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第109話 アヴィラ工房

「私がシャワーを浴びる時、タオルの事を『手拭い」って言ってましたよね? びんたの事も平手打ちって言ってましたし……物の名称だけじゃなくて口調もそうなんですけど、かなり気を付けてませんか?」


 ――考えたことも無かったな……


「意識した事はないな……俺の場合、前世の記憶が酷くぼんやりしていて断片的な事しか思い出せない。この世界に生を受けてから過ごした記憶の方が鮮明で、特段言葉遣いを気を付けている訳ではないんだが……」

「無理をしてないんだったら良いんです……この世界、タオルは手拭いって言うのにジョッキとかコップは水呑みって呼ばないじゃないですか? 冒険者ギルドや商会ギルドも組合って呼ばないですし……横文字を使うかどうか規則性がなくて、私はかなり意識しないと間違えちゃう事があるんです」


 ――前世の記憶があるからこそだな……ヴァネッサの前世については聞かないようにしているが……


 『前世は満足に生きられなかったから……今度こそ精一杯生きるって決めていたのに!!』


 あの日酒場で聞いた、ヴァネッサの悲痛な叫びを思い出す。確実に、不用意に踏み込んで良い領域ではない。


「……そこまで、気にする必要はないと思うが」

「二人で話す時は良いんです、でも今後の事を考えると直さないとだめだと思うんです」


 歩行者とすれ違い、一瞬会話を止めてからヴァネッサが小声で囁く。


「絶対に、私達が転生者だってばれない方が良いと思います。多分、ばれたら異世界から来た人との接触が増えると思うんです」

「一度ばれてしまったら、他の転生者から接触される可能性はどうしても上がるだろうな……セイジの件で、心配しているのか?」

「セイジもそうですし、話を聞いただけですけどカズマも……転生者の私と関わって迷惑を掛けてるデミトリに言うのもなんですけど、異世界から来た人と関わるとトラブルに巻き込まれる可能性が高いです」


 自嘲気味にそう言いながら、ヴァネッサが項垂れる。


「……確かに面倒事が少し増えたかもしれないが、元々俺の人生は面倒事ばかりだ。ヴァネッサの事を迷惑だとは思ってないから、気にしなくて良い」


 あまり気の利いた事は言えなかったが、ヴァネッサは少し元気が出たみたいなので大丈夫だと思いたい。話ながら街の中央の公園までたどり着き、そのまま外周を周りながら北区に繋がる大通りを目指す。


「転生者だってばれないために……出来ればで良いんですけど、私の言葉遣いがおかしいと思ったら指摘して欲しいんです」

「難しいな……俺はヴィーダ出身じゃない上、ガナディアではほぼ人と話さなかった。言葉遣いがおかしいのかどうか、判断出来る自信が無い。例えば、さっき『トラブル』と言っていたがヴィーダでは普通に問題の事をそう言うのか?」

「多分……酒場の客が使ってるのを聞いた事があるので、一般的に使われてる言葉だと思うんですけど……もしかして違うんでしょうか?」

「どうだろうな……酒場の客層は荒くれ者が多いと言っていたな? 考えてみると貴族階級や平民、荒くれ者、犯罪者……それこそ国毎にも言い回しに違いがあるなら何が正解か益々分からなくなるな……」


 その後もヴァネッサと一緒に異世界人しか使わない単語について話しながら商業区に辿り着き、最初の目的地に到着した。薬屋の扉を開くと、カウンターにもたれ掛かっている店員が気だるげに挨拶してきた。


「デミトリ君じゃない……」

「ポーションを買いたいんだが」


 ――今更だが、ポーションも回復薬と呼ばないんだな……解毒薬はそのままなのに……


「高級ポーションを買った時も驚いたけど、わざわざギルドの売店じゃなくてうちにポーションを買いにくるなんて本当に変わってるわね。そちらは彼女さん?」


 眉間にしわを寄せながら、店員がヴァネッサと繋いでいる手を凝視している。


「ちが――」

「デミトリ君、メリシアに来てそんなに経ってないわよね? 髪を切ったほうが良いって助言したお姉さんを差し置いて、すぐに恋人を作るのは話が違うんじゃない??」


 ――やはり、あれは遠回しに髪を切りに行けと言っていたんだな……


「彼女さんとは初めましてよね? アヴィラ工房へようこそ。私は店番をしている寂しい一人身のラーラよ」

「えっと、ヴァネッサです」


 以前来た時と比べて、明らかにラーラの様子がおかしい。


「大丈夫か……?」

「ぜーんぜん大丈夫よ! 片思いしてた幼馴染が急に結婚するって、おめでたい報せが来て絶望してただけだから!」


 ――全然大丈夫ではなさそうだが……


 ラーラの神経をこれ以上逆撫でしたくないのでヴァネッサの手を離そうとするが、力強く握られて手を離せない。


「今更手を離したら、逆効果です。余計拗れます」

「そういう物なのか……?」

「ヒュー、今のを聞いて耳元で囁き合うなんて熱々ね!」


 ――余計火に油を注いでいる気がするが……


 怒っているわけではなさそうだが良く分からない情緒のラーラに対して、どう対応すればいいのか分からない。取り敢えず、目的を果たして店を去ろうと思い改めて希望の品をラーラに伝える。


「色々と……忙しそうな所申し訳ないが、中級ポーションを一本買いたい」

「いいわよ、どうせ私は薬屋の店番としてしか求められないんだ……」

「そう言うわけじゃ――」


 発言を終える前にラーラがカウンターを離れ、店の奥に消えて行ってしまった。どうすればいいのか分からず立ち尽くしていると、ヴァネッサがカウンターの上のくしゃくしゃになった紙と封筒に注目した。

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