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第123話 なんとかしてみせる

『この調子なら、来週辺りには王都に連れて行っても問題ないかもしれないな』


 宿に戻りヴァネッサの指導も終え、すっかり暗くなった宿の部屋でニルの発言を思い出しながら昨晩同様、窓際でパティオ・ヴェルデ前の通りを見下ろしながら立ち尽くす。


 暗い宿の部屋の中に、シャワー室から微かに聞こえる水の音だけが響く。


 ――指導を受け始めてからまだ二日目か……


 ヴァネッサは驚異的な速さで魔力制御を習得している。魔力感知の鋭さから才能があるとは思っていたが、それでもここまで早く習得が進むとは思わなかった。


 ――彼女を苦しめてきた、無意識に発動する魅了魔法を克服できるのは喜ばしいが……ニルの誘いへの返答は、想像以上に早く返さなければいけないかもしれないな……


 ヴァネッサの魔力制御の伸びが目覚ましい反面、俺は進めたかった異能対策をまったく出来ていない。十分な力を身に着けていないのに、王都に向かうかどうか決断を迫られて焦燥感に駆られる。


 窓の外に手を伸ばしながら、水球を作り出す。拳大の水の塊が、月光に照らされ妖しく煌めく。


 ――なんとかなる。なんとかする。大言壮語を語ったのに……惨めなものだな。


 焦りと苛立ちが、徐々に耐え難い無力感へと変わって行く。転生させられる前、剥き出しの魂が囚われていた虚無を彷彿とさせる、喪失感と絶望が心を支配していく。


 ――何もない、何もできない……


 生も死も、物質も熱もない完全なる無。


 掌の上に浮かべた水球に、心の虚を投影しながら湧き上がる呪力と魔力を込めていく。


 揺らめいていた水球が途端に硬直し、月下で淡く光を反射する氷球が眼前に現れた。


 ――この力があれば――


「すごい!」


 暖かい手に氷球を浮かべていない手を包まれ、全身を覆っていた虚無感が晴れて行く。


「ずっと水魔法で何か試してたけど、氷を作れるようになったの?」


 無邪気にこちらに問いかけるヴァネッサの声に、凍てついた心が熱を取り戻した。


「……ああ、上手く行く自信がなかったんだが……なんとかなった」

「牛乳と砂糖を買ったら、アイスが作れるね!」

「えっ?」


 先程まで氷魔法を使ってどう異能者を殺すかで一杯だった頭の中が、はてなで埋め尽くされる。


「水漏れしない容器が必要だけど……あ! 氷で容器を作って、そのまま魔力を操作して回転させたら簡単にアイスを作れそう!」


 あまりにも平和な思考に、完全に毒気を抜かれる。


「……俺の魔力は、呪力が込めてあるから氷を直接食材に触れさせるのは良くないかもしれないな」

「大丈夫じゃない? 私、デミトリの魔法の中に閉じ込められたけど平気だよ?」

「あれは……すまなかった。短時間だったし、体の中に魔力や呪力が入り込んだわけじゃないだろう? 俺が水魔法で包んで呪力を込めた死体からモータル・シェイドが生み出されている。検証もしていないのに、呪力に触れた食材を食べさせることはできない」

「じゃあ、容器は別に用意しないといけないね」


 ――アイスを作るのは確定なんだな……


「明日、職人街に行ってみない?」

「……そうだな。薄めの鉄製の容器……最悪小さめの鍋でも行けるかもしれないな。密閉出来なくても、中身をかき混ぜながら鍋の外を魔法で冷やせばいけるかもしれない。そうなると、丈夫なヘラみたいなものも必要になるが」

「酒場の厨房に丁度良さそうな鍋があったんだけど、メリシアの金物屋で買ってたはずだから鍋はすぐに見つかると思う!」


 ヴァネッサの声が弾む。アイスを作れそうなことがかなり楽しみの様だ。


「甘いものが好きなのか?」

「……うん」


 先程までの勢いを自覚したのか、ヴァネッサが少し恥ずかしそうに返事する。砂糖は貴重品で、甘味を食べる機会なんて貴族以外限られているだろう。甘いものに飢えていたのかもしれない。


 ――一応貴族だった俺も、ほぼ甘味を食べた記憶がないな……


「……それじゃあ、明日は職人街に行ってから商業区の市にも行って材料も揃えないといけないな。シャワーを浴びてくるから、ヴァネッサは他に必要な物がないか考えていてくれないか? 正直知識としてアイスの作り方は知っているみたいなんだが、前世でも実際に作った経験はないらしい。何か見落としてないか心配だ」

「分かった!」


 ――氷球は……水球と違って処理が面倒だな。シャワー室に置いておけば溶けるか……


 氷球を浮かべたままシャワー室に向かおうとした瞬間、繋がれたままの手を引かれヴァネッサに引き留められる。


「どうかしたのか?」

「デミトリ……私と一緒に、王家の影になってくれますか?」


 砕けていた口調が、出会った当初のものに戻ったヴァネッサが思いつめた表情でこちらを見つめている。


「ヴァネッサはそれで……いや、質問に質問で返すのは失礼だな。ヴァネッサ、一緒に王家の影になろう」


 一瞬目を見開いた後、嬉しいような申し訳ないような複雑な表情を浮かべながらヴァネッサが俯く。


「ありがとう……」

「大丈夫だ、()()()()()()


 震えるヴァネッサの手を両手で包みながら、安心させるためにぎゅっと握る。ヴァネッサが、必死に笑顔を浮かべながら手を握り返してきた。


「そうだよね、なんとかなるよね?」

()()()()()()()()()

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