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第134話 アルフォンソ・ヴィーダ

 オブレド伯爵邸よりもさらに華美な内装の応接室で待っていると、突然扉が開いた。


 事前にニルから伝えられていた通りヴァネッサと共に立ち上がると、礼装に身を包んだ貴人が数人の護衛とニルを引き連れながら応接室に入って来た。


「君達がデミトリとヴァネッサか、楽にしてくれ」


 ――そうは言われてもな……


 先に席に着く訳にも行かず、そのまま立っていると貴人が向かいの席に座った。


「そう緊張しなくても良い、座ってくれ」


 そう促され、ヴァネッサと共にソファに腰を掛ける。ニルはこちらの横に移動して来たが、護衛の騎士達は向かいの席を守るように貴人を囲んで警戒している。


「お前達も、楽な姿勢を取れ」

「しかし、殿下――」

「威圧していたら話にならないだろ?」


 ――やっぱり王族じゃないか……


 護衛の騎士達は渋々と言った様子で警戒を解いたが、いつでも動けるようにしているのは一目瞭然だ。そんな騎士達を見て溜息を吐きながら、先程殿下と呼ばれた貴人がこちらに向き直る。


「自己紹介がまだだったな。俺はヴィーダ王国第一王子、アルフォンソ・ヴィーダだ。第一王子でも、アルフォンソ殿下でも好きな方で呼んでくれ」


 何事も無ければ、将来王になることを約束されているような人間だ。その地位に似つかわしくない気さくな態度に、どう返事をすればいいのかが分からない。


 ちらりとヴァネッサの方を見ると、かなり緊張しているのが見て取れる。


「大体報告を受けてるが、改めて自己紹介と二人の事を簡単に教えてくれ。順番はヴァネッサからがよさそうだ」

「……! ヴァネッサです。魅了魔法を使える事が発覚したので……冒険者ギルド経由で王都に報告されました。保護の件については、ニルさんに説明してもらいました。王家の影になるために、王都まで来ました」

「聞いた通りだな、デミトリも頼む」

「……デミトリです。私はガナディア王国から亡命を求めて、ヴィーダ王国を訪れました。生家はグラードフ辺境伯家ですが、家名は捨てたつもりです――」

「『捨てたつもり』か。詳しく聞かせてくれ」

「……正式に家督継承権を放棄して、貴族籍から外れた後にガナディアを旅立った訳ではないので……あちらでどう処理されているのかが分かりません」


 ――そもそも俺に家督を継がせる気などなかっただろうが……俺が逃げた後どう処理されたか分からないのが、ずっと引っ掛かっていた。死んだ扱いになっていればまだましだが……


「なるほど、何か懸念点がありそうだな?」

「私の素性は、ヴィーダ王国にいる一部の人間に共有されていると聞いています。万が一私の生存情報がガナディア王国に流れたら、送還を求められるかもしれないと懸念しています」


 両国の国交は断絶され、不戦条約で何とか平和を保っている状態だ。そもそも俺の情報がガナディアに伝わること自体可能性は低いが……戦争を引き起こしたい開戦派なら、無理を通してでもやりかねない。


 ヴィーダ王国が送還に応じても応じなくても、両国間の関係がさらに拗れる可能性が高い。


「その可能性はあるな。話の腰を折ってしまった、続けてくれ」


 ――反応が薄いのは、想定済みだからか?


「……当初ジステイン伯爵領にて保護される予定でしたが、移動中に開戦派と思われる人間に襲われました。紆余曲折あり、最終的にはオブレド伯爵領で冒険者として活動しながら保護されていたのですが……ヴァネッサに同行して王都に来たのは、彼女と一緒に王家の影に所属させて頂きたいからです」


 ニルに誘われた立場ではあるが、相手は王族だ。アルフォンソ殿下の機嫌を損ねないように、発言に気を付けながら王族の影になりたい事を告げる。


「デミトリの話も、報告通りだが……質問がある」

「はい」

「なんで王家の影になりたいんだ?」


 ――今更、何を聞いてるんだ……?


「……ヴァネッサを守りたいのが一番の理由ですが」

「ヴァネッサが死んだらどうする?」


 ――嫌な質問の仕方だな……ヴァネッサを不安にさせてまで、アルフォンソ殿下の求める答えを返す義理はない。


 先程まで発言の内容にはかなり気を付けていたが、ヴァネッサを傷付ける事になるなら話は別だ。アルフォンソ殿下は、ヴァネッサが死んでも俺がヴィーダ王国に忠誠を誓い続けるのか、この場で宣言させたいのだろう。


「絶対に死なせません」

「聞きたいのは、そう言う事じゃないのは分かってるだろ?」

「私の口からこれ以上言えません」

「貴様、殿下の質問に――」

「良い、控えろエンツォ」


 アルフォンソ殿下の後ろに立っている護衛が鼻息を荒くしながらこちらを睨んでいるが、殿下は新しい玩具を手に入れた子供の様に目を輝かせながらこちらを見ている。


「気に入ったよ」

「……恐縮です」

「アルフォンソ・ヴィーダの名においてヴァネッサ、及びデミトリを正式に王家の影に迎え入れる。これからよろしく」

「「……よろしくお願いします」」

「それじゃあ、エンツォ達は一旦外してくれ」

「お一人にする訳には――」


 エンツォを、アルフォンソ殿下が片手をあげて制止する。


「この場にはもう王家の影しかいないんだ、過剰な護衛は必要ないだろ? 部屋の外で待っててくれ」


 尚も食い下がろうとする勢いのエンツォを、周りの護衛達が部屋から連れ出して行った。


「この部屋には俺とニルと君達しかいない。堅苦しい口調はもうやめてくれ」


 ニルの方を見ると、静かに頷いた。


「少し意見を聞かせてくれ。デミトリはエンツォの事をどう思う?」

「……主第一で、忠誠心が高いのはいい事じゃないか?」

「正直に答えてくれ」

「……主に発言を許されていないのにも関わらず何度も口を挟むのは……俺と同じぐらいか、それ以上に不敬に見られてもおかしくない。性格で損していそうだ」

「クックック……」

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