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第104話 都合の良い世界

「すまないが、部屋に戻っていてくれないか?」

「でも……」

「あの通り、関わると厄介だ。店主に迷惑を掛けたくないから俺は受付に向かうが……確実に面倒くさい事になる。出来れば巻き込みたくない」

「分かりま――」

「やっぱりいるじゃないですか!!!」

「ちょっと、お客様じゃないのに勝手に中に入られると困るよ!」


 セイジが物凄い勢いで店主の制止を無視しながらずかずかと階段を登ってくる。


「デニスさん! 僕と……」


 何かを言いかけたセイジが、ヴァネッサを見て止まる。


「なんでモブがこんな可愛い子と一緒に……待てよ!? 僕と出会わせるためか! でも吊り目かぁ……髪色が銀なのも白髪みたいで好みじゃないけど……まぁスタイルも良いし、髪は染め直してもらえば許容範囲か! やっぱりこいつと出会ったのはフラグで――」


 ぶつぶつと早口で失礼な事を言いながら、気持ちの悪い妄想を垂れ流しているセイジは初めて出会った時と比べかなりやつれていた。服も薄汚れていて、満足に睡眠を取れていないのか目の下にははっきりとした隈ができている。


 独り言を続けながらセイジがヴァネッサに近づこうとしたので、間に立った。ヴァネッサもセイジの異様な雰囲気を察して、ぴたりと俺の背後につく。


「邪魔……はじめまして、僕はセイジって言います! 君は?」


 苛立ちを隠せない様子で歪な笑顔を浮かべながら、セイジが俺越しにヴァネッサに話しかけた。


「俺に用があったんじゃないのか?」

「……デニスさん、自己紹介ぐらいさせてくれてもいいじゃないですか!」

「店主の迷惑になる、取り敢えず宿を出ないか?」

「くそ……分かりました」


 俺の背後にいるヴァネッサをもう一度見ようと、セイジが後ろを向きながら階段を降りて行く。


「……前を見ないと危ないぞ」


 一瞬こちらを睨んでから、セイジが前を向いて階段を降りて行った。


「部屋に戻ります……」

「そうしてくれ……」


 ヴァネッサと別れて、一階の受付で店主の様子を確認する。先に宿を出て行ったセイジの方を見ながら、疲れた表情で自慢の髭を弄っていた。


「迷惑を掛けてしまって、すみません……」

「デミトリ君のせいじゃないのは分かっているよ。申し訳ないんだけども……彼に出禁にしたから次パティオ・ヴェルデに来たら衛兵に通報するって伝えてもらってもいいかな?」

「分かりました……」


 重い足取りでセイジが開け放ったままの宿の扉をくぐり、閉めてから通りの脇に立っていたセイジに歩み寄る。


「ちょっと、何一人で来てるんだよ……あの子はどこですか!?」

「セイジ、店主からの伝言だがお前は出禁だ。次パティオ・ヴェルデに来たら衛兵に通報される、ここにはもう来ない方がいい」

「なんでそんな勝手な――」

「店主の店だから、客を出禁にするのも店主の勝手だろう」

「どいつもこいつも僕を馬鹿にして……」


 怒り狂っているセイジを見ながら、違和感を感じる。


 ――前は怒ったら、すぐに魔力が乱れていた……


 嫌な予感がして、静かに身体強化を発動する。ヴァネッサにはああ言ったが、こんな短期間で魔力を完全に制御出来るようになれたとは思えない。


「デニス……デニスさんも僕を馬鹿にするんですね?」

「俺はそんな事していないが――」

「だったらなんで僕を助けないんだよ!? あの時出会ったんだから、師匠枠じゃなくてもお助けキャラなんでしょ!?」

「……何を言っているのか良く分からないが……俺はお前に助けを求められてもいないし、お願いされたとしても自分の事で手一杯だ」

「ふざけるな、お前の事情なんてどうでも良いんだよ!!」


 ――完全に我を失っているな。


 周りに野次馬で人だかりが出来ている事にも気づかず、セイジが喚き続ける。


「この世界は僕のためにあるんだ! 僕にとって都合の良いように動けよ!! モブが何勘違いしてるんだよ……主人公の思い通りになるようにモブはモブらしくしろよ!!!」


 周囲で見ている人達がどよめく。彼等にとって聞き慣れない単語も多いはずだが、セイジの言っている事のおかしさは十分理解できたようだ。


「あれ、噂の浮浪者じゃない?」

「頭がおかしいんじゃないの」

「誰か、衛兵を呼んでくれ!」

「この前食い逃げしてた野郎じゃねぇか」


 ――いったい何をしているんだ……


 薬屋の前で見たのを最後にセイジの消息は不明だったが、街ではそれなりに噂になっていたらしい。ようやく注目されている事に気づき、セイジが更に興奮していく。


「だまれ、馬鹿にするな!! モブの癖に、どいつもこいつも……!!」


 懐に手を突っ込み、セイジが毒々しい色の液体が入った硝子の瓶を取り出し周囲に見せつける。


「僕がこの瓶を割ったら、お前ら全員毒に苦しんで死ぬんだぞ!?」

「やっぱりやべぇ奴だ、皆逃げろ! 衛兵を早く呼べ!」


 散り散りに去って行く住民達を見ながら、満足そうに笑みを浮かべるセイジに呆れる。


「そんな事をしたら、自分も死ぬんじゃないか?」

「ふふっ、僕に授けられた新しい異能があれば問題ないよ。僕は最強なんだ! 選ばれた人間なんだ!!」


 ――魔力の乱れを感じなかった謎が解けたな……


 どういう経緯でそうなったのか分からないが、魔力と引き換えに異能を手に入れた可能性が高い。


「……教会の世話になるなんて、意外と信心深いんだな」

「知ってるってことはやっぱり物語を動かす系のモブじゃん……デニスさんの言う通りだよ! 薬神から授かった調合の異能と、教会で手に入れた毒無効の異能。この二つがあれば僕は誰にも負けない!」


 雑に鎌をかけたのに、セイジは聞いてもいない情報までぺらぺらと話し出した。


「……なら、俺の助けも必要ないんじゃないか?」

「なんでか知らないけど、教会の人がデニスさんと会いたがってるから一緒に来てよ」

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