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第133話 長の代理

 先程までこの部屋に泊まる事に乗り気じゃなかった、ヴァネッサの急な態度の変化に困惑する。


「何か……変な事を言われてないか?」

「大丈夫です、何も変な事を言われてません」

「二人を泊められる部屋がここしかない理由を教えてあげただけよ」


 ――ヴァネッサがそう言うなら、いいのか……?


「……分かった」

「それじゃあ決まりね。二人共夕食はもう食べたの?」

「食べてないな」

「この時間だと、残り物のスープとパン位しか出せないけど部屋に届けさせるわね」


 アロアはそう言うと、扉の方へと向かって行く。


「明日から色々と忙しくなると思うから、食べ終わったらゆっくり休むのよ? 明日、ニルが迎えに来ると思うからそれまでは部屋で待機してて」


 そう言い残して、静かに扉を閉めながらアロアが去って行った。


 今まで泊まっていたパティオ・ヴェルデの部屋の軽く三倍の広さはありそうな部屋の中に、ヴァネッサと共に取り残されてしまった。顔を見合わせて、示し合わせたわけでもなくいつもの並びで部屋の中央にあるソファに腰を掛けた。


「……本当に、変な事は言われていないんだな?」

「大丈夫だよ!」


 少し慌てている様子だが、脅されたりしたわけではなさそうで安心する。


「これから王都に向かう実感が湧かないって話してたばかりなのに、もう着いちゃったね」


 急に話題を変えたのは、耳打ちされた内容を話したくないからだろう。


 ――女性同士でしか話せない事もあるだろうし、これ以上聞くのは止めた方がいいか……


「……そうだな、まさか転移の魔法で移動するとは思わなかった」

「メリシアから王都までかなり距離があるのに……」


 ヴァネッサと話していると、コンコンと扉が叩かれた。先程外套を預かってくれた使用人が、扉を開けてトレイに乗せた食事をテーブルまで運んでくれた。


「ありがとう」


 礼を言うと、再び言葉を発さず一礼をしてから使用人が去って行く。


 ソファからテーブルへと移り、ヴァネッサと共に夕食を頂く。アロアは残り物のスープと言っていたが、かなり美味い。じっくりと煮込まれた野菜とほろほろの鶏肉は良い具合に塩味が利いていて、スープと一緒に運ばれた柔らかいパンとの相性が抜群だった。


「食べ終わった後の食器は、どうすればいいんだろうな……?」

「呼び鈴もないし、もう遅いからそのままにしておいてもいいかも……?」


 ヴァネッサと共に少し悩んだが、取り敢えず食器をテーブルの上でまとめておいた。


 食べてからすぐに寝るのは出来れば避けたかったが、明日いつニルが迎えに来るか分からない。就寝の準備をするため、いつも通りヴァネッサが先にシャワーを浴びるのを待ちながら、ソファから窓の方を眺める。


 雨が止んだのか、月明かりが窓から室内に差し込んでいる。ソファから立ち上がり、窓から延びる明かりにもう一度手を晒してみる。


 途端に思考が加速して、昏い感情が湧き上がって来たので手を引く。今度は上着の袖の中に手を忍ばせながら、月明かりの元に晒してみる。


 ――先程精神が乱れなかった理由が外套のおかげなのか、月が雨雲に遮られていたのが理由か分からなかったが……直接月光に触れなければ大丈夫みたいだな……


 夜間の外出を一切やめることなんて出来るわけがない。頭はフードを被れば問題ないかもしれないが、自衛のために手袋を買った方が良いかもしれない。


 ――……着たくないと思ったニルの全身黒装束が、月光を防ぐ最適解に近いのは皮肉なものだな……





――――――――





 二人用のベッドでいつも通りヴァネッサと眠り、王都で初めての朝を迎えた。


 従者のための客室とは言え、寝具の質は高品質なものばかりだった。今まで眠ったどのベッドとも比べ物にならない快適さで、蓄積されていた疲れが完全に取れた。


 寝巻から着替え、ソファでヴァネッサと寛いでいると聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「二人共、起きてるか?」

「ああ」


 返事をすると、ニルが扉を開いて部屋の中へと入って来た。俺達の座っている向かいのソファに腰を掛けた彼の顔は大分やつれている。


「よく眠れたか?」

「私達はぐっすり眠れましたけど……大丈夫ですか?」

「問題ない。あのばば―― リディア氏のせいで色々と予定が狂―― 変わってしまってな。少しだけ調整に手間取っただけだ」


 ――少しどころではなさそうだが……


「早速だが、正式に王家の影に所属するために君達には王家の影の長、その代理に会ってもらう」

「……良いのか?」

「長か、長の代理の許しがなければ王家の影には所属できないからな……」


 ――王家の影なんだ、要するに長は国王だろう? 国王の代理ともなると、王族かそれに近しい存在しか務まらないと思うが……何も説明されていない状態の俺達を会わせて良いのか?


「急な話で疑問に思うのも当然だ」


 疲れを隠せず、ニルが嘆息する。


「本当は王都に到着してからもう少しヴァネッサの指導を続けて、二人に王家の影として歩む覚悟を固めてもらうために事前に色々と共有したかったんだが……王城の敷地内に入ってしまった以上、君達を守るためにも早急に王家の影に所属してもらう必要がある」


 リディアの独断で王城に転移させられたせいで、想像以上に厄介な状況になっているらしい。


「あの婆のせいで、王城の敷地内に誰かが転移したのが感知されてしまった。本件は王家の影が預かるから余計な手出しをしないようにと、昨晩の内に関係各所に通達し終えたが……君達がメリシアから消えたことに開戦派が気づいて、答え合わせされるのも時間の問題だ」


 最早リディアの名前を言い直そうともしていないニルが、眉間の皺を指で解す。


「……気づかれたら――」

「ほぼ確実に君との接触を試みるだろう。そうなる前に、君達の王城での立ち位置を盤石なものにしたい」

「長の代理には、いつ会うんですか?」

「あと少ししたら迎賓館に到着する。二人には応接室で待機していて欲しい」

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