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魔女の愛弟子  作者: 井川林檎
第六部 ~閑話~ブレーメンの音楽隊
50/77

墓参

美しい川と、どこまでも続く芝生公園。

平和なその街で、ゴルデンが突然姿を消した。

上流に向かう連絡船に乗り、ゴルデンを追うペル。そこここに落ちているゴルデンの思考の残渣を拾い上げ、ペルは不安定に心を揺らす。

その2 墓参


 大きな川が、その街の中央に流れている。

 この街では、乗合馬車よりも、連絡船のほうがよく使われる。街の最上流から最下流まで、いくつかの渡し場があり、順に停まっては客を乗せたり降ろしたりする。

 黄のペンキに赤のラインが引かれた目立つ小舟が、ぽんぽんと蒸気の音を立て、ゆっくりと上流へのぼるのを、わたしは見ていた。

 河原はちょっとした公園のようになっており、子供や若者が寝転がったり、走り回ったりして遊んでいる。

 

 この街には、とりたてて用はない。

 師の手がかりもなければ、契約成立しそうな「依頼」もないようだ。なによりも、魔法とは無縁の地である。

 これほどまでに、現実ばかりを見ている人々を、わたしは知らない。

 (魔女のいる場所ではない……)

 芝生に倒れ込み、空を見上げると、純白の雲がゆっくりと流れた。土のにおいがする。

 小さな音を立てて羽虫が飛びたち、目を細めたくなる程青い空に消えた。


 手回しオルガンの音が流れてくる。

 河原の芝生では、様々な余興が行われており、時折子供たちの歓声が聞かれる。大道芸も突発的に披露されるようだ。近い場所では、ギターの弾き語りが行われており、奇妙にものかなしい曲を流していた。

 あちこちで小銭が空き缶に投げ込まれる音も微かに聞こえる。

 現実的な街の中で、非現実的な夢を見る者たちが己の芸を披露する場所――。



 ゴルデンの姿が、見当たらない。

 わたしは少し眠っていたようだ。その間に彼は姿を消した。

 眩しい程の青空を目を細めてにらみながら、わたしは彼の気配を追った。

 ……川の方である。

 空の日差しを反射させ、無数の光の粒を散らせている川の流れに沿い、紫水晶の気配は遠のいている。

 

 ぽんぽんと蒸気の音が聞かれた。

 ……黄のペンキに赤のラインが入った鮮やかな小型連絡船が、川を下っていく映像が、ふわりと浮かんだ。

 


 東の大魔女が何を思って連絡船に乗り込んだのかは分からない。

 彼は、はっきりと目的を持ってそれに乗り込み、最初からわたしを伴うつもりがなかった。彼の思考のブロックは緩く、簡単に垣間見ることができたのである。

 今彼の思考の中に、わたしの存在は欠片ほどもない。

 彼が考えているのは――。


 (おにいちゃん……)


 船着き場の方で、赤と白の縞柄の屋根をつけた、車付きの屋台が見えた。

 アイスクリーム売り場であろう。

 わたしはゆっくりと立ち上がると、体に着いた草や土を払ったのだった。



 陽光を乱反射する水面は常に揺れており、鎮まることを知らない。

 切符を買い、連絡船に乗り込んだわたしは、デッキから景色を眺めた。

 平和な、という言葉がこれほど似合う情景はない。青空には雲が浮かび、ゆっくりと流れている。

 上流へ進む船から眺める川岸の芝生公園では、家族連れや若者たちが点在し、走り回ったり、くつろいだり思い思いに過ごしている。

 そんな人々の間に、大道芸や音楽家の卵たちが己の芸を披露しているのだった。


 芝生広場は、川辺を延々と続いていた。

 

 ポンポンポンポン……。


 

 (ゴルデン……)


 わたしは頬杖をついて川の流れに目を落とした。

 上流へのぼるこのルートは、彼が辿った道と同じはずだ。魔法の目を凝らし、耳を澄まして、彼の残渣を読み取ろうとする。

 すると、川の流れに沿うように、色あせた映像が途切れ途切れに浮かんでは消えた。まるで泡のように。


 (おにいちゃん……)


 白い服を纏った、彼に瓜二つの顔の、綺麗な少女。

 豊かな頬にはえくぼが刻まれ、笑顔は愛嬌に満ちていた。ちょうどこの陽光のような、純真で明るい少女……。


 笑顔ばかりだ。

 

 彼女は、双子の兄の前では笑顔しか見せなかったのか。

 それとも――。

 (愛しんでいるのか)

 

 彼女の笑顔を、愛しているから。


 ……。


 上流に進むにつれ、わたしの周囲では色褪せた少女の笑顔の残像が次々に現れ、くるくる舞っては、あぶくのように消えた。そのうちに、鈴を振るような笑い声まで聞こえてくるまでになり、ついにわたしは歯を食いしばって拳を握りしめたのだった。


 (こんなものを、あちこちに取りこぼしてゆくなんて)


 例えようもない痛みを胸に感じた。

 そうして、失った妹のことばかりを考えて、彼は唐突にわたしから離れた。

 わたしは船べりに立ち、黒い外套を風にひるがえしながら水面を眺める彼の姿が目に浮かぶように思えた。

 金の巻き毛が風にあおられ、もしかしたら憂いの表情を浮かべているかもしれない横顔を隠す。

 この、透明に限りなく近い光の乱反射に目をすぼめながら、彼はただ、過去を考え続ける。

 

 (そこに、わたしはいない。いないのだ)


 

 「おにいちゃん、わたしはおにいちゃんのためなら、何にでもなれるの」

 と、彼に瓜二つの少女は笑顔で言った。

 金の髪の毛を跳ね上げる勢いで振り向きながら、陽光のような笑顔で。

 「おにいちゃんのためなら、『世界』にでもなれるの」

 悲壮感など欠片ほどもない、晴れ晴れとした笑顔だ。愛する者の役に立てるという喜びか。


 ……それだけではないだろう。


 わたしには理解できる。今のわたしならば。

 

 少女は人間離れした性質の持ち主だ。非常に純粋ですべてに優しく、あらゆる事象に興味を持ち、なにもかもを理解で包み込もうと努める性質を持っていた。

 我というものが見当たらないのだが、唯一彼女が願ったもの。それが。

 (おにいちゃん……)

 

 ぴたりと、心の外側に冷たい氷の刃を当てられたような心地がした。

 無数にちらつく少女の笑顔の残像の中に、ただひとつ、陰りのあるものを見つけたのだ。

 もちろんそれは他のものと同じく、現われたかと思ったらすぐに消えてしまったのだが、確かにそれは、たくらみのある笑いを浮かべていた。俯いた顔は美しい金の髪の毛で覆われており、歯を見せて笑う口元だけが見えている。


 「おにいちゃんに、わたしを永遠に刻み込むの。絶対にわたしだけを見てほしいから。だからわたしは」



 だから、「世界」になってもいい……。

 だから、「世界」になる……。


 (胸糞が悪い)

 

 清純な姿の中に、たった一つ残る黒い点。それが、兄への執着であろう。

 この執着心は、己を全て犠牲にし、世界を支える立場の彼女には不適なものである。

 わたしはここでようやく、思い当たることができた。

 少女、つまり「世界」をむしばんでいる病の元凶は、これなのだろう。ただ一つの汚点、そこから闇の魔法が侵入し、白い鳥が彼女を侵食し始めたのだ。



 この少女は、はるか過去に西の大魔女――すなわち師と契約を交わしている。

 この契約が、少女の病の引き金になったのか。

 どのような契約だったのかは分からないが、ゴルデンは契約を解除するために、血眼になって師を探しているのだ。


 (なんだ)

 わたしは水面を睨みながら、急につまらなくなった。

 (なんだ……つまりは、この小娘に振り回されているだけではないか?)

 ゴルデンは。


 

 風を受けて前髪が吹き曝される。

 あおられる外套がうるさくなったので、わたしはそれを脱ぎ、ブラウス姿になった。胸元のリボンが顎にあたる。

 目を閉じて、今まで注意を向けていたものから気を逸らすようにする。

 上流へ向かう道のりで、ゴルデンがあちこちにまき散らした下らない記憶など、もう見たくはなかった。


 ふいに人が近づく気配がした。

 わたしの隣に、すらりとした青年が来て、船べりに背中をもたせかけてこちらを覗き込んで来る。

 青のシャツを着た軽装で、いかにも運動好きといったふうである。ハンチングをはすにかぶり、茶色の髪の毛を自然に流していた。

 趣味は悪くない。

 瞬時にわたしはそう思った。

 青年は無遠慮にわたしを覗き込むと、人懐こく歯を見せて笑う。


 「……女の子、だったんだね」


 少々フェミニンなブラウスだからだろうか。

 外套を脱いだわたしが女であることに気づき、声をかけて来たらしい。

 頭二つ分ほど背の高い彼は、余裕のある笑顔でわたしを観察する。わたしは素早く彼の思考を読んだ。


 (……可愛いな)

 と、強烈な思考が飛び込んできて、わたしは思わず相手の顔を凝視した。目が合うと、青年は髪と同じ茶の瞳を輝かせる。


 また、聞こえた。


 (よく見ると、本当に綺麗な子だ。いくつだろう)

 (子供かと思ったけれど、そうでもないみたいだ……)

 (可愛い……)

 (急ぎの用もなさそうだし……)

 (食事でも)


 ここで、ちらっとポケットから懐中時計を出して時刻を見ている。昼をわずかに過ぎており、まだまだ昼食に誘える時間であることを確認し、彼はわたしに目を戻した。

 ハンチングを取り、大きな手を伸ばしながら感じよく彼は言った。


 「僕はアルベルト。君はなんていう名前なの」


 わたしは黙って彼を見上げた。

 一瞬、濃い紫の瞳が過ったが、とがり切った気分の中では、その姿はなんの力も持たなかった。つまりわたしは、非常に気分を害していたのである。


 (勝手に、するがいい)

 

 ここにいない相手に対し心の中で毒づいてから、わたしはアルベルトと喋ってやろうと思った。つまらない気分はどんどん増している。どう紛らわせばよいのか、わたしには分からなかった。


 「ペル」


 とだけ答えると、アルベルトは更に目を輝かせた。差し出した手を握らぬままのわたしに臆することもなく、つと近寄ると、外套を抱えていない側の手を掴んで握りしめた。温かな、大きな手――骨ばって力強い、男の手である。


 「良かったら、次の渡し場で降りて、何か飲まない。君は――ペルは、どこから来たの」


 西から、と短く答えると、わたしはされるがままに手を握られていた。なんの感慨もないが、アルベルトの思考はさらに浮ついたものになる。


 (無関心そうなところがまた……)

 (こんな綺麗な子に、どうして気が付かなかったんだろう)

 (吸い込まれそうな黒い瞳……)

 (どこのお嬢さんかな。後で連絡先を)


 筒抜けである。

 わたしならば、とても耐えきれないだろう。これほどまでに思考を読まれているなど。

 

 (内気な子なのかな)

 (何もしゃべることができないほど、どきどきしているのかもしれない)

 (初めてなんだろう。ここはひとつ、リードしないと……)

 (いや、まてよ)


 表面に出ている表情は、一切変わらなかった。

 だが、漏れ出てくる思考に、黒いものが差し込み始める。興味深く、わたしはそれを見守った。


 (……初心なんだよな)

 (それなら……)


 思いのままじゃないか、と男は確かにそう心で呟き、にたっと笑ったのだった。


 

 ポンポンポンポン……。


 渡し場で我々を降ろすと、黄と赤の連絡船は再び走り出し、更に上流を目指していった。

 アイスクリーム売りが派手な屋台を出しており、忙しそうに客をさばいている。

 子供らが母親にアイスクリームをねだっているのが見える。気が付くと、周囲には色とりどりのアイスクリームを手に持った子供たちが大勢いて、せっせとそれをしゃぶりながら歩いているのだった。


 よく水面が見える場所を選び、芝生の上にわたしを座らせると、アルベルトは側にひざまずいた。何を飲む、と聞いてくるので、ウイスキーと答えると、一瞬、返答に困ったような顔をする。

 

 「面白いことを言うね」


 とか言いながら、足早にアルベルトは飲み物を売る屋台へ向かった。

 ソーダでも飲ませれば良いだろう、それでご機嫌が取れるに違いない。浅い思考でそんなことを考えている。

 

 つまらない気分を持て余して、わたしは水面を眺めた。

 昼過ぎの太陽が更に眩しく水面を照り付けている。乱反射はますます透明で、鋭くなった。

 手回しオルガンの音が風に乗って聞こえてくる。なんとなく眺めると、音楽に合わせて一輪車を漕ぎながら、原色のボールをいくつも投げ上げている男が見えた。大道芸である。

 無名の芸人を、子供と母親が囲んでおり、技が成功すると喝さいが起きた。

 どうしたらそんなに楽しめるのかと怒りを覚えるほど、わたしは今、つまらなかった。

 

 (この退屈さは、病のようだ……)

 心をむしばんでゆく。

 

 「ペール―ちゃん」


 ものすごく明るい声でアルベルトが呼びかけ、冷たい飲み物のカップを頬に付けてきた。

 無言で受け取ると、にっと白い歯を見せて笑い、ほとんど体が触れ合うほど密着した距離に自分も座った。

 流行りのものらしい香水がかおってくる。同時に、その香水を誇っている内心も聞こえてきた。

 

 ばかばかしくて話にならない。だが、奢ってもらったものを断る理由はなかった。

 

 ふいに、肩に腕が回された。頬に息が当たるほど近くに顔がきている。どこかで摘んできたらしい、白い野花をわたしの髪に差しながら、アルベルトは言った。

 「このへんに詳しいから、色々案内するよ……」


 わたしは甘い飲み物を一口飲み、じっとアルベルトを見つめた。

 すると、また色々なことが聴こえてきたが、もういちいち気に留めることはしなかった。聞く値打ちすら感じないものだからだ。耳障りといっても良い程だ。

 ふいに抱かれた肩が強く引き寄せられ、わたしはアルベルトの体に倒れ込んだ。

 「君みたいに綺麗な子は、初めてだ。ペル」

 「……」

 

 わたしが視線で魔法陣を描こうとした時だった。

 ほとんど目に見えないほどの素早さと微かさで、紫の閃光がわたしとアルベルトの間に割ってはいった。

 アルベルトにしてみれば、電気が走ったように感じたのだろう。わっと叫んでわたしから手を引き、我々の間には少し距離が生まれた。

 

 その時わたしは、上品な香りを感じた。アルベルトの香水を完全に押しのける香。

 

 アルベルトは肩をつかまれていた。体格差はあるが、互角以上の目力で、ゴルデンは相手を圧した。

 冷然とした調子で、ゴルデンは言った。


 「こいつには関わらない方がいい。命が惜しければ、な」


 わたしとアルベルトの間に割って入り、無表情にゴルデンは言った。

 アルベルトは理由の分からない恐怖に圧倒され、目を泳がせている。

 アルベルトには構わず、ゴルデンはわたしの腕を掴み、引きずり上げた。そのまま歩き出す。


 手回しオルガンの音が近づいた。

 大道芸を見物する人だかりの横を、ゴルデンは足早に歩く。

 やがてオルガンの音も遠のき、人もまばらになった。わたしはゴルデンに掴まれた腕を振り払った。


 「触るな」

 と言うと、ゴルデンは一瞬眉を吊り上げた。怒りの刃が飛んでくるかと思ったが、そうはならなかった。

 疲れたように溜息をつくと、つくづく呆れたようにわたしを眺める。憐憫のまなざしだった。


 「男を誘惑するな。とんでもないことになる」

 そんなことも、西の大魔女はおまえに教えなかったのか、と、またお決まりの台詞を吐いた。

 むらむらっときて、わたしはゴルデンの胸倉を掴んだ。冷めた表情のまま、ゴルデンはわたしを見下ろす。


 魔女と普通の人間が関わっても、ろくなことにならない。

 人間が魔女に心奪われた場合、人生が狂うことになるだろう。今生だけではない。下手をすれば輪廻全体が狂うだろう。魔法に携わる者に、決してかかわってはならないのだ、人間は。

 (そんなことは分かっている……)


 

 気分がささくれていた。

 一体どうすれば良いのか、見当もつかなかった。

 時折わたしは、このように不安定になる。あの儀式を受けて以来、自分が自分でなくなる時がある。

 (これが女)

 紫の目を見上げながら、わたしは眉をしかめる。やはり、怒りの矛先は目の前のゴルデンに向かう。

 (……なんて、厄介な)


 

 涼しい風が流れてきた。

 ゴルデンは無言でわたしの手を掴んで胸元から離すと、乱れた襟を直した。ちらりと紫の瞳でこちらを射る。

 怒る価値もないということか。


 「……置いていけば、ろくなことをしないだろう」

 と、独り言のように呟くと、ゴルデンはわたしの腕を再び掴んだ。

 来い、と言って早足で歩いてゆく。引きずられるようにわたしは小走りで着いてゆく。


 なだらかな芝生の丘は波打つように続いている。いつか、あの眩しい川面が見えない場所にまできていた。

 青空が見えるばかりである。

 街の建物は、ここから更に向こうにある。ひたすら続く芝生の丘を、我々は歩いた。


 やがて我々は、墓地にたどり着く。

 芝生公園の一角に設けられた、丘の上の墓地公園。よく手入れされた十字架が整然と立ち並んでおり、墓地を取り囲む垣根も真新しくて綺麗だ。

 その墓地からは、光の乱反射する美しい川の流れや、色とりどりの衣服を纏う人々が楽し気に遊ぶ芝生公園の様子が見渡せるのだった。


 ゴルデンは一つの古い十字架の前に立つと、無言でそれを見つめた。

 花もなにもない、殺風景な墓である。

 それでも、よく気が付く管理人に守られているため、墓は綺麗に保たれていた。

 古い、古い墓である。


 ふいにわたしは気づく。


 (妹の――『世界』の――墓か)


 「世界」になった時点で、妹はこの世、我々が今土を踏んで立っている、この世から姿を永遠に消すのである。

 実質上の死だ。

 魂が別の次元で生きているとは言え、それまで聞いていた声は聞こえなくなり、見ていた笑顔は見えなくなる。


 「この街の墓は管理が良くてな」

 昔からだ、と言うと、ゴルデンは外套をひるがえして墓地を出た。

 わたしはその後について歩く。

 


 「……あまり、俺をがっかりさせるな」


 背中を見せたまま、ぼそりとゴルデンが言った。

 芝生が風でざわついた。少し、風が強くなったようだ――。


 ふいにゴルデンは足を止め、屈みこんで何かを取り上げるようなしぐさをした。そして振り向くと、白手袋の手を伸ばし、わたしの髪に触れた。

 軽薄なアルベルトが飾った花が、そのままになっていることにわたしは気づく。

 

 「ふん」

 と、ゴルデンは花を抜き取って眺めると、そのままポイと芝生に投げた。

 代わりに、同じ白い色ではあるが、もっと大ぶりな、形の良い花を差し出し、わたしの耳の上に挟むようにする。

 紫の瞳が吟味するように眺めた。

 わたしは頬が熱くなるように感じ、思わず息を飲む。


 ゴルデンは真顔で凝視し――唐突に頬を膨らまして口に手を当て、横を向いた。

 ……笑いを堪えている。

 わたしは気分を害した。非常に害した。


 (世界の終わりまで、妹に縛られているが良い……)



 ポンポンポンポン……。

 微かに蒸気の音が聞こえてくる。

 

 東行きの汽車は、もうじきだ。

 駅に戻るために、我々はまた、連絡船に乗らねばなるまい。

魔女の愛弟子版ラブコメディです。

こういう話が一つ位あっても良いかと思いましたが、書いていて頭を抱えました。

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