りやすいように空間を空ける。イヴァンなら遠慮したかもしれないが、俺の意図を察したカルロスが満面の笑みで座りやすい位置に移動した。


「それでは出発致します」


 イヴァンがそう言いながら扉を閉めてからしばらくすると、ゆっくりと馬車が動き始めた。


「アルフォンソ殿下はアルケイド公爵令嬢から今日何が起こるのか聞いていないのか?」

「……一番腕利きの護衛を同行させて欲しいとだけ聞いている」


 ――本当にグローリアが未来予知ができるのなら、それは何か起こるのが確定事項と言っているようなものじゃないのか……?


「……やはり、俺も武装したほうが良いんじゃないか?」

「私の賓客と言う立場上仕方ないだろ。君には魔法とあの鎧の異能があるし、イヴァンとカルロスが居るから安心してくれ」

「ああ見えてイヴァン先輩はデミトリ殿が戦ったエンツォより強いので心配ありませんよ!」

「私語を慎めカルロス、あと『ああ見えて』とはなんだ!」


 御者台の方に座っているであろうイヴァンに窘められ、カルロスがしゅんとする。


 ――よく聞こえたな……それよりも、今更だが同僚を殺した俺に対してイヴァンもカルロスも気さくすぎる気がするが……


 苦笑いを浮かべたアルフォンソ殿下が、足を組みながら会話を再開した。


「カルロスも異能無しでエンツォと渡り合える実力を持っている。大船に乗ったつもりでいてくれて問題ないぞ?」


 アルフォンソ殿下はカルロスに助け舟を出したつもりかもしれないが、こちらとしてはエンツォの話題は触れ辛い。


 ――俺がエンツォの実力しか知らないから、分かりやすく実力を示す為に引き合いに出してくれているのだろうが……気まずいな。


「……二人の実力については分かったが、何かあった時に戦う許可を今の内に貰っておきたい」

「グローリアの命を守る事を最優先するなら許可しよう」

「殿下、我々は御身の安全を優先しますからね」


 普段とは比べ物にならない程固い声でカルロスがそう告げると、殿下が目を逸らす。


 ――……想像でしかないが、このやり取りをするのも一度や二度ではなさそうだ。グローリア関連で暴走する殿下に護衛達も手を焼いていそうだな……


「……成り行きではあるが俺は王家の影なんだろう? 殿下の意志を尊重したいが、流石に殿下の身の安全を第一に動かせてもらう」

「全く……分かった、私の安全第一で良いからグローリアも守ってくれ」

「了解した」


 王家の影である事は建前で、アルフォンソ殿下に何かあれば俺もヴァネッサも後ろ盾を失うのが一番心配だ。殿下もグローリアさえ絡まなければ聡明な方だ、俺の意図を理解した上で渋々納得したのだろう。


「念のため言っておく。仮に戦闘になったとしてもあくまで制圧を目標にしてくれ」

「何も起こらないのが一番だが……仮に殿下が居る茶会を襲うような輩が現れた場合制圧よりも殲滅を優先した方が良いと思うが?」

「グローリアがどんな未来を予知しているのか分からないが、君が居る事が開戦派を崩す鍵と言ってた」


 殿下が腕を組みながら、目を閉じて難しい表情を浮かべる。


「余程の事が無い限り私が君の事を庇えるが流石に人を殺し過ぎると面倒事になる。茶会には開戦派に所属する貴族家の令息令嬢も出席する……正当防衛だったとしても、彼等に君が嬉々としてヴィーダ人を殺して回ったと吹聴されたら収拾が付かなくなる恐れがある」


 ――本当に面倒だな……


「……制圧に拘っていたら、殿下とアルケイド公爵令嬢の身の安全も保証できなくなる可能性がある。その事は理解して欲しい」

「いざと言う時は私が全責任を負うから全力でやれと指示を出す」

「分かった」


 茶会に向かっているはずが、出陣前の作戦会議の様な空気になってしまった馬車の速度が落ちる。馬車の窓から外を覗くと、城門に到着した様だ。

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