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第147話 民を導く者

「これで良いか?」


 王城の応接室で、アルフォンソ殿下に毒々しい色合いの液体の入った瓶を二つ渡される。


「俺は別に毒に詳しくない、これはどういう毒なんだ?」

「ヴェネノ・プルポという魔物から採取した神経毒だ。少量摂取しただけで全身麻痺、多量摂取した場合は心肺停止する劇毒だ」


 渡された瓶を持った手が強張る。


「……服毒しないと効果はないのか?」

「そんな事ないが、効果は若干薄れるな。数滴皮膚に触れた位ならすぐに拭き取れば軽い痺れ程度で済むが、放置したら経口摂取するのと同じく全身麻痺を起こす」

「水には――」

「水溶性が高いのは実証済みだ。君の様に魔法と合わせて扱った例はないが、主に飲料に混ぜて対象を無力化してから殺害するか誘拐するのに使われる物だ」


 そう言いながら、殿下が片手に持ったカップから紅茶を啜る。


「解毒剤はないのか?」

「ないな。痺れが抜けるまで待つか、解毒魔法を掛けてもらうしかない」

「……アルフォンソ殿下、あなたは何がしたいんだ?」


 唐突な質問に驚いたのか、カップを口元で停止させながら殿下がこちらを見つめる。


「……お願いされた毒を用意したのに、酷い物言いだな」

「はぐらかさないでくれ」


 こちらが引き下がる気が無いのを察したのか、カップをテーブルに置いて足を組みながら殿下が首を傾げる。


「はぐらかしてるつもりはない、用意した物に満足しなかったのか?」

「そういうことじゃない。毒を手配してくれたことには感謝する……」


 受け取った毒の瓶をテーブルに置いてから、改めて殿下の方に向き直る。


「俺はグラードフ領では下っ端だったが、これでも一応軍属だった。ニルやアロアがかなりの手練れなのには気づいている」

「先輩を褒めても何も出ないぞ?」

「……しかもニルは魅了魔法を使える。加えてあれだけ開戦派に隙を見せたくないと言っていた殿下が、この短期間でこんな劇毒を手配できている。俺に渡しても問題ないと思っている時点で、毒の出所が掴まれない自信もあるんだろう?」

「……そうだな」


 少しだけ、アルフォンソ殿下の眉がひくつく。


「危険な毒を人知れず手配出来て、魅了魔法を使える能力者の属している組織を従えている。それだけじゃない、王家の影は俺の事をメリシアで監視していたのに俺は一切気づかなかった。それ程の実力を持った隠密の手練れも抱えている。そして以前話していた通りなら開戦派の情報もすでに大体把握しているはずだ」


 俺の聞きたい事の真意に既に気づいているのか、アルフォンソ殿下が目を閉じてしまったがそのまま発言を続ける。


「いくらでも開戦派に対処する手段があるのに、付け入る隙を与えたくないからと言いつつ俺を使って事を進めようとしているのは矛盾していないか? エンツォとの決闘も許すべきではなかったし、俺にこんな毒を持たせて万が一所持していることがばれたら取り返しのつかない事態になるんじゃないのか?」

「……簡単に言うが、具体的にどういう手段があるんだ?」


 閉じた目を見開いたアルフォンソ殿下の瞳には、葛藤と怒りが宿っていた。


「……開戦派だと判明している貴族の、不正や違法な行いはどうせある程度調べ上げているんだろう? 派閥を率いている貴族家を裁けなくても、手足になっている貴族達を一斉に取り締まるだけで十分じゃないのか?」

「甘いな。開戦派の勢いは削げるかもしれないが、元を断たなきゃ根本的な解決にはならない」


 鼻で笑いながら、アルフォンソ殿下が再び紅茶に手を伸ばした。


「……ガナディアの亡命者を賓客扱いしただけで、開戦派が都合よく動いて一斉に潰せると思ってる方が余程甘くないか?」

「……これが一番良い方法だ」

「本当にそう思っているのか?」


 自分に言い聞かせるようにそう言ったアルフォンソ殿下は、覇気を一切纏っておらず今にも消えてしまいそうに見える。


「正攻法がだめだとして……恐らく殿下は、汚い手を使いたく無いのだろう?」

「民を導く立場の俺が、法を犯すわけにはいかないだろ……」


 『馬鹿なの?』


 ヴァネッサの発言と似たような言葉を言いかけたが、なんとか押さえ込む。


「アルフォンソ殿下、二つ聞かせてくれ」

「……良いぞ」

「俺を囮にする案は、殿下が考えたのか?」

「違うな……」


 ――自分で考えた訳じゃないなら、尚更固執する理由が分からないが……発案者を聞けそうな雰囲気でもないし、一旦保留にしよう。


「分かった。二つ目に聞きたいのは……殿下は法が何のためにあると思っているのかを、教えて欲しい」

「は?」


 予想だにしない質問に、殿下が王子が出してはいけない素っ頓狂な声を出した。


「……法という規律と秩序が無いと、国は混沌に陥るだろ」

「それも正しいが、本質は人を守るためじゃないのか?」

「同じことだ――」

「違うな。例えば貴族が平民を無礼打ちしても良い法律があったらどう思う?」

「そんな野蛮な法律、ヴィーダにはない」

「ガナディアにはあった」


 グラードフ領で、父の乗っている馬の前を遮っただけで殺された平民を思い出して、腸が煮えくり返る。


「そんなふざけた法律はなくすべきだ」

「俺もそう思う。つまり法が絶対と言う訳じゃないだろう?」

「それは極端な例だ、デミトリも分かって言ってるだろ」

「本質は同じだ。民を守るべき法のせいで、逆に行動を縛られて民を守れないなら法を撤廃するか破るしかない」

「……何が言いたいんだ」

「正攻法じゃなければ、開戦派の事をもっと楽に対処できるんじゃないのか? 俺を囮にして都合よく開戦派が動いてくれる事に期待するよりも、確実に」

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