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第106話 狂気に抗う者

 ヴァネッサへの共有は結局夕食時までには終わらず、一度休憩を挟むはめになった。食堂で夕食を取り、部屋に戻りヴァネッサに出会うまでの共有を終えた頃にはすっかり夜も更けていた。


 昨晩から二日酔いの状態で動き回り、二人共気持ちが悪かったので話し合いを終えた後お互いシャワーを浴びる事にした。先にシャワーを浴びるヴァネッサを待ちながら、窓から見える満月を見つめる。


 ――とうとう教会も動き出したか……


 セイジに詳細を共有せずに俺と接触させたのは、足が付かない形でちょっかいを出したかったからだろう。とは言え憲兵を待たずにセイジを制圧していたら、教会の関係者がセイジの身元請負人としてでしゃばって来ていたかもしれない。


 ――あの後セイジがどうなったか知らないが、俺がセイジを襲ったと難癖をつけて接触してくる可能性も無くはないな……


 街の住民からの通報が入っていて目撃者が多数いるので、そんな事はしないとは思いたい。ただ、同じような手で何回もちょっかいを出され続けたら流石に憲兵も俺を怪しみ始める可能性がある。


 ――宿もばれている上、俺とセイジの接点を知っていたと言う事は俺を監視しているんだろうな。


 直接手を出してこないのは、俺が聖騎士達を返り討ちにしたからだろうか? セイジを差し向けたのは上手く行かない事が前提で、俺がどんな能力を持っているのか探っていたのだろうか。聖騎士を倒した方法を確認する機会を作りたかっただけなのかもしれない。


 ――もしかすると、あの野次馬の中に教会の手の者が混じっていたのかもしれないな……


 窓の縁を握りしめながら、焦る心を何とか落ち着かせようとする。冒険者ギルドの依頼を受ける時も、自分の手札をなるべく明かさないよう極力魔法は使わないようにしている。もし教会や開戦派に俺が身体強化と水魔法しか使えず、異能を使えないことがばれてしまったら本格的に刺客を送り込まれ始めるかもしれない。


 ――俺はここから離れられないのに……八方塞がりだな。万が一亡命中の身でメリシアを逃げ出したら……その時は大義名分を得た開戦派の貴族に捕まってしまうだろう。


 深いため息を吐きながら、月明かりに照らされた通りを見下ろす。夜も更けて人通りはほぼないが、遠目に見える酔っぱらった男女が目につく。


 ――この距離からでも、やろうと思えば殺せるな……


 今まで抑えてきた、昏い感情が徐々に湧き上がってくる。水球だけではない。水の檻に捉えて溺死させることも、体内に水を入れて痕跡なく殺す事もできる


 ――後手後手に回る位なら、いっその事こちらから教会の関係者を――


「デミトリ」


 振り向くと、ヴァネッサが手拭いで髪の毛を乾かしながらこちらの様子を伺っている。今日マルタの古着屋で買った寝巻に身を包みながら、隣まで歩み寄ってきた。


「お次どうぞ?」

「ああ……」


 短く返事をして、シャワー室に入る。敢えて冷水を浴びながら、危険な方向に振り切れそうになっていた思考を無理やり押さえ込む。


 ――自分を見失うな……


 倫理観を捨て去って合理的に敵を排除するためだけに動けば、結果的に生き残れるかもしれないが人として死んでしまう。


 ――目的のためなら何をしても良い、誰を傷付けても良い……そんな事をしたら、あいつらと何も変わらない。同じところに堕ちたら、意味がない。


 それでも、危険を排除したほうが楽だという囁きが心の中で反響する。相手が好き勝手するのに、自分だけ我慢しても意味なんてない。相手と同じところに堕ちるわけじゃない、地を這うゴミを駆除してるだけで、なにも間違ったことなんてしていないという考えが脳裏にこびりついて離れない。


 ――どうすればいいんだ……


 考えがまとまらないまま、シャワーを終え寝巻に使っている使い古したチュニックと麻のズボンを履いた。シャワー室から出ると、ヴァネッサが寝台に腰を掛けていた。


「あの、今日は色々と話してくれてありがとうございました」

「……こちらこそ、聞いてくれてありがとう……ずっと一人で抱えていたから、少し気が楽になった」


 お世辞ではなく、本当にそう思っている。自分の境遇を理解できる人間が、全て聞いた上で俺のやろうとしていることを否定しなかっただけでも救いになった。


「絶対に生き延びて目的を達成しましょう!」

「そうだな……そうしたいな……」

「デミトリ?」


 ――今の精神状態では、まともに会話できそうにもないな……


「……すまない、少し疲れてしまったみたいだ」

「そうですね、もう遅いし寝ましょう」


 ソファに横になると、頭上にずいっとヴァネッサの顔が現れた。


「何をしてるんですか?」

「寝ようと――」

「デミトリは、ずっと周りを警戒してますよね?」


 ――いきなり何を……


「そんな大した事は――」

「窓と扉に薄い水の膜が張ってあるし、よくよく考えてみたら移動中もずっと警戒しながら魔法を使ってました。昨日あれだけ魔法を使って、今日は二日酔いで疲れているのにも関わらずです」


 ――かなり魔力制御に自信があるんだが、気づいていたのか。

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