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第129話 夜逃げ

「ああ。彼女の重荷になりたくなかったから別れを告げようとした私に『一緒に王都に行く』と言って聞かず、私を保護しようとしていた王家の影に啖呵を切って一緒に王家の影になってくれた。あの日から、私は彼女の虜さ。本当の魅了魔法使いは、彼女なのかもしれないな――」


 ――物凄く惚気ているが。出来れば今後について詳しく聞きたい……


 逸る気持ちを抑えて、ヴァネッサと共に聞き手に徹する。


 これまでヴァネッサの指導中を含めて一切私語を挟まなかったニルが、初めて自分の事について話してくれている。彼なりに身内として扱ってくれようとしているのだろう、その心意気を無下にしたくない。


「――今は娘にも恵まれて本当に幸せだ。あの時喧嘩腰だった我々の言い分を聞いてくれた上官には、本当にお世話になった」

「色々と、融通を利かせてくれたんですね」

「……私も同じ立場になって、あの時私を誘った上官の気持ちが少し分かったよ。王都に戻ったら、色々と謝らなければ……王都と言えば、君達を連れて行く準備をしないといけないな」


 ようやく話が一段落つき、ニルも王家の影としての振る舞いに切り替わった。


「この宿はいつまで取っているんだ?」

「今日を含めて、後十日のはずだ」

「丁度いい、今夜メリシアを出るとしよう」

「急過ぎませんか?」


 ――ヴァネッサの疑問はもっともだし、なぜ宿の宿泊日が十日残っているのかが丁度いいのか分からない。


「二人の気持ちは分かる。世話になった人に挨拶をしたいだろうし、色々と準備もしたいだろう? だがデミトリは開戦派に監視されている状態だ。君の周りを警戒している私の部下も、何回かそれらしき人間を発見している……残念ながら取り逃してしまったが」


 監視は予想はしていたものの、状況は想像以上に悪いらしい。


「これから君達が挨拶回りをして、旅の準備を整えてからオブレド伯爵に報告しに行ったとしよう。そんな事をしたら、二人がメリシアを去ろうとしているのがばればれだろう?」

「確実にばれるな……」

「そういう意味で宿泊日数が残ってるのは好都合だ、向こうも君達がすぐには街を出ないと思っているはずだ。関係各所への連絡は私達に任せて、君達は部屋で待機してくれ。今夜迎えに来る」





 ――――――――





 ヴァネッサと一緒にソファで寛ぎながら、アイスを食べる。


「美味しい……」


 久しぶりに甘味を味わえて満足そうなヴァネッサが、歓喜に震えながらアイスを味わっている。


 ニルと別れ、部屋に戻った後荷物を纏めるのに時間は掛からなかった。待機中暇を持て余していたので、当初予定していた通り二人でアイスを作ることにした。


 シャワー室でモイセスから購入した鍋を氷の器で覆い、器を高速で回転させて鍋を冷やしながら牛乳と砂糖を入れてひたすらかき混ぜた。


 氷魔法の操作と鍋の固定を俺が担当し、ヴァネッサが材料を掻き混ぜるのを担当したが……甘味への執着が成せる技か、かなりの重労働だったはずだったがヴァネッサは涼しい顔でやり切って見せた。


 砂糖の分量を少し間違えたのか、甘さは控えめだが……久しぶりに食べたアイスは格別に美味い。


「なんだか、懐かしい味だな……」

「そうだね」


 アイスを堪能しながら、しばらく無言が続く。先にアイスを食べ終えたヴァネッサが、空になった器をテーブルに乗せる。


「……これから王都に行くって実感が湧かないね」

「色々と急すぎて、俺も気持ちが追いついていないな」


 ――王都はヴィーダ王国の中心に位置するはずだ。どんどんドルミル村から離れて行っているな……


「あの人達と王都で会ったら面倒そう……」

「あの人達……?」

「今日ギルドで絡んできた人達」


 完全に記憶から抜け落ちていたが、そういえば今朝妙な冒険者パーティーに絡まれていた。


「モイセスさん、あのパーティー……ドラゴンクローが王都から来たって言ってたよね?」

「……そうだが……彼等はメリシアに拠点を移すかもしれないし、王都に戻ったとしても偶然出会うことはない……んじゃないか?」


 ――自分の運の悪さを考慮すると、絶対に出会わないと言い切れないが……


「王都を拠点にしてるなら、あっちの冒険者ギルドでばったり会うかもしれないよ」


 ヴァネッサの指摘に眩暈がする。


「……俺は、今後冒険者として活動を続けないかもしれない。開戦派が俺に手を出し辛くするために、王国側の判断で冒険者にさせられたが……ギルドマスターに最低でもなって欲しいと言われていた、銀級に既に到達しているんだ。王家の影になってからは、冒険者として活動を続ける事はないんじゃないか?」


 王国の判断次第なので、現状冒険者を続けるのかやめるのかは分からない。だが、これ以上面倒事に巻き込まれたくないので、冒険者を辞めるのが濃厚だと自分に言い聞かせるように話す。


 ――そもそも、異世界人やトラブルに巻き込まれたくないから冒険者ギルドは避けたかったんだ……


「……なんとなく、続けることになりそうだけど……」


 ヴァネッサの呟きに心を抉られる。そうなるとは信じたくはないが、自分でもなぜかそうなる可能性が高い予感がしている。


「王都に行ったら、異世界から来た人にもいっぱい会いそうだね……」

「……言霊には力がある、妙な事は言わないでくれ……」


 今日会った男が転生者か分からないが、仮にそうだとするとメリシアに来てからすでに四人の異世界人に出会ったことになる。ヴィーダ王国最大の都市である王都で、異世界人に出会う可能性については考えたくもない。


「ふふ、珍しいね」

「……? 何がだ?」

「デミトリが異世界の言い回しを自然に言うの、初めてだよ」


 ――……そういえば、言霊についてはこの世界では聞いた事がないな……


「……大丈夫だよ、なんとかなるよ」

「そうだな――」

「二人共、いるか?」


 部屋の外からニルの声が聞こえ、会話を中断して扉に向かう。扉を開けるとそこにはニルと、なぜかギルドの専属解呪士のリディアが立っていた。


「ひっひ、少し見ない間に神呪が増えてるねぇ」

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