表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/477

第102話 紫焔

 二人部屋なら、当然今の部屋よりも宿泊費が高いはずだ。頭の中で掛かる宿代を概算していると、ヴァネッサが店主と話し始めた。


「二人部屋は、今デミトリが泊まっている部屋よりも宿泊費が高くなりますか?」

「そうだね、一晩一万五千ゼルになるから一人部屋を一人ずつ使うよりも二人で泊まった方が少しお得なんだけどね」

「もしも今の部屋から二人部屋に変えたら、もうお支払いしてる宿泊費はどうなりますか?」

「一人部屋は人気ですぐ埋まるし、二人部屋に変えてくれるなら支払い済みの宿泊費を差し引いた差額分だけ二人部屋の宿泊費を払ってもらえれば大丈夫だよ。同じ期間滞在するなら……デミトリ君は一か月分の宿泊費を前払いしてたから、残りの十二日分の差額は合計で八万四千ゼルだね」


 ヴァネッサがこちらに振り向く。


「デミトリ、どう思いますか?」

「いや、同じ部屋は――」

「服だけでかなりの出費でしたよね? しかも当分依頼を受けられないんですよね?」

「だが――」

「二人部屋でお願いします」

「分かったよ、鍵を準備するからちょっと待っててね」


 店主がカウンター裏で鍵の束をじゃらじゃらと弄る様子を眺めていると、ヴァネッサが小声で囁いてくる。


「……お金も出さないのに勝手に決めて、ごめんなさい」

「それは良いんだが……無理をしないで欲しい。もう一部屋取れるだけの金は一応――」

「無理をしているのはデミトリさんですよね? 古着屋でも会計の時顔が引きつってましたよ……」


 ――やはり、俺は顔に感情が出やすいんだろうな……


「お待たせしたね、これが部屋のカギだよ。階段を上がって三階だからね」

「ありがとうございます。こちらが差額の宿泊費です」

「毎度ありがとう! 今使ってる部屋の荷物を新しい部屋に移し終えたら鍵を返しに来てくれると助かるよ。後、今夜の夕食はウェルド・ラビットの香草焼きだから、二人共楽しみにしていてね!」


 香草焼きと聞いて、空腹感に襲われる。考えてみれば、昨日から何も食べていない。自分と同時にヴァネッサの腹の虫が情けなく鳴る。


「二人共お腹が空いてそうだね、後数時間の辛抱だから少し待っていてね!」

「「はい……」」





――――――――





 少ない荷物を二階の部屋から新しく取った三階の二人部屋に移して、二階の部屋の鍵を返却した。沈み始めた夕日の光で紅色に染まった二人部屋の中、ヴァネッサと備え付けのソファに座った。


 ――流石に何か食べないといけないな……


 収納鞄から干し肉を取り出して、半分ヴァネッサに渡す。


「ありがとうございます……」


 静寂に包まれていた部屋の中、二人して無言で干し肉を食べた。飲み物があった方が良いと思い、収納鞄に手を伸ばしたタイミングでヴァネッサから声を掛けられる。


「これから、どうしますか?」

「取り敢えずはバレスタの件が片付くまでは宿で待機だな。ニルがここに来た時に不在だと悪いし、俺は憲兵に参考人として呼ばれる可能性もあるから身動きが取れない」

「そうですか……」


 ――今後について見通しが立っていない上、見知らぬ男と急に寝泊まりするはめになったんだ。不安で当然だな……


「……ヴァネッサは、今後どうしたい?」

「私は……妙なことに巻き込まれずに、静かに暮らしたいです……」

「それは、お互い様だな……ヴァネッサの場合、ニルから精神魔法の使い方を教わって保護対象では無くなるのが当分の目標だな」

「魔法を使いこなせるようになるのに、どれぐらい掛かると思いますか……?」


 不安そうにヴァネッサが両手を見つめている。数年間、それこそ父の元を離れた後も独学で何とかしようとしていたはずだ。今更誰かに指導を受けても、自分が魔法を使いこなせる未来を思い描けなくても無理はない。


「……質問に質問を返してしまって悪いが、記憶を取り戻すまではあまり魔力量は多くないと言っていたな?」

「はい」


 ――前世の記憶を取り戻した時に魔力量が増えたのは、俺と一緒だな。


「精神魔法以外の魔法は使えるのか?」

「火魔法をちょっとだけ使えます。父には危ないから絶対に人前で使っちゃダメと言われていたので、ほぼ使ったことがないですが……」

「見せてもらっても良いか?」


 ヴァネッサが右手の掌の上に、小さな炎を灯した。美しく揺らぐ紫焔に、釘付けになりそうになり慌てて視線を逸らす。


「解除してもらってもいいか?」

「……? 解除しました」


 再びヴァネッサの手を見ると、炎は消えていた。


 ――危険だから人前では魔法を使うなと言っていた位だ。ヴァネッサの父は、彼女が前世の記憶を取り戻す前から彼女の魔力の性質に気づいていたのかもしれないな……


「ヴァネッサの使う火魔法も、魅了魔法の影響を受けているみたいだ」

「そんな……」

「俺も、理由は良く分からないが体から魔力が出た瞬間水に変わる。ヴァネッサの場合、魔力自体が魅了魔法の性質を持っているのかもしれない」


 判明した事実に、ヴァネッサがあからさまに肩を落とす。


「あくまで俺の推測だ、でもなんとかなりそうで良かったじゃないか! 質問に答えるが、魔法が制御できるようになるまでそう長く掛からないと思う」

「え、どういうことですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ