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ゆやの物語  作者: ゆや
20/20

幼馴染だった亡国のお姫様は友達とかじゃなかったけど、

幼馴染の亡国のお姫様は、恨まれて当然の事をして、この村を出て行った。無様に死んで帰ってきたのに、お墓を作りました。

私には幼馴染が居た。

今は居ない。その子は死んでしまったから。







「ザマァ見ろ」

そう幼馴染の墓石に吐き捨てる。

あいつは可笑しくなった。まるで自分が世界の中心、と思い込んでいるところがあった。

幼馴染は女でソフィアというのだが、ソフィアはふわふわの銀糸の髪の、それはそれは美しい女だった。庶民とは思えないほど所作も美しく、洗練されていた気がするし、頭も非常に良かった。

なんでこんな子が庶民なんだろうとはずっと思っていたが、随分昔に亡国となった国の王女様だったらしい。

ソフィアは私達庶民の暮らしに対して何か思う事はあったのだろうが、この生活に文句を言う奴じゃなかった。だけど、ソフィアは成長するにつれて、変わっていく。傲慢な態度を取るようになった。ソフィアを引き取った家族に、「私は庶民ではないのよ」そう言うようになった。国が運営している学園に上がった後、その家族はどれだけ安心した顔を見せた事か。傲慢なだけでは足りず、あの女は暴力まで振るうようになったらしいのだ。その家族の体には火傷痕や内出血などが多く見受けられた。

庶民である私は学園に行く事も、生きているソフィアを見る事なく、死んだソフィアを墓石の下に埋められているのをただ黙って見ていたのが最後だった。

ソフィアが死んで2年が経つだろうか。

「世界はあいも変わらず、何も変わっちゃいない。アンタは何がしたかったの」

いつも喪服に身を包み、誰からも悲しまれる事のない可哀相なソフィアは、何を思い、何を考え、生きていたのだろうか。それすら、もうわからない。何も考えていなかったのかもしれない。

「バーカ。ザマァ見やがれ」

たまにここに来ては、いつものようにそう吐き捨て、その日は帰路に着いた。

家に着くと、家の前にはいつもの騎士が一人、家の玄関前に立っていた。邪魔だから来るなとどれだけ言っても、騎士は聞く耳を持たない。

騎士は、ソフィアが亡くなった2年前から毎日欠かさず、うちに来る。理由は未だに知らない。うちに来ない日は大抵遠征だか、なんだか仕事が入ってて来れないらしい。そういう時は丸一ヶ月程姿を見せない。

「帰って」

「まだ何も言ってないだろ」

「何が目的かは知らない。知る必要もないけど、私があなたと話す内容なんてほぼないと思うけど」

「……っソフィア嬢について…!」

「帰って」

騎士は、ソフィアに聞きたい事があるらしく、毎日やってくる。誰に聞いたのか、ソフィアの幼馴染であった私の元に来る。どうしてかはわからないし、やっぱり知る必要はないと思った。

「毎日来てやる!毎日、ソフィア嬢の事を聞きに!じゃないとこの村の人間やアンタは俺に目すら向けない!」

「アンタね。甲冑着て毎日来られたら、そりゃ遠巻きに見るに決まってるでしょ」

「これは正装だ。それに敵がやってきた時はどうする!」

「敵から逃げていくわ」

こんな感じのやり取りを飽きずに2年続けている。この騎士、帰れと言って、茶番劇を軽くした後にガシャガシャと勝手に帰る。

2年前、王都で事件があった。この国の王侯貴族を巻き込んで、大規模な事件に発展し、戦争まで起きそうになった何かがあったらしい。

辺境地であるこの村には、詳しい情報は与えられぬまま事件は鎮火し、何かのお陰でこの国は平和になったのだと、2年前にソフィアの遺体をここまで運んできた騎士がそう言っていた。

「致し方ない…。今日も引き下がろう」

「いいよ。今日は、ソフィアの命日らしいから」

ガシャガシャと音を立て、騎士は慌て始めた。

「い、いやしかし…」

「こっち」

墓地に行く道をまた戻っていく。後ろから聞こえる甲冑の音が煩い。

暗くなってきた空に、墓地はなかなかな雰囲気でぶっちゃけ怖い。

「ここがソフィアの墓」

ソフィアの墓は普通の庶民の墓と同じものだ。こればかりは村の人達から酷く非難されたが、私の貯金で買うのだからと押し切った。

「バカな子だった。優しい子だった。別に仲はさほど良くはなかったけど、全部過去の話だけれど、私は別に死ぬほど恨んだつもりはなかった」

なんであぁなっちゃったのか、王都で何が起こったかなんて知らない事ばかりで、庶民でしかない私は知らなくてもいい事ばかりで、何も説明される事なく、何も気にする事も出来ず、遺体となったソフィアを見て、ただ呆然と立ち竦むだけだったあの時の私は、なんでソフィアの為に貯金まで崩して墓を作ったのかも、お葬式まで挙げたのかもわからない。思い出に浸っていたかっただけなのかもしれない。

「ただ、死因ぐらいは知りたかった」

「ソフィア嬢は、あの村を出る前はどのような振る舞いを」

「ソフィアを引き取った家族は村長の家だった。ソフィアは孤児だったけど、ソフィアは綺麗な子だったから、すぐにその家族に馴染んだ。けれど、成長するにつれて、暴力を振るうようになった。だから村の人達は遠巻きにソフィアを見るようになった」

「暴力を振るったのは、恐らくそれからの展開を案じたからだ」

「は?」

ソフィアが学園に入学する前から王都でとある事件が起きていた。

「この村の連中は知らんだろうが、聖殿の泉で聖女が現れたんだ」

それは大層麗しい乙女だったそうだ。

ピンクゴールドの長い髪に、苺のような赤い瞳の聖女様は悪魔のような女だった。将来有望と謳われた男達を次々と虜にしていき、とうとう内戦が起きるまで話が大きくなり、王都は壊滅寸前にまで追い込まれた。そうだ…。

「ソフィア嬢が亡国の姫君であった事を知っているか」

「知ってる。ソフィアは過去の話って笑いながら言ってた」

「ソフィア嬢の国を滅ぼしたのは件の聖女だ」

「え、」

ソフィアは壊滅寸前の王都の中心で高笑いしていた聖女の背中にナイフで刺した後、倒れた聖女の上に馬乗りになって、何度も何度も聖女をナイフで刺した。絶命している事にも気付かずに。そして、ソフィアは聖女に心酔していた男に斬り殺された。

「後に、ソフィア嬢を斬り殺した男は正気に戻り、せめてソフィア嬢に謝罪をしたくて、ずっと墓を探していた」

「そう。ソフィアを殺したのはあなただったのね」

「……ソフィア嬢は死に間際、俺に、村でお世話になった家族に酷い事をした。でもあれ以外に、方法がわからなかったと言っていた。彼女は最悪、自分のせいでこの村に戦火が飛び散る事を懸念し、暴力を振い罵詈雑言を浴びせていたのだと思う。あの内戦は本当に酷かったからな。ソフィア嬢が死んだ後、彼女の故郷を焼き払う話も出ていたが、そもそも村とはもう疎遠になっている事がわかり、計画は打ち切られた」

バカだバカだと思っていた。何も知らなかった私とは違い、ソフィアは国を滅ぼされた事への恨みと、村が好きな気持ちで板挟みになっていたのだろうか。結局、ソフィアは自分の復讐を胸に誓ったのだろう。私達を巻き込まないように、手の込んだ事までして、あの村はむしろ私を恨んでると周囲の人間に吹聴していたのだろうか。

「バーカ。ザマァ見やがれ」

涙が頬を伝う。

どれだけ、自分で苦労を背負い込もうとするの。私達に話してくれたって、巻き込んだって、全然良かったのに。優しいソフィアが好きだった。村から恨まれるような事はしないで欲しかった。友達じゃない、ただの幼馴染の私に話す事なんてなかっただろうけど、

「……もっと、ちゃんと、話しとけば、良かったなぁ…」

全部が全部、後悔に埋もれた。







夜になり、暗いからと騎士に家まで送ってもらう道中、私と奴の間には会話らしい会話はなく、あっさりと家の前でお別れの挨拶をする。

「もう来る事はないんだろうけど、ここまで送ってくれてありがと」

「いや、こちらこそ、ソフィア嬢の墓を粗末にしないでくれてありがとう」

「当然の事よ。それじゃあね。バイバイ。さようなら」

「あぁ。さようなら」

手を振り、家の中に入ると甲冑がガシャガシャ鳴る音が遠くなっていく。もう来ないのだろう。もうここに来る事はなく、あの日常もきっと戻っては来ない。

別にそれが普通だ。私が頑なだっただけだ。とっととソフィアの事を吐いてさえいれば、奴はここに毎日来る事なく、仕事に集中出来ただろうに。

もう、関わる事もなく、会う事すらない、閉鎖的で平和なこの村に留まり、いつか結婚して、子供を産んで、ある程度の苦労を積み重ね、子供の成長を見守って、当たり前のようにこの地で息を引き取る。

私は庶民だ。この村の村民で、それが幸せだ。それ以上もそれ以下もない。







翌朝、仕事をする為に家の戸を開ける。この家には私一人で住んでいる。私が16の歳になった誕生日に両親から家を追い出され、今は両親が一人暮らし用にと用意してくれた、こじんまりとした家で生活している。同じ村に居るので何かあれば助けたり助けられたりの関係である。

「村の連中に聞いたぞ。この村は16の歳で親元を離れ、一人暮らしをすると」

「そういう村の風習なの」

そう、独り立ち出来るようにと村の子供達皆がやる風習である。別に恐ろしい風習でもなかろうに。何をそこまで、というか、なんでいる。

「若い娘が一人暮らし!」

「ここら一帯女子しかいないけど」

男女間で何か間違いがないようにと、女子が一人暮らししている住宅地は頑丈な柵で囲われていて、門番がいる。ちなみに門限は夜の8時。残業など発生して門限に間に合わなかった場合は書類を書かないといけないので、とても面倒くさい。

「門番、村長だったぞ!」

「女の子は宝って言ってた」

「子供産めるからな!」

こんな長閑な田舎に来てまで、文句垂れに来たのだろうか。

この騎士、前々から思ってたけど、暇だろ。

後、こんな早くに再会するとは思ってなかったわ。バーカ。

「この村には、バカな事する男達しか居ないけど、基本的にはヘタレばっかで、女の子襲う度胸がある奴は居ないの。度胸試しって言って、好きな子に告白なんて、平和ボケのボッケボケしか居ないような村よ」

自分で言っておきながら、そりゃ、村の男はダメよって皆が言う気持ち大変良くわかる。

この村の収入源は主に農作物と畜産。私がこれから行く仕事場は果樹園。収穫した農作物や、食べられるように加工した肉類は近場の村に卸したり、保存が効きやすい秋から冬の時期は王都まで卸しに行く事もある。この村はとても緑豊かで、収入源が枯渇する事はあまりない。

男どもは毎日せっせと働き、息抜きでバカな事をして、女から叱られる、それがこの村の日常である。

「確かに、平和だ」

村から、王都まで約5日。この男はちゃんと王都に帰っているのだろうか。

「あなたって、いつもどうやって帰ってるわけ?」

「ここの領内にいくつかある村を巡回しつつ野営とか、宿で寝泊まりしている」

「それはあなたの仕事?」

「あぁ。そうだ」

未だにこの男の仕事は全く把握していないが、本当に騎士のようだ。

仕事場に向かいながら、後ろを付いていくる騎士に話しかける。

「1人?」

「4人から5人で行動している。ここに来るときは仕事前だったり、仕事終わりの事が多い。昼間居るときはだいたいが非番の時だな」

確かに毎日来るとはいえ、時間帯にバラ付きがあった。果樹園の仕事前や、仕事終わり。居る時間に合わせているのもあるのだろうけど、あの時間帯はこの騎士も仕事だったのかと納得した。

「その甲冑はみんな着てるの?」

何気なく呟いた言葉だ。いつも疑問に思っていたし、私は、この男の顔を見た事がない。

「いや。俺だけだ」

「なんでだ」

「俺は1つの小隊を任せられている小隊長だからな」

「小隊長様はみんな甲冑?」

「いや。俺だけだ」

「だからなんでだ」

後ろを振り返ればガシャガシャと音を鳴らして歩いていた騎士がピタリと歩くのを止めた。見慣れてきたとはいえ、あからさまに普通ではないその姿に、深い溜め息を吐き出した。なんで私はこれに後ろを付け回されているのか。

「甲冑、格好良いからな…!」

「女には、その格好良さがわかりません」

アホか。と心の中で呟いた。

甲冑の騎士に近付いて、甲冑に触れるとひんやりとした鉄の感触がした。

「なんでよ」

「………………ソフィア嬢に見せられるような顔ではない。この村に来る時はいつも罪悪感で押し潰されそうになる。だから甲冑を着ていると安心する」

「そう。私、ソフィアの事はあまり知らないけど、私なら例え甲冑姿だったとしても、どの面下げて私に会いに来たの。呪い殺す。ぐらいは余裕で思うわ」

「そうだろうな」

表情は読む事が不可能な騎士の雰囲気は何故か清々しささえ感じた。何かあっただろうか。

「いつも、ありがとう」

「なんでお礼?アナタもこれから仕事何でしょう?行かなくていいの?」

「あぁ、そうだな。気を付けて」

「今度こそさようなら、ね」

「…………そうだな。さようなら」

甲冑から離れ、仕事に行く道を歩き出した私の後方でガシャガシャとあいも変わらず煩い音が遠くなっていくのが、寂しかった。

本当の本当にさよならだ。騎士がもうここに来る理由がもうないのだから。









騎士が来なくなって一月が経った。村は作物の収穫時期を迎え、果樹園に勤めている私も例外なく毎日忙しい。

完全に、騎士が来る前の日常に戻り、毎日変わらず慌ただしい毎日だ。

「アンネ」

仕事終わり、男に声を掛けられる。

アンネは私の事である。

「騎士はもう来ないんだな」

誠実そうな男は村では評判が良かった。旦那にするには普通過ぎるぐらい普通の男だが、浮気しないなら普通でいいな、とか仕事の休憩中に同僚の女性陣と話していた事がある。

この村では男は優良物件だ。

「そうね。もう来る事はないわ」

これは、来るか。

私ももう結婚適齢期。結婚を前提のお付き合いの申込みがあってもおかしくはない。なかなかここぞという言葉を出さない男が多いこの村は、だいたいイライラしてきた女から般若の顔で、「結婚前提の付き合いの申込みならそうハッキリ言わんかい!」と怒られた挙句、プロポーズもそんなノリでするのだ。

きっと私も今日この時、そうなるのだろう。

「なら、あー…えー、と」

「邪魔をする!」

本当に邪魔してきた奴にキッと睨み付けるように視線をやるとそこには甲冑の騎士がゼーハー息を乱れさせながら、ガシャガシャと煩い音を鳴らしながらこちらに向って歩いてきた。

「な、なんだよ…!?」

「それな!」

動揺する男に激しく同意を示すと、男も「だよな」と返してきた。

「同意をするな。俺の話も聞いてくれ」

「それ、もしかして結婚前提のお付き合いの申込み?顔知らない人とはちょっと…」

「素性知らない奴は信用ならねぇとよ」

「ぐっ!」

言葉を詰まらせる騎士はガシャガシャ音を鳴らしながら兜を取った。

兜の下は随分と整った顔立ちの男前が居た。

金茶色の髪は硬質さのない猫っ毛。顔から下は甲冑のままなので、髪の長さは分からない。青い目の目尻はつり上がっていて、遠目から見ても分かるぐらいまつ毛バサバサで眼力がある。

鼻も高くて、唇の形を良い、とくれば文句無しの美形が私に結婚前提のお付き合いの申込みは流石にないか。

「なに用で来たわけ?本当に結婚前提のお付き合い申込みなわけ無いわよね」

「なぜ言い切った」

「え、いや、私と比べるとハードル高すぎというか…」

「先に失礼する」

ふふんと何故か先程から居た村の男に向かって得意気に鼻を鳴らしたかと思えば、甲冑の騎士は私の目の前にサッと移動してきた。

「フランツ・マホニーはアナタに結婚を申し込みに来ました」

「段階踏めよ」

「いきなり結婚はないわよ」

まさかのダメ出しに騎士はたじたじになる。

「フランツって言ったな。いいか、よその村は知らないがうちの村は結婚前提のお付き合い始めたら、3ヶ月かけてお互いの信頼を深め、一年後に結婚っていう流れなんだよ」

「長いだろ」

「長くねぇよ!結婚までの最短の流れだよ」

村の男、ディヴは騎士相手にうちの村の常識を叩き込んでいるが、私はなんだか疲れてきて、右から左へ彼等の話を流し聞く。そこに居るだけで聞いてはいなかった。

それよりも今度の果樹園の収穫時期はもう少し人が増えるといいなぁとか、もうそろ帰っていいかな、とか思い始めた頃、ようやっと話が終わったのか、騎士に名前を呼ばれた。

「アンネ、改めて言おう。私と結婚前提のお付き合いをして欲しい」

「間に合ってまーす」

地面にカリカリと枝で絵やら文字を書いていた私はそっちに夢中になっていて、話を聞いていなかった。

「なんでだっ!?」

「え、え?な、なにが?」

いきなり大声を出されびっくりした私はそこで久しぶりに騎士の顔を見上げた。

「なぜ!なぜ、俺の、なにが、ダメだと言うんだ!!」

「甲冑じゃね?」

「同感。いや、じゃなくて、ディヴ、なんの話?」

「結婚前提に付き合ってくださいっていう話」

「あ、あぁ…。他に良い女が居るわよ」

無責任にそう言って、遠回しに振る。まぁ、村の人間じゃないし、気まずくなる事はないだろう。結婚するなら、なんだかんだと信用出来る村の人間がいい。ここで冒険するだけの勇気は私にはないのだ。

何事も安全安心第一である。

「それは振ってるな?そうはさせないぞ!俺はこの国の軍で働いている。黒騎士隊の第3部隊の隊長をしていた。訳あって今は小隊の隊長についているが、来週には任務が終わり、城に戻る。その前にあなたと話したかった」

我が国には白騎士隊と黒騎士隊が居る。どんな違いがあるのかは知らないが、軍っていう括りのカーストでは頂点にある。

詳しい事は何一つとして知らないが、とりあえずこの甲冑はとても凄い人なのだろうという事だけは分かった。

「訳あって?」

「そこは機密事項に当たるから話せんが、信用してくれたか?」

「…そうね。でも、村から出るのはちょっと…」

仕事の機密事項がなんだか知らないし、私達庶民には知らなくていい事なのだろうし、カースト頂点の騎士様なら貴族のお嬢様と良いお話があると思うし、嫁いだら苦労するのは専ら私である。解せぬ。

「うーん…そうね、お貴族様の付き合いのパーティーとかお茶会?みたいなのに出なくていいなら考えるかも…。家庭菜園とか許してくれるなら…?」

なんだかこの短時間で絆されてるような気がしないでもないが、貴族間の付き合いめんどくさそうだから、遠回しに条件を次々と言い並べるが、私かなりめんどくさい女になってる。解せぬ。

「別に構わん。そもそも外に出す予定はない」

「あ、いや、他当タッテクダサイ」

「ディヴ!」

「今のはフランツが悪い!俺も女だったら逃げるぞ!」

なんでディヴが間に入ってるのかよく分からないけど、どうやらディヴはこの短時間の間に騎士に絆されたらしい。この村の男どもはほんとチョロい。

「難しいな。どの難事件よりも頭を使ってる気がする」

「脳筋っぽいのに、頭脳派なのか」

「ディヴ…!それ私も思った!」

「思ったのか」

心外だ、と言いたげな騎士は咳払いを一つすると今度は学歴を詳細に話し始めた。

なんでも13歳の時に騎士学校に入学し、主席で卒業。その後、国が運営している学園に入学。騎士学校で仲良くなった王太子殿下や次期宰相と名高い人達とつるんで色々とした。色々の部分はかなり濁されたが、色々らしい。

「殿下には及ばないものの、頭脳戦は得意な方だ」

「なら、その頭の良いところを出し惜しみせずにさらけ出せよ。可哀想なアホの子にしか見えなかったぞ」

「激しく同意」

「ディヴ、俺が貴族じゃなかったら不敬罪でここで切り捨ててたところだ」

物怖じする事なくズケズケ物を言うディヴに好感でも抱いているのか、騎士とディヴは仲よさげだ。コミュ力高いディヴが羨ましい。

「それよりもお前等実はかなり仲良しだろ!そうはいかないからな!!ディヴと結婚なんかしたらまず先にディヴを殺す」

「お幸せに!」

「助けてよ!」

そして裏切るのもディヴは早かった。奴は物悲しげに、生きていれさえいればいつか良いことあるよ、とか言ってきた。これだからこの村の男は。

「それからアンネの精神を病ませて、俺から離れないようにする」

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!」

「アンネ、お前もうフランツに嫁ぐ以外道ねぇよ」

「あるかもじゃん!」

「ほら」

グンッと背中を強く押されたかと思えば、冷たい甲冑に体が当たる。

「心配してたんだ、みんな。お前さ、フランツが来なくなってからから元気で寂しそうで、寂しさが紛れるなら俺がいっそ嫁に貰って、家事とか子育てで忙しくなれば、忘れられるんじゃないかと思ってた」

「ちょっと、」

冷たい鉄に覆われた騎士の腕が私を抱き寄せる。

「幸せになれるかどうかはアンネの頑張り次第だ。ソフィアみたいに、不幸になる道を選ぶ必要なんてどこにもねぇよ」

後で聞かされた話だ。

ソフィアが仕出かした事を一部の村の人間は許す事が出来なかった。ソフィアを陥れるために王都へ行けば、いざその時が来たという時に限って尻込みした情けない男どもを見兼ね、

「あなた方バカなの?なんの為に私がしたくもない事をして、あなた達を守るためにあんな事をしたと思ってるのよ。早く帰って。王都は今、普通じゃないの。ここに居て何か得るものなんか何一つとしてないの」

そう言われすごすごと帰ってきたのだそうだ。総合的に情けない。情けない男どもは村長に報告をし、それから3週間後にソフィアが死んだと報告を受けた村長は、落胆の色を隠す事なく、国の情勢が落ち着いてからお金を出し合ってソフィアの墓を作ろう、そういう話をしていた時に私がソフィアの墓を作ったものだから、更に男どもが落胆し、八つ当たりのように私を非難したらしい。全く救いようもない。

「なんかあったら村に戻って来いよ」

「すまん…!世話になったな、ディヴ!」

「アンタがお礼言うんだ」

「フランツ、たまにはアンネの事外に出してやれよ。フランツが一緒ならフランツが守ってやれるだろ?」

「ああ!任せろ!絶対に離さない!」

「ヤッパ無理カモ」

束縛強そうな上に羞恥心も強そうだ。








「お願いっ…!どうか、どうか…!」

戦火の炎で燃える城下町。

血塗れで横たわるピンクゴールドの髪を持つ聖女の息は絶え、自らの剣で切り裂いた同じ年頃の少女ももうすぐで息絶えるのだろう。

随分と毒々しい聖女を守ろうと躍起になっていた私達は、傍目から見ても正気ではなかっただろう。

自らの腕の中で鼓動がどんどんの弱くなっていく銀髪の少女は、今までどれだけの孤独を抱えていたのだろうか。

「ソフィア嬢…!!死なないでくれ!私は、私達は、まだ、あなたに今までの事を謝っていない…!!」

「…故郷に…、大切な、おさな、なじみ…いるの」

「ソフィア嬢っ!」

私の頬に弱々しい華奢な手が添えられる。その手は、とても冷たかった。

死にゆく人間の手とはこれほどまでに冷たいものだったのか。

「そ…思うなら、おねが…」

「頼む!お願いだ!死なないでくれ!!」

生きて欲しかった。

生きて、出来ればこれから先の人生をなるべく幸せに過ごして欲しかった。


「守って」


私の頬から離れた冷たくなった手はスルリと血だけを残して滑り落ちた。

なんでこうなったのだろう。

どうしてソフィア嬢が死なねばならなかったのだ。

真の悪は聖女だったのに、なのに、私は、ソフィア嬢を自らの手に掛けなければ気付きすら出来なかった。

あれだけ熱を上げていた聖女は死に、その亡骸を私はあろう事か醜いと、汚らわしいと、あんなものは居てはいけないと、感情がその存在ごと拒否をした。


魅了の力にでも掛かっていたのだろう。

あぁ、早く、殿下に報告しなければ、報告を…――


「ソフィア嬢おおおおおっ…!!!!!!」


絶叫が戦火で燃え盛る城下町に響き渡った気がした。


ソフィア嬢の亡骸を力強く抱き締める。

碌な思い出はない。何故ならソフィア嬢と私達は嫌味を言い合う仲だった。主に殿下とソフィア嬢の事なのだが。

彼女との思い出はいつだって嫌味から始まる。だが、いつだって彼女は正論を説く。それに正論で返す殿下は些か楽しそうでもあった。

きっと彼女が将来殿下の伴侶となるのだろう、そう疑う事すらせずに、私達はただただ平和な、有り触れた日常を送っていただけに過ぎなかった。


もしも聖女が来なければ、聖女が私達に変な力を使わなければ、殿下はソフィア嬢の事を一人の女性として愛していただろう。たまに二人で居た事を思えば既に恋仲だったのかもしれない。


あれから仲間達や城で働く者にかけられた聖女の魅了は徐々に解けていき、3日程経った頃、殿下はようやっと正気を取り戻し、ソフィア嬢が亡くなった事に絶望し、嘆き悲しんだ。

ソフィア嬢が亡くなってから、殿下は部屋に引きこもってしまった。

このままでは殿下はいつか死んでしまいそうで心配だった。

「殿下、本日より一度、黒騎士隊を離れ、小隊を率いて任務に当たります。任務地はソフィア嬢が育った村の周辺で起こっている盗賊団の討伐。最近派手に村々を渡り歩いては金品や女と子どもを攫って人身販売も行っているようです。殿下のお側を離れる事、心苦しいのですが」

「待て。俺が行く」

「は?」

「その任務、俺が代わりに行く」

「ですが…」

「お前はズルいな。ソフィアの遺体をその村に届けたのお前だろ。ソフィアが死んでからソフィアとずっと一緒に居たのはお前だった」

「そんな意地悪言わないでくださいよ。私はただ、ソフィア嬢が愛した地に、ソフィア嬢を眠らせてあげたかっただけなんです」

とある少女に会った。自分と同い年ぐらいの平凡な子だ。ソフィア嬢が「守って」と言っていた子だ。

ソフィア嬢の名前を出せば「幼馴染なんです。友達じゃないけど」声を絞り出すように言ったそれは、悲しげだった。

「殿下。殿下が私の代わりにその任務に行くというなら、ソフィア嬢のお墓に花をお供えしてあげてください。きっとあの方はそれだけで満足されますから」

「…………わかった」

まるで抜け殻だ。

魂だけどこかに行ってしまって、体だけが置いてけぼりになっているような、そんな感じ。








任務の日、重量感のある甲冑を身に纏った殿下が既に城門の前に居た。

なんで甲冑。

「殿下、重たくはないですか」

「重たくはない」

「さようで」

言葉少なに妙な威圧感のある殿下に怯えてる部下達に手招きをする。

「いいか。殿下は細かい事は気になさらないお方だ。かなり大雑把な方だから身の周りの世話は頼んだぞ」

「は、はい!!」

緊張しきった部下は若干涙目だ。それでも歩き出した殿下の後を追って行く姿に申し訳なさを感じた。

殿下は先程、自らの意思で臣籍降下をされた。その為の書類は全て受理され、殿下は殿下ではなくなり、ただのフランツ・マホニーとなった。マホニーとはフランツ様の祖母にあたる方の家名であり、これからフランツ様が当主となる家でもある。爵位としては子爵で、領地は狭く、税収入はあまりない貧乏貴族の内の一つだ。

あまり物には頓着されない方だが、今から心配で胃が痛くなってきた気がした。どうか腐った物は食べてくれるな…!

ただフランツ様には貴族の家である事は伝えていない。一時の安らぎがあの方には必要だった。

フランツ様が居ない今、新たな王太子が必要だ。早く選定し、民達を安心させねばならない。王の寿命も、もうそこまで長くはないのだ。

今すぐ戻ってください、と、あなた以外に王に相応しい者が居ないのだと、今すぐ甲冑で覆われた胸倉ぶん殴って、アンタ以外に誰がやるんだ、そう言って連れ戻したい。だが、

「…っ守れなかった…!」

我が主の心を、忠誠を、守り通す事が出来なかった。

これは咎だ。

自分でさえそう思わざるをえない、咎なのだ。

「なんか言ったか?」

「いいえ。フランツ様、どうかお元気で。あまり、無理をなさらないでください」

「………………」

「なんで返事しない…っ!!?」

都合が悪くなると無言を貫き通そうとするのはこの方の悪い癖だ。

「……心配なんですよ。わかってください」

「…わかった…」

渋々返事をしたフランツ様は私に背を向け、部下と共に歩き出す。

どうか、その道が今度こそは正しいものであってくれ。

ソフィア嬢が守ろうとした村を、愛した人達を守ってください。









殿下、フランツ様が任務という名目で城を出て行ってから2年が経った。

先週は、ソフィア嬢の命日があった。命日がある度にソフィア嬢に関わった者達がボロ泣きしながらその日を迎え、次の日には泣きながら酒をたらふく飲み、更にその次の日には二日酔いでみんな屍となっていた。決して良い思い出ではない。

「隊長おおおおおおお!!!!」

不慣れな事務仕事に四苦八苦しながら書類を捌いていた私が居る隊長室に、叫びながら扉を静かに開けて入ってきた部下は、しかし貴族らしく息を乱さずに、膝を床に付け、そして爆弾を投下した。

「フランツ殿下がお戻りになりました」

「はあ?」

「久しぶりだな、ユーリ」

ユーリとは私の事である。ユリウス・ガルシアが私のフルネームだ。

ガルシア家は代々脳筋騎士を排出しているが、母上が生粋な貴族女子故にむさっ苦しいガルシア家を毛嫌いした。ちなみに父とは政略結婚だ。

貴族の立ち居振る舞いや言葉遣い、脳筋は嫌という理由により、勉学も叩き込まれた。余談だがガルシア家の男前は母上である。

「はああああああああああ!!!!!??」

貴族たるもの大声で叫ばない。余裕を持って行動しろ。余裕の無さを他者に見せ付けるのは生き恥と思え。そう叩き込まれた私ですらあまりの驚きに叫んだ。

「そうか。なるほど」

あまりにも現実ではない出来事に、脳が考える事を辞め、そして次の瞬間にはこれは現実ではなかったんだな。頭が痛いが、これは二日酔いによるもので、きっと夢の中だ。

私は過去の出来事を引き摺りやすいのか、疲れている時ほどフランツ様が任務に行かれる夢を見るのだ。

「妙に納得したな?それはお前の悪い癖だ、ユーリ」

「じゃあ何しに来たんですかっ!!!?」

「結婚報告と黒騎士隊に入隊する為の試験はいつか聞きに。後、マホニー家の調査、領地の実情、王太子殿下のご尊顔を拝見したく参上したまでだ」

「なんかとんでもない事ぶっ込みましたね!?結婚!?誰と!」

「アンネだ。結婚するからアンネ・マホニーになるな」

うっとりとした顔で、花を飛ばしてくるフランツ様は過去最高に鬱陶しく、爆ぜろ!!と心の中で何万回も呟く。

「なんでよりにもよってソフィア嬢の幼馴染なんですか!!貴族ですらない、平民なんですけど!!」

「臣籍降下したんだから問題ないだろう」

「私には多有りなんですよ!!!!!」

今現在をもっても新しい王太子殿下となりうる者は居ない。陛下が認めてくださらないのだ。その事で王子達もピリピリと苛立ちを隠す事もなくなり、いつ内乱になるのかと城の者達は、ここ最近ずっと怯えている。正直言って迷惑以外の何ものでもない。

「フランツ様、そういう状況なんですよ、今は」

「………それは、すまない…」

「王太子にでも戻っていただけるんですか?それが出来ないのなら、どうか、今すぐこの城から出て行ってください」

「いや、予定を変更したまでだ。これ以上民に迷惑を掛ける訳にはいかない。いくら聖女の魅了がかかっていたとはいえ、俺には2年前の事件の責任を放棄した咎がある。ひと月だ。アンネと結婚しなきゃいけないから、ひと月で片を付けるぞ」

「その平民の娘が可哀想でならない…」

思わず目頭を押さえた。

フランツ様はその宣言通り、王太子として再び拝命され、ひと月足らずで現状を打開された。


やはりこの方以上の王など、この世のどこを探しても居はしないのだ。


平民の娘一人の犠牲でこの国は滅ぶ事はないだろう。


ソフィア嬢、申し訳ない。

私達はあなたの大事な物を奪ってばかりだ。

どの面下げてあなたの墓参りに行けばいいんだ。あなたが居ればきっと何かが違うのだろう。違っただろう!あなたの大事な幼馴染は平凡な幸せを手に入れ、あなたが出会った頃と変わらずに笑っていたのかもしれない。

現実はソフィア嬢は死に、あの娘はフランツ殿下に囚われ逃げる事など許されはしない。


私は結局、昔も今も何も守れてはいなかった。



力尽きた…

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