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第112話 約束

「それじゃあデミトリが狙われなくなったら、一緒にいてくれるって約束してくれるんですね?」


 ――それこそ開戦派の貴族と教会関係者を根絶やしにしない限り、無理な話だ……


「約束してください」


 ヴァネッサが繋いでいない方の手で拳を作り、小指を立てながらこちらに差し出す。


 ――達成できないと思うが……それができたらという条件付きなら、約束しても問題ないか。


 ヴァネッサの差し出した小指に、自分の小指を絡ませる。


「約束する」

「やった! じゃあ、一緒に本屋に行きましょう」


 何事もなかったかのように歩き出したヴァネッサに引き連れられ、先程からの変わり様に困惑する。


 ――父親の件もあるし、隷属魔法から解放されてまだ間もない……想像していた以上に、ヴァネッサの心の傷は深いのかもしれない……


 バレスタの件が片付いた後も、ヴァネッサが安定するまでしばらくは依頼を受けるのは控えるべきだろうか。


 ――エスペランザから届けられたクラッグ・エイプの素材を冒険者ギルドで売れば、渡されていた生活費の残りと合わせて金銭面は当分なんとかなると思うが……


 頭の中で懐事情を整理しながら、周囲を見渡して違和感に気付く。


 ――魔力が暴走していたのに、周囲の人間になぜ影響が出ていないんだ……? それよりも!


「ヴァネッサ!」

「はい!?」

「さっき、魔力が暴走していたが体調は大丈夫なのか!?」

「私、魔力暴走してたんですか……?」


 ――自覚が無かったのか!?


 心配になり、ヴァネッサを引き留めて路地に入った。手首に指を当て脈を確認した後、ヴァネッサの瞳を確認する。


 ――目の焦点も合っているし、呼吸も心拍も乱れていないな……


「デミトリ?」


 ――ヴァシアの森で魔力が暴走した時、俺は魔力が枯渇して瀕死になった。本当に大丈夫なのか……?


「すまない……本当に無理をしてないか? 問題ないならいいんだ……」

「逆に、疲れてませんか?」


 頬に手を添えられ、深紅の瞳に見つめられる。


「俺は大丈夫だ。ヴァネッサの体調さえ良ければ、それでいいんだ」

「……実は、少しだけ疲れちゃいました」

「気づかなくてすまない! 本屋にはまた別日に行こう」


 ――元気そうに振舞っていても、無理をさせていたみたいだな。


 考えてみればほぼ魔力を扱えないのに、短い間隔でヴァネッサは二度魔力暴走を起こしている。平気なはずがなかった。


 路地から出て大通りに戻ると、流石商業区と言うべきか路傍には何台か辻馬車が停まっている。ヴァネッサの手を引きながら、一台の辻馬車の横に移動する。


「こんにちは! 乗って行くかい?」

「ああ、南区のパティオ・ヴェルデという宿までお願いしたいんだが、場所は分かるか?」

「任せてくれ! ここから南区までだと駄賃は四千ゼルになるけどいいかい?」

「遠いし往復も面倒だろう、気持ち程度だが受け取ってくれ」


 御者に五千ゼル渡すと、満面の笑みで御者台から飛び降り屋形の扉を開いてくれた。


「快適な旅を約束するよ!」

「それはありがたい」

「あの、そこまで疲れてないですよ?」


 先に馬車に乗り込んで、少し戸惑っている様子のヴァネッサの手を引きながら屋形に引き入れると御者が扉を閉めた。席について程なくして、辻馬車が動き出す。


「俺の配慮が足りなかった。これから宿で缶詰になるなら、本の一冊でもないと手持無沙汰になると思っていたが……それ以前に体調を万全にするのを優先するべきだった」

「心配を掛けてすみません……」

「良いんだ、辻馬車に乗った事がなかったしいい機会だ」

「デミトリも乗った事がなかったんですね! 一緒に初めて乗れてうれしいです」


 ヴァネッサが嬉しそうに笑うと、流れて行く景色をきらきらとした目で眺め始めた。強がっているわけではなさそうだが、どうしても無理をしていないのか心配になる。


 様子を伺っていたのに気づいたのか、ヴァネッサが振り向き視線が交わう。


「今日は楽しかったです。また、一緒にカフェに行っても良いですか?」

「今度、本屋に行く時にもう一回行こう」

「ありがとうございます!」


 ――予定を大幅に切り上げて宿に戻ることになったが、ヴァネッサは本当に本心から楽しめていたのだろうか……


 昨晩ヴァネッサにも伝えたが、無理をして気づかぬ内に疲労だけでなく心労が溜まっている可能性がある。


「ちょっとだけ、肩を借りても良いですか?」

「構わないが……?」


 ヴァネッサが肩に頭を乗せながら、身を預けてくる。


 ――やはり、かなり無理をしていたんだな……


「……デミトリ」

「どうした?」

「二人で話す時は、敬語じゃなくてもいいですか?」


 ――魔力が暴走していた時口調が変わっていたが、自覚はなかったのか?


「二人で話す時に限らず、楽な話し方でいいぞ?」

「二人きりの時だけでいいの……出来れば、デミトリにも砕けた話し方をして欲しいんだけど……」

「これ以外の話し方が、分からないんだが……」

「前世でもそういう話し方だったの?」

「いや……」


 ――唯一はっきりと覚えているのは、転生直前の記憶だが……


「少しだけ覚えているが、あまり……好ましい口調ではなかったな……」

「自分の事なのに、変なの。聞かせて欲しいな」


 少ない記憶を頼りに、ヴァネッサの願いに応える。


「……こんな感じ、だったと思うけどあまり記憶がないから……これで合ってるか自信がない……」


 クスクスとヴァネッサが鈴のような声で笑う。記憶を頼りに話し方を変えていたのでかなりぎこちない話し方になってしまった。


「ごめんね? いつもと違いすぎて」

「……普段通りの方がいいだろう?」

「私はどっちの話し方も好きだけど、二人きりの時はたまにそうやって話してほしいな」

「……善処する」

「約束だよ?」


 返答を待たずに、ヴァネッサが繋いでいる手の小指を絡める。


「……俺がこんな話し方をしてたら、異世界人だってばれそうだから……外では、いつも通りでいいよな?」

「私もそうしたほうがいいと思う……二人だけの秘密だね」

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