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第10話 カテリナの日記

 ――最悪な目覚めだな……


 強烈な空腹感と喉の渇き、そして眩暈を伴う頭痛を感じながら目が覚めた。

 瞼を開けると、右目に特徴的な傷を負った白骨死体と見つめ合っていた。


 溜息を吐きながら、視線を逸らす。


 野営地を逃げ出してからどれ程の時間が経ったのかは分からないが、今まで逃げることに必死すぎて腹を満たす事が頭からすっぽり抜け落ちてしまっていた。


 壁に背を預ける姿勢に移って座りながら、鞄にしまっていた皮袋と堅パンを取り出した。


 ――死体の横で食事か……構わず寝ていた時点で今更かもしれないが……


 死体の傍で飲み食いする事に忌避感を抱ける程度には、寝たことによって精神的な余裕を取り戻せたようだ。居た堪れない気持ちになりながら、堅パンを咀嚼してから水で胃の中に流し込んだ。


 質素な食事を終えて、傍らのローブの死体と同じ体育座りの姿勢で思い耽る。


 ――どうしてこんな目に……


 素朴な疑問が脳裏に浮かぶ。この世界に生を受けて十七年、虐げられた記憶しかない。前世の記憶を思い出してからは、今までの過酷さに輪をかけて状況が悪くなっていくばかり。


 ――前世に呪われるようなことでもしたのか?


 記憶は朧げだが、別に前世の自分は今世で贖罪をしなくてはならないような極悪人ではなかったはずだ。この世界で過ごした期間も、生き残るために仕方がなく食料やポーションを盗んだが人の道は踏み外したつもりはない……


 『今回は運が悪かったと思って諦めて。可愛そうだけど来世で頑張って』


 前世の記憶が途切れる直前、何者かによって言われた言葉が脳内で何度も再生される。


 ――運が悪かったと思え、か……あの口ぶりから俺自身が何かをしたわけでもないのだろうが、今までの境遇とあの声の主達が全くの無関係とも思えないな……


 ガナディア王国の国教は命神教と呼ばれている。


 命神教の主神ディアガーナに仕えていると言っていた、ピィソシットとクーラップを自称していた存在。デミトリとして歩んできた人生の不幸に、少なからず彼らが関与していたのではないかという強い疑念が湧いてくる。


 元々戦士としての資質がイゴールと比べて低いと思われていたため幼少の頃より冷遇されていたが、自分の扱いが本格的に悪くなったきっかけは十歳の時に執り行われた鑑定の儀だ。


 その場で魔法を使えない事、魔力量が少ない事、そして女神ディアガーナの加護を授かっていないことが判明した。


 仮に加護を授かっていたとしても扱いは特段良くならなかったと思うが、加護を持っていない事が大問題だった。


 ガナディア王国民は例外なく生まれた時に女神ディアガーナの加護を授かる。他国からガナディアに移住してきた者の子でも、生まれがガナディアなら等しく加護を授かる。


 貴族であっても平民であってもそれは変わらない。ガナディアに生まれた者であれば必ず授かっているはずの加護を自分は持っていなかったのだ。


 当然ボリスは憤慨した。


 加護が授けられる法則的にあり得ない話なのだが、亡き母の不貞をも疑った。俺が加護を授かっていないことが広まらないよう箝口令が敷かれ、あの日から俺の扱いは以前とは比べられないほど悪くなっていった。


『あぁ、ピィソの奴本当にやっちゃったんだぁ。大丈夫なのかなぁ』


『せっかくディア様がぜーんぶ御膳立てしてくれてんだから、変なアレンジなんか絶対にしない方が良いと思うんだけどなぁ。キミも災難だったねぇ』


 ――まさか意図的に加護を授けられなかったのか……?


 何をどうアレンジしたのかは分からない。ただピィソシットと呼ばれていた存在が実行した何かに自分は巻き込まれ、加護を授けられないまま転生させられたと考えると辻褄が合う。


 ――災難だとか、運が悪かったと諦めろだとか、加護がないせいでどんな目に合うのか分かっていて……


 加護がない自分をまるで人間以下の様に扱ってきたボリスやイゴール、そしてそれに追従して悪意を向けてきたグラードフ領の人間。泉のように湧いてくるこれまでの理不尽の記憶と怒りで思考が取っ散らかっていく。


 ――クソ!!


 自分の中で渦巻く負の感情を拳に乗せて地面に叩きつけた。


 ボスッ


 音の方向に目を凝らすと、ローブの死体の横で何かが倒れている。


 ――本?


 疑問に思いつつ、確認するために近づく。


 ――この際だから、ついでに死体の装備も確認しておこう……


 意味がないと思いつつ両手を合わせてから、死体を漁った。





――――――――





 そっと手にしていた本を閉じて脇に置き、遺品に含まれていたランプの明かりを消してから両手で頭を抱える。


 本だと思っていたのはローブの遺体、カテリナと言う名の魔法使いの日記だった。日記の内容から察するに、目元の傷が特徴的な軽装の遺体は彼女の仲間、ヴィセンテという名の剣士のものだった。

 他人の日記を読むのは気が引けたが、彼らがここまで来た道を逆に辿ればこの地下の出口に辿り着けるかもしれない。申し訳なさを感じながらも、生き残るために日記を読み進めたのだが……


 ――読まなければよかった……


 日記に記されていたのは、読んだだけで具合が悪くなるような暗くて重い内容だった。

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