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第160話 物語のずれ

 迎賓館に移動中に接触を試みられたのは今日が初めてではない。セルセロ侯爵と呼ばれた男の後を追ったなよなよした男に、王城に出向き始めてから何度も声を掛けられている。


「迷惑を掛けて申し訳ない……」

「気にしないでください! 私の実家も侯爵家ですし、セルセロ侯爵が何か言ってきても実家と王家に詰められるだけなので」


 ――肝が据わっているというか……王家の護衛を務めているだけはあるな……


 陽気な護衛に連れられて迎賓館に到着し、別れを告げてからすぐに使用人に声を掛けた。


 茶会の予定と礼服の採寸についてアロアに伝言して欲しいと依頼してから、一人で客室の方へと向かった。客室の扉を開くと、昼過ぎに戻ってくることを見越してか一人分の昼食が熱々の状態でテーブルの上に用意されていた。


 ――ここまで手際が良いと、逆に怖いな……


 食事からは湯気が立っているのに給仕とすれ違わなかったことを疑問に思いながら、軽く息を吐く。


 ――ヴァネッサが指導を受けてるのに、俺は午後の予定が無いのにまだ違和感を感じるな……


 アルフォンソ殿下の相手をしておらず、空いた時間帯はヴァネッサと指導を受けても良いのではと以前ニルに聞いてみたが、ヴァネッサの指導を担当しているアロアが反対したらしい。


 仕方なく一人で黙々と昼食を食べながら、グローリアについて振り返る。


 ――……ヴァネッサに相談しないとな……





――――――――





「何を言ってるの、その女……?」


 日が暮れ、指導を終えたヴァネッサが部屋に戻りドルミル村での出来事とグローリアの件を一通り共有した結果案の定グローリアの発言が引っ掛かったようだ。


 ――最近落ち着いてきたのに、久々に魔力が乱れているな……


 自分もグローリアの発言に嫌悪を抱き、魔力が乱れたので人の事を言えない。ヴァネッサの手を取り、彼女が深呼吸を繰り返し魔力の制御を取り戻すのをじっと待つ。


「……デミトリは一人じゃないし、私は必要としてるよ」

「ありがとう……正直に言うと俺も言われたことがあまりにも気持ち悪くて、殿下や護衛がいたのに魔力が乱れた」

「本当に、気持ち悪いね……」


 背筋が凍るような冷たい声でそう言いながら、掴んでいるヴァネッサの手に力が入ったのに気づいた瞬間身体強化を発動する。


「ヴァネッサ、痛い――」

「本当にお茶会に出るの? そんな人が言ってる未来予知なんて信用できないよ?」

「……答える前に、ヴァネッサの知恵を貸してくれないか?」

「私の……?」


 呆けた顔でそう言いながら、ヴァネッサが手を握る力を緩めてくれてほっとする。


「グローリアが言っていた事には、色々とおかしな点がある」

「おかしな点しかなかったよ……」

「そうだが……特におかしな点と言った方が良いかもしれないな。俺が天涯孤独の身である事を前提に話していて、俺の過去を知っている素振りだったのにヴァネッサの存在について一切触れなかった。加えて、俺が転生者だと言う事にも敢えて触れなかったのかそもそも知らなかったのかが気になっている」


 ヴァネッサが難しい顔をしながら、ソファの上でこちらに身を寄せた。


「……あの女が知ってる物語のデミトリと、本当のデミトリが違う?」


 グローリアの話を聞いてから、自分は見知らぬ物語の通りに動く駒なんかではないと言う怒りが燻っていた。当たり前のようにヴァネッサが俺の事を『本当のデミトリ』と呼んでくれた事実が嬉しい。


「あくまで仮説だが、グローリアの知っている物語の中の俺は転生者でもなく、ヴァネッサとも出会っていないのかもしれない」

「だとすると、やっぱり未来予知は宛てにならないと思う」

「ヴァネッサもそう思うか……」

「あの女がどんな思惑で動いてるのか分からないけど、殿下とデミトリと……家族になるって言ってたんだよね?」


 俺の肩に頭を預けながら、再びヴァネッサの手に力が入り始める。


「仮に未来予知通りに進むとしても、デミトリがお茶会に参加したら『開戦派が倒されるけど、都合よく殿下の婚約者は連座で罰せられない』って結果になる事しか今の所分からないから……」

「……結果に至る過程と、その後どうなるのかが未知数だな……」


 ドルミル村の件とヴァネッサの自由と引き換えに殿下に協力する事を約束した手前、協力せざるを得ない状況なのが歯がゆい。


 ――グローリアの異常性を考慮すると、以前ヴァネッサが言っていたように変な意地を張らずに逃げた方が良いのかもしれないな……


 人としての矜持を守るために行動した結果、俺自身に降りかかる不利益は全て自業自得だがヴァネッサまで巻き込むわけにはいかない。


「ヴァネッサ。ドルミル村で恩返しを終えた今、俺にとってヴァネッサとの約束が最優先だ。それを前提に聞いて欲しい」

「……うん」

「グローリアの知っている物語と、現実にずれが生じていても過去に未来を言い当てた実績がある。エンツォとの決闘騒ぎの時、なぜアルフォンソ殿下があんな行動を取ったのかずっと疑問だったが……未来予知が確実で俺が死なないと確信していたのであれば辻褄が合う」


 ――今思えば、傷を負った時驚いてはいたが殿下がすんなり決闘の続行を受け入れたのも、決闘の結果をグローリアから聞いていたからかもしれないな……


「以前話した誰かにとって都合よく事が進む件も、多少のずれがあっても大まかな流れがグローリアの知る物語通りに進むよう何かしらの力が働いているのかもしれない。開戦派の件が片付くまで、という条件付きで協力しても良いと思う……」


 言っていることに自信が無いのがヴァネッサにも伝わったのか、二人きりの客室に微妙な沈黙が訪れた。

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