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第122話 時空の歪み

「この本、多分異世界から来た人が書いたと思う」

「そうなのか?」


 ヴァネッサが手渡してくれた小説の中身を、ざっと流し読みする。


「主人公達の体が入れ替わるのか? ……そういう異能があったら――」

「異能の事は一旦置いておいて、内容に既視感はない?」

「言われてみれば……前世でこういう話がすごく流行ったような気がするな」

「やっぱり! デミトリもそう思うって事は、私とデミトリは多分死んだ時期が近いと思う。だから私たちは同じ時代に転生してるんじゃないかな?」


 考えたことはなかったが、ヴァネッサの理屈は筋が通っている。


「そう言われると、確かにそうかもしれないな?」

「でもね、昨日ニルから聞いた――」


 ヴァネッサが口元を慌てて手で押さえながら、周囲に他の客がいない事を確認した上でこちらに近づき耳打ちする。


「――エステファニアの話。処刑された時に叫んでた内容って、多分私達と同じ時代に流行った小説に影響されてるよね?」


 ――確かに……少なくとも、俺とヴァネッサが生きていた時代よりも()()に生きていた人間はあんな事を言わないと思う。


「ニルは、エステファニアが狙ってた王子様の事を()()の第一王子様って言ってた位だから、それなりに昔の話だと思うんだけど……仮にだよ? 数十年前の出来事なら、エステファニアが私達と同じ時代から来てるのって変じゃないかな?」

「……確証はないが、なんとなく理由には心当たりがある」

「そうなの?」

「俺が転生して生まれたのが十七年前なのに、俺とほぼ同時に転移させられていたであろうあの三人組がつい最近ガナディアで召喚されたと噂になっている。俺が転生させられてから彼等が十七年間、転移するまで待機させられていたとは思えない……多分、異世界とこの世界は時間の流れが違うんじゃないか?」


 ヴァネッサはあまりピンと来ていないようだ。首を傾げながら小声で疑問に思った部分を呟く。


「……時間の流れが違う?」

「俺達が連れて来られた世界で一年しか経っていなくても、この世界では数十年や数百年経ってるのかもしれない」

「そう言う事……でも、それならよかった!」


 困惑から一転して安堵した様子のヴァネッサに、今度はこちらが困惑する。


「こちらとあちらで時間の流れが違うと、何かいい事があるのか?」

「もし異世界人が私達と敵対したら……物凄く遠い未来の異世界から来ていて、私達の知らない知識や技術で出し抜かれる心配をしなくても良いってことだよ?」


 ――出来れば敵対以前に接触を避けたいんだが……セイジの一件でヴァネッサの中では、異世界人が完全に敵と言う認識になってしまっているな。


「……俺は前世の知識があやふやだから、前世の記憶がはっきりしている異世界人と敵対したらどの道相手が有利だと思うが……」

「そこは私に任せて!」

「そうだな……頼りにしている」


 ――ヴァネッサと話さなければ、異世界とこの世界の時間の流れが違うかもしれない事にも気づけなかった。今後行動を共にするんだ、オブレド伯爵を見習うわけではないがもう少し腹を割って色々と話すべきだな……本当は、今回俺が本屋を訪れたかった理由もちゃんと説明するべきだった……


 反省しつつ今ヴァネッサに共有するのはやめておいた。ヴァネッサは、まだ精神が不安定な可能性がある。ただでさえ王家の影の件で悩んでいるんだ、出来ればニルの指導を受ける昼までの短い間だけでも、息抜きしてほしい。


「あ! これって……」


 ヴァネッサが山積みにされた本を二冊手に取り、一冊こちらに渡して来る。


「『蜘蛛男の冒険 第二巻』か……もう二巻目が出たのか?」


 二人並んで本の中身を流し読みする。ヴァネッサには事前に蜘蛛男の冒険の著者が異世界人かもしれないと伝えていて、その時簡単に一巻の話の流れは共有した。


「なんで、蜘蛛男が蝙蝠男と手を組んでるんだ……?」

「そこってそんなに重要なの?」

「前世の俺もそんなに詳しくはなかったみたいで、記憶が曖昧だが……少なくとも二巻目でやることじゃない」


 ――一応、手を組んだ番外編的な話もあったにはあったはずだが……


「なんだか……内容がめちゃくちゃだね」

「そうだな、良く分からないが色々な物語を混ぜ合わせているみたいだ」


 ――題材になった物語を、もしかして著者は触りしか知らなかったのか?


 蜘蛛男の冒険を、山積みになっている在庫の上に戻す。


「中古本を置いてる場所にこんなにあるってことは……」

「不評だったみたいだな」


 何とも言えない空気になってしまい、その場を離れた。俺と違いヴァネッサは収穫があったようで、二冊の本を抱き抱えていた。


「いい本が見つかったのか?」

「うん、二冊で一万一千ゼルなんだけど、大丈夫かな?」

「問題ないぞ?」


 ――ぎりぎり、帰りの辻馬車代を払ったら手持ちが尽きるな。明日辺りにはバレスタ商会の周りも落ち着いているだろうし、繁華街に行っても問題ないはずだ。ギルドでクラッグ・エイプの素材を換金しないとな……


 本当は以前渡されていた生活費の残りと、今日オブレド伯爵に貰った生活費を合わせれば全く問題ないが……できるだけ自立した生活は継続したい。


「何の本を選んだんだ?」

「今まで火魔法を全然使ってなかったから火魔法の入門書と、ダリードに居た時は死ぬまで王都になんて行く機会がないと思ってたから……全然王都の事が分からないから観光案内書を選んだんだ」

「もう少し、娯楽目的の本を選んでも――」

「両方とも、読みたい本だから!」


 ――王都に行くことについて考えてくれているみたいだが……無理だけはして欲しくないな。

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