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第143話 騎士団長

 ――前世の口調よりも、この口調の方が普段と懸け離れすぎていて使うのが煩わしいな……


「自己紹介もせずに失礼しました、扉越しの紹介になってしまう無礼をお許しください。私の名はエリアス・チェッロ。恐れ多くも、王より王国騎士団長の座を賜っている者です」


 ――本当にそうか疑わしいな……


 仮に俺宛ての来客であったとしても、まずは応接室に通されるはずだ。


 直接部屋まで客人に足を運ばせるような非常識極まりない真似を、王家の影で構成されている迎賓館の使用人達が許すはずがない。ましてや、王国騎士団の騎士団長相手にそんな事をするはずがない。


 ――勝手にここまで来たのか……?


 警戒を上げ、扉の反対側に位置する窓の周辺に魔力感知擬きを展開する。万が一自称騎士団長に気を取られている内に背後から奇襲されても、これで気づけるはずだ。


 ヴィセンテの剣を収納鞄から抜きながら、ゆっくりとベッドから立ち上がる。


「……丁寧なご紹介を頂き、感謝致します。大変恐縮ですが、私は現在療養中の身です。とてもではありませんが、王国騎士団の騎士団長ともあろう方をお迎えできるような状態ではなく……ご足労頂いたのにも関わらず、申し訳ありません」


 いくら表向きは第一王子の賓客とは言え、本当に相手が騎士団長なら検討する余地もなくはっきりと入室を断ったのはかなり失礼だ。全て俺の杞憂なら、無駄に敵を増やしただけかもしれないが仕方がない。


 ――本当に騎士団長だったとしても、今は部屋に入れられないしな……


「エリアス! 勝手な行動を取るな!」

「殿下、気づくのが早かったですね」


 ――アルフォンソ殿下……?


 訪問者の返答を待っていると、聞き覚えのある声が扉の前に合流した。どうこの状況を切り抜けるのか悩んでいたため一瞬だけ殿下の助け舟を期待したが、次の発言を聞いて慌てて魔法を発動する。


「全く……ここまで来たなら仕方ない。デミトリ、入るぞ」


 アルフォンソ殿下がこちらの返事を待たずに扉を開こうとしたが、凍てついたドアノブが軋みながら僅かに揺れるだけで扉は開かなかった。


「冷たっ……一体どういうつもりだ?」 

「アルフォンソ殿下。話し辛いので確認したいんですが、チェッロ騎士団長の前で口調を崩しても問題ありませんか?」


 一瞬間を置いて、本心ではそう言いたくないと思っていそうな声色の返答が返って来た。


「……エリアスは大丈夫だ、許可する」

「なら遠慮なく言う、『どういうつもりだ』はこちらの台詞だ。水浴びをしている未婚の女性がいる部屋に、第一王子と王国騎士団長が断りもなく入ったら大問題だろう」

「「なっ!?」」


 思いもよらなかったといった様子で驚嘆している二人の声が、心の内の不安を煽る。


 ――少なくとも、アルフォンソ殿下は俺がヴァネッサと同じ部屋に泊っているのは知っているはずだが……


 巡り合わせが悪ければそういう事もあり得ると見越せるはずだ。そもそもヴァネッサがシャワーを浴びていなくても、着替えている最中にでも押しかけたらどうするつもりだったのかが分からない。


 ――出会った当初は切れ者の印象を受けたが……決闘の件もある。こんな調子で、アルフォンソ殿下は本当に開戦派を止められるのか……? 先程の発言からして今回は騎士団長が独断で動いたせいで、ヴァネッサの事が意識から抜け落ちただけかもしれないが……行動が行き当たりばったりに感じるな……


「すまない、私は知らなかったんだ!」

「私はってなんだ、勝手にここまで来たのはお前だろ! 俺に責任を擦り付けるつもりか!?」


 ――子供の喧嘩だな……


 やいのやいの扉の先で騒ぐ殿下達に呆れる。合っているかどうか分からないが、アルフォンソ殿下は自分とそう年は離れていなさそうだったが……


「やっぱり馬鹿じゃない……」


 ヴァネッサが状況を把握できるよう声を張って話していたが、しっかりとシャワー室にも聞こえていたようだ。まだ乾ききっていない銀糸のような髪を、タオルで纏めようと手古摺りながらヴァネッサがこちらに寄って来た。


「急かしてしまってすまない」

「デミトリのせいじゃないから、気にしないで」


 ――俺の気持ちを慮ってそう言ってくれるのは嬉しいが……


 ヴァネッサは未だに口論を続ける殿下達の声が聞こえてくる扉を冷たい目で見ている。一日中侍女見習いの指導を受けて、やっと羽を伸ばそうとした瞬間これだ。苛ついてしまっても仕方がない。


「手伝おうか……?」


 まだ水が滴り落ちる程濡れた髪を纏めるのに、苦戦している様子のヴァネッサに手を差し伸べる。


「え、巻き方知ってるの!?」

「ああ、なんとなくできそうだ」


 ヴァネッサからタオルを受け取り、折り目を付けてから解けないように押さえてタオルを彼女の首に掛けた。


「髪を、後ろでまとめられるか?」

「こう?」


 ヴァネッサが両手で髪をまとめてから、ぎゅっと一束になるように握った。彼女の顔の輪郭に合わせて右手に持っているタオルを巻いてから、左手でも同じ事をする。最後に左手に持っているタオルの端を、右手で巻いていた部分の折り目の中に押し込んだ。


 ――よし、解けないな。


「髪を触ってもいいか?」

「うん」


 ヴァネッサが一纏めにしていた髪を預かり、絡まないように丁寧に彼女の頭上で纏める。纏めた髪を片手で軽く押さえながら、もう片方の手でヴァネッサの背中に垂れかかっていた残りのタオルを掴んで彼女の髪の毛を覆うように折り返す。


 折り返したタオルがヴァネッサの髪を包むように気を付けながら、端を最初の行程で固定していたタオルの中に押し込んでなんとかヴァネッサの髪を巻く事に成功した。


「どこか、きつかったり気持ち悪い所はないか?」

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