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第135話 配属先

 アルフォンソ殿下が腹を抱えながら、声を押し殺して笑い出した。


「忠誠心が高いのは良いんだが……確かにあの性格は玉に瑕だな」


 目尻に溜まった涙を懐から取り出したハンカチで拭ってから、アルフォンソ殿下が急に頭を下げた。


「殿下!?」

「さっきは不快な質問をして申し訳ない。立場上聞かないわけにもいかなかった」


 ニルが慌てふためいているが、当然だ。王族がそんなに簡単に頭を下げて良いはずがない。


「こちらこそ……舐めた返答をしてすまなかった」

「良いんだ、反応を見て楽しんでたのも事実だ」


 顔を上げながら、アルフォンソ殿下がウィンクする。


 ――男にやられても嬉しくないんだが……それに薄々感じていたがやはり楽しんでいたのか……


「王家の影に迎え入れた以上、ヴァネッサの事を死なせるつもりはないから安心してくれ。今後の事について詰めないとな」


 アルフォンソ殿下がニルに問いかける。


「二人の配属先は検討済みか?」

「いえ、まだ未定です」

「そうか……」


 腕を組みながら、アルフォンソ殿下が考え込む。


「二人はリディア氏に王城に転移させられたせいで、王家の影についてまだ説明を受けてないんだな?」

「申し訳ございません……」

「気にしないで良い。依頼した時、細かい場所を指定しなかったこちらの落ち度だ。宮廷魔術士を辞してから大分時間が経つし、彼女の性格を忘れていた」


 ――王族にこれだけ言われて……リディアは過去一体何をしでかしたんだ?


「王家の影について分からないのにこんな質問をされても困るかもしれないが、二人は何か配属の希望はあるか?」


 ヴァネッサと顔を見合わせる。


「開戦派に狙われている以上、収拾がつくまで俺の配属先は王家の指示に従った方が良いと思うが……希望が叶うなら、ヴァネッサを守れる立場だとありがたい」

「私も、デミトリの傍にいたいです」

「そうか……悩ましいな……」


 ――物凄い我儘だ……希望通りにならないかもしれないが、言ってみないと可能性すらないからな……


 内心、そんな都合の良い配属先が無いであろう事は分かっている。


「ヴァネッサに関しては、今泊まっている迎賓館で侍女見習いから始めてもらうのが無難だろうな。貴族はおろか王家の影以外の人間と出会う機会がほぼない。館を任せられている王家の影も手練れ揃いだ、デミトリもヴァネッサの安否を心配せずに済むはずだ」


 ――アルフォンソ殿下の言う通り、それが無難だろうな……


「デミトリは……」

「二人の要望に応えられないのは残念だが、俺も開戦派といい加減決着を付けたい。言い方は悪いがデミトリは良い釣り餌になってくれそうだし、俺に協力してほしい」

「……具体的に、何をして欲しいんだ?」

「俺の賓客になってもらう」


 言ってる意味が分からず硬直していると、アルフォンソ殿下が満面の笑みを浮かべながら瞳を怪しく光らせた。


「さっきデミトリも言ってたが、祖国での扱いがどうなってるのか分からないんだろ? ガナディア王国について理解を深めるために、俺がそれを理解した上で君を賓客として扱っていると公表する。そうしておけば仮に送還を求められてもどうとでも断れる」

「……断ったら、戦争の火種になり得ないか? そもそも俺がそんな扱いを受けたら開戦派が黙っていないと思うが」

「断っても、少なくともガナディア王国側から戦争なんて仕掛けてこない。それだけは断言できる」


 ――グラードフ領の事しか分からないが、送還を断ったら独断で進軍しそうだが……


「そもそもヴィーダ王国はガナディア王国の倍以上の領土を有してる。軍事力も国力も比較にならない」

「……そうなのか?」


 思えば、メリシアに到着してから違和感を感じていた。平民にも普及している魔道具や、一般市民が手頃に本を買える事。豊かな街並みと、平然と受け入れられている異能という力。


 どれを取っても、グラードフ領で繰り返し刷り込まれた『ちっぽけな国』と言う評価から懸け離れていた。


「デミトリの生い立ちについては報告された内容に目を通してる、知らなくても無理はないな。今度、ニルに地図を見せてもらうと良い」

「……分かった。だがそれだけ国力に差があるなら俺を賓客として扱わなくても、送還を求められたとしても断れるんじゃないか? 開戦派が『ガナディア人が王家に取り入っている』と騒ぐ理由を与えるだけだと思うが」

「むしろそれが狙いだ」


 拳を握り締めながら、アルフォンソ殿下が力強くそう宣言する。


「長年調査を進めて開戦派貴族はほぼ把握している。今までは教会の開戦派関係者が不明瞭だったが、君のおかげでそちらも大分把握できた」


 アルフォンソ殿下は怒りの滲む声でそう言いながら、握った拳を膝に振り下ろした。


「民の事を顧みず私利私欲のために侵略戦争を始めたいと騒ぐ羽虫達と、裏で糸を引いてる下衆共を一網打尽にする準備がようやく整った。ヴィーダの膿を出し切るなら、今しかない」


 強い信念の籠った瞳でこちらを見ながら、アルフォンソ殿下がもう一度先程の願いを繰り返す。


「俺に協力してほしい」

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