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第140話 不意打ち

 再び背後に転移したエンツォが振り下ろした剣を払い、先程よりも身体強化の強度を上げながら蹴りを入れる。


「うぐぉ!?」


 連続で同じ場所を蹴られ、エンツォは苦悶の表情で剣を掴んだ両腕を頭上に掲げたままの珍妙な体勢で尻餅をついた。今度は魔力の揺らぎを感じなかったので、距離を詰めて顔を蹴り上げようとしたがまたエンツォの姿が消える。


 ――あそこか……


 魔力感知擬きが反応した方へと振り向くと、転移したエンツォが片手で腹を抱えながら肩で息をしている。


「糞……! ごふっ、異能すら持たない、光神に見放されたガナディア人の癖に……!」


 ――……過信するのは良くないが、エンツォが転移しても大体の位置は魔力感知擬きで分かる。確証はないが、連続で転移出来るわけでもなさそうだし……冷静に対処すればなんとかなるはずだ。


「おい」

「……な、なんだ!!」

「先程の発言を撤回して謝罪するなら、命までは取らないでおいてやる」


 気に食わないからと感情のままに殺してしまえば、やっている事はエンツォと変わらない。ヴァネッサを侮辱した件は許せないが……人間性を保つために、エンツォに最後の機会を与える。


 ――決闘で命を懸けた以上、俺が勝ったらエンツォの生殺与奪を握る事になる……だからこそ、殺さないのもこちらの自由のはずだ。


「命までは……?? っぐ、愚弄するのもいい加減にしろ、ガナディア人!!!」


 ゆっくりと立ち上がったエンツォの憤怒に歪んだ顔が、彼の作り出した火球の光に怪しく照らされる。


「屑が偉そうに……俺に慈悲を掛けるだと……? ふふ……フハハ!!」


 様子のおかしいエンツォが、震える手でこちらを指さす。


「身の程知らずが……!!」


 憎悪に満ちた視線をこちらから逸らさずエンツォが伸ばした腕を横に腕を振るい、今まで放って来た火球とは比べ物にならない速さで新たに指さした方向に立っている()()()()()()()()()()火球が飛んで行った。


「クソ!!」


 周囲に漂わせていた霧状の水魔法にありったけの魔力と呪力を注ぎ込み、ヴァネッサと火球の間に集結させながら氷壁を作る。氷壁に衝突した火球が炸裂し水蒸気と共に氷の破片が飛び散った瞬間、腹部に激痛が走る。


 体を確認すると、血濡れた剣先が腹から生えてきていた。


「デミトリ!!??」

「『命までは取らないでおいてやる』だったか? ふはっ、フハハハ!!!」


 不快な声で嗤うエンツォを無視しながら、剣先を左手で掴んだのと同時に背後に水流を発生させた。成す術もなくエンツォが水流に飲み込まれ、後方へと吹き飛ばされた。


 ――防ぐのが間に合わなかったら、ヴァネッサは……


 痛みを無視して、自己治癒を発動しながら振り向く。俺が剣先を掴みながら吹き飛ばしたせいで、エンツォは無手の状態で泥まみれになり地面に這いつくばっている。


「デミトリ、早く治療しないと!?」


 駆け寄って来たヴァネッサを片手で制してから、アルフォンソ殿下の方を見る。


「アルフォンソ殿下」

「あ、ああ」

「あいつは獲物を失くしたが、重傷を負っているのはこちらだ。勝負はまだついてない認識でいいか?」

「いや――」

「決闘は続行なんだな?」

「駄目だ。正々堂々と戦うと誓ったのにエンツォはヴァネッサを攻撃して不意打ちを仕掛けた。奴の反則負けだ」

「しっかりとこの決闘に決着を着けないと、後々面倒だ。()()()()()()? 俺が許せばいいだけの話だ。逆に不意打ちを許した上で倒した方が、殿下も()()()()()()()()だろう?」


 俺の腹から止め処なく流れ出る血を見ながら、逡巡した後アルフォンソ殿下が口を開く。


「分かった……デミトリがエンツォの不正を許した!! 決闘の続行を宣言する!!」

「ダメ!」

「ヴァネッサ、直ぐに終わらせるから心配しないでくれ」

「でも……」


 ――腹に剣が刺さった状態じゃ、心配しない方が無理だな……


 剣を無理やり引き抜きエンツォの方に投げながら、これ以上血が流れないように傷口を氷で覆う。


「絶対に……なんとかする」


 ――剣を抜いたせいで、内出血は悪化するだろうな……傷口は無理やり止血したが、臓器の損傷はどうしようもない。すぐに決着を付けて……治療を受けないと死ぬな。


 ヴァネッサには強がったが、状況は良くない。


 貧血で眩暈がする上、少し動いただけで激痛が走り上手く体を動かせない。引き抜いた剣をエンツォの方に投げる事ができただけでも奇跡としか言いようがない。正直、立っているだけで精一杯だ。


 ――もう一度攻撃されたら、剣を受け止める事も火球を避ける事すらできそうにないな……


「……さっさと剣を拾え……決着を付けるぞ」

「くふ、ふは、フハハ!! その状態で何ができる!? 粋がるなよ!!!」


 剣を拾ったエンツォの姿が消えた瞬間、痛みに耐えながらあのポーズを取る。


「変身……!」


 光に包まれ、ラスの鎧を纏った直後に背後から切りかかられた。衝突する金属音が聞こえたのと同時に、軽い衝撃と共に激痛が全身を走る。


「ぐっ……!」


 ――……メドウ・トロルの攻撃に耐えたんだ、エンツォ程度じゃラスの鎧に傷一つ付けられないだろうな……


「なっ!? 何故ガナディア人のお前が異能をっ!?」


 体が悲鳴を上げているため振り向かず、痛みで失神しないように歯を食いしばりながら背後に立つエンツォを水の檻に捕らえた。呪力を込めながら、藻掻くエンツォを囲む水を一気に凍らせる。


「ひぎゃあああああああああ!?!?」


 一拍置いて、氷牢から転移して逃れたであろうエンツォの悲鳴が聞こえてくる。


 ゆっくりと振り返ると、声は違う方向から聞こえているのに氷牢の中にはまだ()()()()()()()()()()()()()()()()

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